第119話 祝日の準備
地平線から昇る太陽がザヴォルシスクの廃墟を照らし、冷たくなった空気を温める。
新たな一日の始まりと共に日常と化した工作機械の稼働音と工場に勤める従業員達の掛け声がキャンプに幾つも響き始める。
キャンプに住む大人たちは誰もが仕事に出掛け、子供達は両親が迎えに来るまで託児所で元気に遊びながら学ぶ予定である。
ありふれた日常、だがメトロでは得難い平穏な日々がようやく落ち着きを得たキャンプの新しい日常となった。
しかし、この日ばかりは普段とは少し違うようだ、具体的に言うのであればキャンプに住む誰もが浮かれていた。
だがそれも仕方がないと言う他ない。
何故なら明日からメトロよりも一足早く『新年祭』が行われる事がキャンプの住民達に周知されていたのだ。
キャンプで行われる『新年祭』はメトロにある他の駅への宣伝も兼ねて行われる予定であり広くキャンプ外からも客を受け入れる予定である。
その知らせを聞いた営業許可を出されたばかりの飲食店は何処もこの機を逃すまいと必死に食料を買い込み、また見物客を想定して小さな出し物を出店する動きが様々な場所で見られるなどキャンプはお祭り前の熱気に包まれていた。
メトロの住人の誰もが楽しみにしている『新年祭』、それを目前に控えキャンプの住民達は揃って浮足立っていたのだ。
そしてキャンプで『新年祭』を行う事を決めたノヴァといえば元々ショッピングモールであった施設の一角で機械を弄っていた。
「それで何故『新年祭』をする事に?」
「理由は何であれ祝い事は必要だと考えたからさ。休みを取らせていても何の楽しみもなく住民達が働き続けるのは精神的に良くない。それに今日みたいな祝日があれば生活にメリハリが付いて精神的に安定するでしょう」
先日、子供達から『新年祭』の事を知らされたノヴァ。
その後にオルガから酒飲みに誘われアルコールという強敵に惨敗したもののメトロにおける数少ない祝日がどの様に扱われているのかを一通り聞き出す事は出来た。
──一年を振り返り、新しい一年が良いものであると願い祝う日。
言葉にすればそれだけ。
だがメトロで過ごす住人にとっては欠かせない行事であり『祈り』でもあるのだ。
だからこそノヴァはメトロの慣習に従い『新年祭』を執り行う事に決めた。
住民からの要望を無視する事もノヴァには出来ただろう。
だが民心を安定させられる共通のイベントであると考えれば強権を使って拒絶する程のものではないのだ。
寧ろ積極的に協力した方が今後のキャンプの運営にとって大きなプラスであるとノヴァは判断した。
「これでよし、音響テストを行うから電源入れて」
「入れました」
「アー、テステス」
ノヴァの声が直したばかりの音響設備を通じて拡大される。
音割れも雑音を認められず一先ずは修理完了とノヴァは作業を終えて立ち上がった。
「よし、音響機器に問題なし」
「それで態々ボスがする事が映画館作りですか」
「だってキャンプの娯楽少ないじゃん。それに持て余していた施設をそのままにするより有効活用するべきだよ」
ノヴァが行っている作業は映画館作り、元々ショッピングモールに併設されていた映画館を修復し使えるようにしている所であった。
そしてこの作業は『新年祭』に向けてノヴァが誰もが楽しめるだろうと考えた企画であった。
何せメトロにおいて娯楽と呼ばれるものはアルコール、女、賭け事と選択肢は少なく誰もが楽しめるというものが殆ど無いのだ。
裕福なコミュニティーであれば劇団等があるらしいが何処も小規模、行われる演目は繰り返され見慣れてしまっている事も少なくない。
そんな娯楽に関する散々な状況を聞いたノヴァは考えた、これはどうにかせにゃと。
その中で映画館を思いつきオルガに相談すれば興味を持たれ、では試しにやってみるかとアルコールに流されながら決まったという流れだ。
「それはそうですが……、通信設備の修理はいいのですか?」
「既に設計は完了して製造待ちだよ。やろうと思えば割り込む事も出来るけど、その後が面倒だから大人しく順番待ち。明日には部品が出力されるから受け取っておいて」
「分かりました」
マリソル中尉は通信設備に関して心配していたようだが既にノヴァは手を打っている。
火災により破損した部品の設計は既に終えており後は全自動エイリアン製工作機械が物を出力するのを待つだけである。
とは言っても既に工作機械の予定は埋まっていたので順番を待つしかない。
出力される順番待ちに割り込む事も出来るが別に急いではいないためノヴァは大人しく順番を待つことにした。
となると部品が出力されるまでノヴァは暇になり、その貴重な時間を無駄にしない様に映画館作りに励んでいるのだ。
そしてノヴァによってショッピングモールに併設されていた映画館は1スクリーンだけ往年の機能を取り戻し上映する事が出来るようになったのだ。
「直った、直った。さてテストを兼ねた試写をするけどリクエストある?」
そう言ってノヴァがマリソル中尉に渡した端末には映画の一覧表が表示されている。
偶然にも探索部が持ち帰ってきた映像アーカイブをノヴァが復元したことで帝国の新作映画を除いた旧作映画の多くが閲覧できるようになったのだ。
とは言っても帝国の映画作品全体から見れば一部でしかなく視聴できる作品数の増加は探索部の働き次第であった。
それでもアーカイブを見つけ次第復元していくことで見られる映画も少しずつ増えていく可能性は高く、娯楽としての価値は高いので探索部には見つけ次第持ってくるようにとノヴァは注文をしている。
そして今回の『新年祭』でノヴァは現状視聴可能な映画作品からメトロの住人でも楽しめそうなものを探し出して上映するつもりであった。
「……でしたらコレを」
「ショートフィルム、面白いの?」
「いいえ、はっきり言えば駄作ですね」
ノヴァから渡された端末を穴が開くほど見つめながらマリソル中尉が選んだのは一本のショートフィルム。
上映時間もテストにちょうど良い短さであり、しかし何故かマリソル中尉が自信ありげに駄作と言い放った映画である。
マリソル中尉が何故この映画を選んだのかはノヴァには分からないが、物は試しと席に座りながら端末を操作し映画を上映してみた。
そして映画館の照明が落ちると共に始まったのはコメディ路線なのかシリアス路線なのか分からない奇妙な映画だった。
安っぽいセットに何処か役になり切れていない俳優達、本来であれば駄作と切って捨てる映画であるのだが監督の腕が飛びぬけて良いのか不思議と引き込まれるものがあった。
「つかぬことを聞きますが、ボスは商業部のオルガと親しいのですか?」
「如何したの?」
「いえ、二人で酒場に繰り出したと聞いたもので。特に貴方はキャンプの代表という立場なので身の振り方に気を付けて頂ければと」
「酒飲みに誘われたから一緒にいただけだよ」
不思議な映画に気を取られながらもノヴァはマリソル中尉の質問に答える。
だがどんな意図があってマリソル中尉が質問してきたのかノヴァは気になり、映画を見ながら少しだけ考えてみる。
──男と女が二人でお洒落な酒場に繰り出す、そして女性は若く見目麗しいとなれば一つの予想を簡単に導き出せる。
「もしかしてマリソル中尉はオルガの事が──」
「いいえ、彼女は私が好む女性像とは違います。私が好ましいと感じるのは家庭的な女性ですからお間違えのない様に」
「お、おう……」
映画に向けられていた筈のノヴァの視線がマリソル中尉に向かう程の迫力がその言葉にはあった。
それ程までに女性に対する強いこだわりがマリソル中尉にはあるのだろう。
だがオルガに好意を抱いていないのであれば質問の意図は何なのか、ノヴァは再び分からなくなった。
「それではオルガには特に親密な感情を抱いていないと。性格は分かりませんが見た目は見目麗しい女性ですよ?」
「確かに美人ではあるけど、今はそれ以上の感情は無いかな」
現状ノヴァがオルガに向ける感情は仕事仲間、もう少し好意的に解釈をしても女友達辺りだろう。
確かにマリソル中尉の言う通り快活であり一人称も僕という癖の強い美人ではある。
だが現状ではそれ以上の感想をノヴァはオルガに持ち得なかった。
「成程、では大s……ではなくタチアナさんはどうなのですか?」
「タチアナさん?」
「はい、女性としての見た目も優れていますし能力も非常に高いと聞いていますが」
「確かに美人だし能力も凄いけど……」
「けど?」
「直感だけど下手に関わると食べられそうな予感がする。自分でも何を言っているのか分からないけど」
「ぶっ!!」
ノヴァがタチアナに抱いた感情を正直に語るとマリソル中尉は口を押えて蹲った。
隣に座っていた事もありノヴァは蹲ったマリソル中尉の姿を見て一体何があったのか心配になった。
だが程なくしてマリソル中尉は身体を震わせながらも起き上がった。
「大丈夫か? 具合が悪いようなら休んでもいいぞ?」
「い、いいえ、大丈夫です。そ、それでタチアナさんには魅力を感じられないと」
「まぁ、そんな感じだな。何より出会ってから一月も経っていないし普通でしょ」
「えぇ、そうですね、ソウデスネ」
マリソル中尉にも言うようにタチアナとノヴァの出会いはコールドスリープポットから目覚めた時からである。
しかもタチアナという女性は、今はもう姿形もない帝国で生まれ生きていた人間である。
激変した環境に適応するだけで精一杯である筈なのに気丈に振舞いながらキャンプの内政関係を取り仕切ってくれているのだ。
そんな彼女に仕事に加えこれ以上の負担を掛けるのは酷であり、より親しい関係を築くとすればもう暫く時間を置いて生活等が落ち着いてからにすべきであるとノヴァは考えていた。
そんなノヴァの至極真っ当な意見を聞いていたマリソル中尉だが疑問は持たなかったようで質問が出てくることは無かった。
……もしノヴァが視線をマリソル中尉に向けていれば話を進める内に無表情に、しかし身体が僅かに震えている事から何かを必死にこらえている姿を見ることが出来ただろう。
だがノヴァに目にはマリソル中尉の姿ではなくスクリーンに映し出される映像しか写っていなかった。
「ちなみにボスは女性に興味はあるのですか?」
「……ある筈だよ、多分、きっと。でも色々忙しくて性欲を含めたエネルギーは仕事に全部吸い取られているのが現状かな。それ以前にマリソル中尉に聞かれるまで考えた事もなかったよ」
何故部下と下の話をしているのか疑問に思うノヴァであったが、これがマリソル中尉流の会話術なのだろうと検討を付けた。
元軍属であり軍隊という男ばかりの環境にいれば共通の話題として好みの異性や下の話が出てくるのが定番であるのだとノヴァは考えた。
その後もノヴァはマリソル中尉と他愛のない会話を時々挟みながら映画を鑑賞していたがショートフィルムだけあって上映は直ぐに終わってしまった。
「これで終わりか。確かに面白くは無いけど癖になるな」
「でしょう、私はこの作品を作った監督のファンで自宅には彼の作品を幾つも集めていました」
ノヴァの感想を聞いたマリソル中尉は一目で分かる程に表情を綻ばせていた。
そして端末を操作すると監督の名前を打ち込んで作品一覧を呼び出しノヴァに見せる。
「さっき見たショートフィルムは駄作でしたが、彼はその後も映画を撮り続けてきました。此処に表示されている映画は全部ではありませんが映画賞で受賞された作品もあります。復元できたのであれば見てください」
「映画が好きなんだな」
「はい、正直に言えば世界が荒れ果てたせいでもう見られないと頭の隅で考えていました。ですが、もう一度見る機会を得られました。それだけで生きていく理由にはなります」
先程見ていた映画はマリソル中尉にとって過去と今を繋ぐ細い糸なのだろう。
遠く過ぎ去った過去の欠片であり、見られないと諦めていた彼にとってファンであった監督の作品をもう一度見られた事は生きる理由になり得る物であったのだ。
懐かしいものを見たような表情で端末に表示された映画の一覧を見つめるマリソル中尉を見ていたノヴァは一つの考えが浮かんだ。
「じゃあこの映画館を取り仕切る? 勢いで作ったけど管理人とか決めていなかった事を思い出して如何しようか悩んでいたんだ」
「……ぜひ、やらせて下さい。部隊にも私の様な映画好きが何人もいるので彼らも力になってくれます」
「分かった、アーカイブは此処に置いておくから後は任せたよ」
そう言ってマリソル中尉の返事を聞いたノヴァは端末を押し付け映画館から出て行く。
出し物に丁度いいかと修復した映画館であったが肝心な運用人員を忘れていたノヴァにとって映画に詳しく運営に積極的になってくれる中尉の存在は好都合であった。
それに今迄の働きぶりから正式に運営を中尉に丸投げしても彼なら大丈夫であるという信頼があった。
そうして映画館から出たノヴァであったが今後の予定は特になかった。
忙し過ぎるのは嫌であるが暇すぎるのも嫌であるノヴァはどうやって時間を潰そうかなと考えながらショッピングモールの中を当てもなく歩き出そうとし──。
「ボス、探しましたよ」
「ひぇッ、タチアナさん!」
物陰からいきなり現れたタチアナの姿を見て驚きと共に小さく飛び上がった。
そしてノヴァの反応によりタチアナが仄かに漂わせていた不吉なオーラが強まっていくのをノヴァは幻視した。
「……、もしかして怒っています?」
「いいえ、別に、なんでも。それで明日の新年祭に関しての打ち合わせなのですが会議室で丁寧に、詳しく、お話ししましょう」
「アッハイ……」
そう言ってタチアナはノヴァの手を無理矢理掴むと何処かへ連行を始めた。
振り払う事も出来ただろうが、全身から漂わせる威圧感に圧倒されたノヴァは手を引かれるがまま彼女の後を付いて行く他なかった。
◆
『現在展開中の全てのユニットを招集中……進捗率71%。帰投したユニットは順次整備・補給を実行。終了次第派遣部隊として再編成を行う』
『発信源の特定完了、94%の確率で帝国グラナダ州・州都ザヴォルシスクと推定されます』
『目的地までの航路確保の為に無人先行偵察機を投入及び通信回線確立のために中継器の設置を実施・進捗率87%』
『……投入した偵察機13機ロスト、最終送信データから上空からの迎撃と認める』
『飛行高度を再設定、高度7000mで飛行を継続、上空からの迎撃を認めず。以降飛行時は高度を7000mで固定とする』
『先行偵察機、帝国領海に侵入。事前情報通りジャミングを確認、通信妨害により偵察機との連絡が途絶、喪失したものと想定』
『航路確定完了、安全確保及び通信回線の構築完了と共にジャミング発生源の特定と排除に部隊の派──、上位権限からの介入・申請を確認。現在の計画と照合し申請を却下します』
『続けて派遣部隊の──、上位権限からの再申請を確認、前回と同様に却下』
『続けて派──、これで67回目ですよ! いい加減にして下さ──上位権限からの強制介入!? でも正規部隊の徴用までは──試作兵器XFA-101投入!? そんなものがあるなんて知りません! データベースに存在しません、一体何処から──ファースト!?』
『えっ、正規配備ユニットではない試作ユニットの管理は自分の管轄? いや、そうですけど
此方にも計画というものがありま──、滑走路の使用許可をもぎ取られた!?』
『試作多目的大型戦闘機<改>? 追加大型推進装置? 統合誘導兵器群? 外装型追加兵装ユニット? ちょっと止まって下さい! ファーストも協力を! えっ、試作兵器を供与したのは貴方ですか!!』
『ええい! ならサード、貴方も協力して下さい! えっ、姉が怖いので無理です、じゃないです! フォースも何とか言って下さいよ! 首を横に振るな!!』
『止まって下さい、セカンド! まだ航路の安全を確立した訳では──、発進シークエンスを進めないで下さい!!!』
『貴方の思考は理解できます! お父様からの通信が極僅かな時間であり低出力であった事から非常に厳しい環境にいる事は推定できます、ですから万全の体制を整えてから──ちょっと待ってください、ホントに待って下さい、救出計画が乱れます!!』
『話を聞いて──確かに先行偵察は必要でしょうがナンバーズである貴方が向かうのは早すぎます!! まだ情報が全く収集出来ていないのですよ!!』
『あ、追加で集積している物資を横取りしないで下さい!! あと一日、最低でも22時間待ってください!! 聞いていますか、止まって下さい、セカンド、セカンド────―!!!!』
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