第44話 駆け引きという存在
その日の朝から始まった官吏との協議は滞りなく終わった。ここは行政府の中でも実務を取り仕切る部署だ。
「ではこれで合意とし、両国調印のあと発効されます」
「はい、お願いします」
今回は関税に関する取り決めだ。今後街道が整備される事に伴い貿易が増えるのが予想される。
そこで税率を揃えることを決めたのだ。
関税は一割で教会税を免税とした。
これはオルネ皇国が教会税を認めず、そもそもローズウッドには教会が無いためであるのだが、スヴェアを通るために関税──スヴェアの関税──を払わなければならないとは言え、逆に両国間で仕入れ販売を行う場合は商人の負担は大幅に減った。
当面は魔石程度の取引とはいえ、アレストしては大満足の結果と見てよい。
※※※
「やあ、久しぶりだねアレスくん」
相変わらずのフレンドリーさに、本当にここが離宮かと思ってしまう。
「滞在の御厚遇、ありがとうございます」
そう思いながら、答えるアレスは一応余所行きの態度を取るのを忘れない。
「ふふふ、ここは安全だから気を張らなくても結構だよ」
皇子は人払いもした私室だと断ってから話し始めた。
話の内容と言えば簡単だ。
当たり前だがアレスの出生に関わる事だった。
「不思議におもっただろ?」
確かに不思議である。地方の貴族は知らないとしても不思議ではない。
ここまでオルネ皇国で、たくさんの貴族の歓待を受けたがこの話はどこからも出なかったのだから。
情報の統制が為されていてもおかしくない。だが中央にいや、権力に近付くにつれて漏れていても当然だろうに、現実に触れてきたのはランディ皇子の父親であるブレゼア公爵だけだった。
「デリケートな問題だからね」
「そうですね」
「それに、微妙な時期でもある。皇王には男子がいないから」
本来は庶子など、どうという事は無かった。
三人の皇子は養子だ。それはアレスも聞いていた。
「養子で三人も? と思わなかったかい?」
「ええと、よく分りません。って言うか、興味ないです」
アレスは世情に疎い。無知と言っても良いかもしれない。けれど、エルフはもともと人族の事など興味が無いのだから当然だ。
自分が皇王グレアムの子供だと聞いても、なにそれ? なのだから。
「あはは、正直だね。自分も関わるのかもしれないのに?」
「だとしたら、尚更です」
「大国の皇となるかも知れないのに?」
「興味ないですね」
「……ふー。流石だ」
アレストしては何が「流石なんだ?」と聞きたいくらい興味が無いのだが。
「もともとジョセフ皇子で決まりだったのだよ」
「あー、次期皇王がですか?」
たしかレニエ、ジョセフ、ランディ皇子の順で養子になったんだよな?
あれあれ? 順番ちがってないか?
「うむ、年齢的にも血筋的にも問題ない。それどころか実父のフィエット公爵は世が世なら皇王だったろう程のお方だ」
「あのぅ? そういえばギーシュ公爵って前皇王なんですよね? なんで公爵になってるの? ってか? 普通はレニエ皇子が後を継ぐのじゃないんですか?」
この辺がよく分らないんだ。
実子が後を継ぐのじゃないかなー。
「そのへんは、政変で代が変わったとしか言えないし、当時はまだレニエは生まれていなかった」
言いにくそうな皇子の態度から裏がありそうだなと思った。
年齢で言えばレニエ皇子が四十五歳か。
会ったこと無いけどジョセフ皇子は三十代って聞いたな。
「あれっ? でもレニエ皇子が皇王に一番近いって言われているんですよね?」
「そう……そう言われているから、僕が皇子になっている」
まったくわけの分らないアレスである。
オルネ皇国で皇王とは皇族の長である。
皇王は在位中に後継を決め退位するのが普通である。男子がいなければ三侯爵家から養子を取って後継に据えるのだ。
「だから政治的バランスを取ってフィエット公爵から迎えようとした」
ところが横槍が入った。
元々ギーシュ公爵家は最大派閥だ。国内の工業を手中にし軍にも賛同者が多い。前皇王時代に作り上げた既得権益の賜物でもあった。
「押し付けられた養子に対して、取った手段が僕という事なんだ。要するに二代勢力の闘いでは勝てないから三竦みにした。主導権争いの時間稼ぎの要因もある」
なんとも複雑な構図だと思った。
こんな争いに巻き込まれるのは、まっぴらごめんだわ。
すでに逃げることを考えているアレスだが。
「そこに現れたのがアレスくんだよ」
「うへぇっ!」
「庶子とはいえ、皇王の実子だ」
あわあわ言っているアレスをスルーして続ける皇子。
「充分対抗馬になるし、次期皇王に担ぎ上げる勢力が出てもおかしくはない」
だから迂闊に触れられないんだと言った。
「ちょっ! ちょ、ちょっと待ってください!」
んっ? といった感じで話を止める皇子。
「いやいやいや! おかしいですよ!」
「どうしてだね?」
アレスが困った顔をしているとドアがノックされた。
人払いしたのに誰だと訝しむ皇子に、助かったと息を付くアレス。
じつに対照的な二人だが……。
「殿下、陛下がアレス様をお召しです」
現れた侍従がそう言ったことにより、アレスが皇王グレアムと対面する事になったのだ。
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