第81話 過去の痕跡

 洋画、特にSFというジャンルにおいて宇宙人、つまりエイリアンとはかなりの頻度で登場する。

 またノヴァが今まで見て来た映画においてエイリアンである彼等の特徴は大別して二つに分類する事が出来る。


 一つ目は無限ともいえる果ての無い宇宙を自由に航海する事を可能とする高度な文明を持った生命体であること。

 そして圧倒的な技術格差を根拠にした地球侵略、交流といった古典的なSF物語である。

 宇宙人との友情を育むモノであれば人死には少ないが、侵略ものであれば人がダース単位で死んでいく。


 二つ目は地球に現存する生命体とは似ても似つかない生態系をもち人類を捕食する凶悪な生命体であること。

 この様な特徴を持ったエイリアンが登場する作品はSFパニックが多く登場人物の大半が直視できない様な酷い目に遭う事が多い。

 そして登場人物の大半は死ぬ、バーゲンセールみたいに死が安売りされている悪夢のような状況である。


 ではノヴァの目の前にある白骨標本は二つの内どれに属するのか。

 今何をすべきなのか、


「サリア、念のために周辺にいる部隊でこの建物を包囲しろ。それと俺たち以外の何かが出てきたら問答無用で撃て、許可する」


「分かりました、でしたら──」


「あくまで可能性だ、もし映画に出てくるような凶暴なエイリアンがいたとしたら戦闘の痕跡がないのはおかしい。それに逃げるとしても最低でも管制室の制御を掌握してからじゃないと駄目だ」


 仮に敵対的なエイリアンがいた場合、彼等はこの施設を拠点にしているだろう。

 もし戦闘になった場合に管制室を制御下に置けばシステムに介入して支援を行えるだろう。

 何より監視システムを掌握する事で安全に施設内の情報収集が可能になる、これを見逃す手は無い。


「……私が危険と判断したら逃げて下さい」


『仮にお父様の悪い考えが当たっていた場合、記録に改竄の痕跡はありませんから二百年以上エイリアンは此処に閉じ込められている事になります。此処から出られず補給が望めないのであれば既に死んでいるのでは?』


「確かにそうだな、もしかして俺の考えすぎ?」


「気を付けなさい五号、ノヴァ様は色々なものを引き寄せるのです。ですから気を引き締めておいて損はありません」


『……非科学的な考えですが、お父様何かに憑かれていませんか?特に疫病神などに心当たりは?』


「言い方ッ!」


 身内に散々な評価を下されるノヴァ、だが言い返そうにも事実であるので効果的な反論は望めない。

 故にノヴァはせめてもの抵抗として今日の探索は何事も無く終わって帰ろうと心に決めた、それによって不本意な評価を雪ぐのだ。

 白骨標本から視線を外して再び施設の中を進んで行くノヴァ達、それから暫くして目的地である管制室の前に辿り着いた。


「此処が管制室か」


 当然の様に強固に封鎖されていた入口があったがノヴァのハッキングとアンドロイド達の協力により大きな問題なく部屋の中には入れた。

 床には一様に分厚い埃が積もっており此処が長い間封鎖され何者の出入りも無かった事を物語っていた。

 だが部屋の中に配置されている設備は違った、未だに稼働しているのか小さく低い動作音が今も鳴り響き、埃にまみれたランプは今も点滅している。


「電源がまだ生きている、幾ら何でも怪しすぎないか」


『私を端末に接続して下さい、施設情報の習得を行います』


「任せた、俺はシステムの稼働状況を調べる」


 ノヴァは管制室にある機械に五号が操作している端末をケーブルで接続する。

 直通の通信回線によって送られた大量のデータは本体の持つ演算処理速度によって解析、施設全体の構造解析に時間はそれ程掛からないだろう。

 その間にノヴァは管制室から施設全体を制御するシステムに介入を行い、施設全体を制御しようと試みた。


『施設の構造が判明しました。主に5つのフロアに分かれているようです。建物の大部分を占めているのは大型実験設備の有るEフロア、Aは施設に携わる職員の個室と休息場所、Bはデータ・資料保管庫、Cは研究機器の予備部品等を保管する器材保管庫、DはEフロアにある大型機材の管制室のようです』


「こっちのシステムはA、B、Cフロアの照明、監視、空調とかのインフラシステムしか干渉できない。あとD、Eの監視システムは本来であれば閲覧できるらしいが回線が切断されているのか応答がない。それと、さっきから空調システムのエラーが表示され続けていて記録が正しければ二百年以上もエラー状態で稼働しているぞ」


 収穫はあった、特に管制室から隔壁を制御できるようになったお陰で貴重なデータや資材がありそうなB、Cフロアに侵入出来る様になった。

 監視カメラでもミュータントの姿は確認されず目立った危険は無い、これなら今直ぐにでも回収部隊を向かわせる事も可能だ


 だが施設の大部分を占めるD、Eフロアの情報は皆無であり中がどうなっているのか全く分からない。

 監視カメラも回線が切断されているのか中を見る事は出来ず、隔壁に関しても此方からは開ける事が出来ない。

 そして未だにエラーを表示する空調設備、其処はEフロアと繋がる数少ない通路があり隔壁を解除できない現状において唯一の侵入経路でもある。


『施設全体の空調設備はBフロアの地下に集約されています。向かいますか?』


「……行こう、稼働している監視カメラで確認した限りでは戦闘の痕跡は無い。五号の言う通り二百年以上も前に事は終わっているだろう」


 ノヴァが監視カメラで見たフロアには戦闘の痕跡と呼べるような激しく破壊されたものは見つからなかった。

 あえて痕跡と呼ぶのであればAフロアの職員用の個室の調度品が散らかっている程度であり、B・Cフロアに関しては実に綺麗なままであった。

 機密処理を行っていないのか、それとも出来ない何かが起こったのか、それを知るためにも空調設備を経由してDフロアを覗いてみる必要がある。


「取り敢えず護衛の部隊とは別の部隊をB・Cフロアに向かわせて中の物を回収してくれ」


「分かりました。私達の部隊はそのまま護衛を続けます」


「頼む」


 当面の指示を出したノヴァはアンドロイド達を引き連れ地下にある空調室に向かう。

 道中でB・Cフロアに通路を進む中で資料保管庫や器材保管庫といった興味を惹かれる部屋は幾つもあったが今回は後回しにする。

 そしてノヴァは地下の空調室に繋がる階段に辿り着いた。


「ここが地下空調設備の入口か」


 入口には事務的に書かれた地下空調設備入口のプレートが付いており、扉も変哲の無い金属性の物だ。

 ノヴァは念のために罠が仕掛けられていないか調べるが何もない、此処まで何も無いとエイリアンがノヴァの思い過ごしである可能性が高くなってきた。

 寧ろ変な白骨死体を見て大した根拠も無くエイリアンに結びつけてしまった事が恥ずかしい、と考えながらノヴァは護衛のアンドロイドが入口を開けるのを見守っていた。

 

「気を付けて下さい、此処から気温がかなり下がっています。まるで真冬の様に寒いです」


「空調設備のエラー表示はコレの事か。うわ、地下室が冷凍庫みたいになっているし」


 地下室への入口を開けた瞬間に冷気がノヴァ達に勢い良く噴き出して来た。

 とはいってもアンドロイドや強化外骨格を着込んだノヴァには大きな影響は無い、備え付けられた各種センサーが気温の低下を知らせるだけだ。


「ノヴァ様、私が先行します。足元が滑りやすくなっているので手を繋ぎましょう」


『お父様、転んだら行けませんよ。手すりをちゃんと握っていますか?』


「大丈夫、転んでも外骨格を着込んでいるから大怪我はしないよ」


 ノヴァは軽口を言いながら真冬の様に寒い地下へ向かって階段を下っていく。

 此方も長い時間が経っていながら大きな損壊は無いようで護衛部隊を含めた大人数が移動するのに問題は無かった。

 

「階段に亀裂が多いな、でも経年劣化を考慮すれば当然かな?」


『見る限りでは表面の塗装部分が軒並み剝がれています。経年劣化だけでなく環境の急激な変化によるものだと考えられます』


 特に時間も掛からずにノヴァ達は地下一階に到着した。

 そこから空調設備のあるフロアに入れば中は階段と同じように冷えていたが階段ほど・・・・寒くはなかった。

 取り敢えずノヴァは空調設備の制御盤を手分けして探そうとし、しかし周囲を調べていた護衛のアンドロイドがすぐに見付けた。


 ──そして制御盤のある機器を背もたれにするように凍死体を一つ発見した。


「ノヴァ様、此方です」


 護衛のアンドロイドに案内されノヴァは凍死体に近付く。

 身近で見れば全身を雪で真っ白にしているだけの人に見えるが当然の様に脈は無い。


「白骨死体は予想していたが凍死体は考えていなかったな」


『観察した限りでは性別は男性、年齢は三十代前後、胸元にあるネームプレートから考えて此処の職員でしょう。ですが何故こんな場所にいるのでしょうか?』


 ノヴァは男の胸元にあるネームプレートを手に取ると表面についた汚れを拭いプレートに書かれた文字を見た。


「スコット・スタージス、遺伝子研究職員、これだけか。取り敢えず今は空調のエラーの原因を見付けて解決するか」


 そう言ってノヴァは空調機器の制御盤を開きエラーの原因を探す。

 軽く調べた限りではどうやらエラーの原因は火災状態にあると設備に誤解させているようであり、それは現在進行形で続いているようである。

 これによって設備は火災の延焼を防ぐ為に該当フロア全体に不活性ガスを注入すると共に酸素供給を遮断する為に外部との空気循環を停止した。

 空気循環を施設内部に限定する事で火災を鎮火するシステムであり、これが誤作動を引き起こしていたのだ。


 そうと分かれば話は早い、ノヴァは制御盤の警告表示から場所の当たりを付けて誤作動を引きおこしている箇所を直せばいいだけだ。

 誤作動が解決すれば外部との空気循環も再開して低酸素状態も解消、火災が鎮火したと判断されて隔壁を解除出来る様にもなる。

 そうして一通りの問題を解決できればノヴァの仕事は終わり、後はアンドロイド達に任せて家に帰るだけ。


「よし、それじゃ誤作動を起こした場所にいこ──」


 不本意な評価を雪ぐために急いで動き出し──だが移動の為に踏み出した先にあった何かを踏んだ。

 踏んだ感触からして硬い物、もしや空調室の部品か何かかと考えたノヴァが急いでしゃがみ込んで踏んだ物を手に取って確認した。


『お父様、手に持っているそれは本のようです』


「本……じゃなくて日記だな。持ち主はスコット・スタージス?」


 ノヴァが拾ったものは表紙に日記と書かれた文庫本サイズの本であり、裏表紙を見れば凍死体の名前であるスコット・スタージスが書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る