第36話国という存在
街道工事も順調に進み形になって来た。と言ってもまだまだ時間は掛かるのが現状である。
なるべく海岸沿いに森を切り開いて行く。これは終着地点をオルネ皇国の北東を目指しているからだった。
高低差の少ない場所を選び、伐採と地ならしを繰り返しながら進んだ。
もちろん僕の魔法も役にたっているんだけど、少しだけ問題もある。
そう、ローズウッドを離れると魔物が出るんだ。
「行ったぞ! 気をつけろ!」
低級とはいえ一般の人では脅威となる魔物。襲われれば被害が出る。
ここで活躍してくれたのがルオーさん率いるククリ族の人たちだ。
「小隊回り込めっ! 左翼は援護しろっ!」
村の中から人を募り自警団を組織したのだ。いや、もうそれは小さな軍隊と呼んでも良いかもしれない。
そして自警団の主力となるのは……。
※※※
「……困った」
何が困ったかというと、ここローズウッドを求めて人が集まってきたのだ。
えっ? 悪い話じゃないだろうと思うだろうけど、いやホントに困ってしまったんだ。
だって……。
「ええと……。本当に言いました? 僕?」
「はい。アレス様は『ローズウッド』の名に誓ってロマリカの民を保護しますと、仰られました」
「まあ確かに言ったけど……」
保護とはラトリーたちの事であって、ロマリカの民全部じゃ無いんだけどな……という言葉を飲み込んだ。
そこに満面の笑顔があったからだ。
長い冬を耐えたローズウッドに訪れたのは春の日差しだけでは無かった。
大陸全土からロマリカの民が集まってきたのだ。最初はぽつりぽつりと、ラトリーのところに顔を出しては旅に出ていった。
ああ、近況でも知りに来たんだな? ぐらいにしか思っていなかったのに。
一月も経たないうちに現れたんだ。群れをなして……。
人口四百人ほどの村に集まった数は。
「どう見ても……四、五百人はいるよね?」
「うむ。おるな」
イネスも驚いている。
再会を喜び、お互いの無事を確かめ合うロマリカの民の表情は嬉しそうだ。
これが『ローズウッド』の名に誓ってロマリカの民を保護した結果で、当然僕には責任があった。
住む場所から食事の手配にと村は完全にマヒしてしまう。現在は簡単な天幕を張り、元気な人はそこで我慢してもらい、年配や体の弱い者、とくに乳児や子供はラトリーのところで暮らしてもらっている。
早く何とかしないと、これじゃ難民じゃないか。
「あら? それはアレスの役目じゃない」
困ってカーラに相談すると「アレスの領地なんだから」という返事が返ってきた。
なんでも、ここローズウッドは僕の領地だと言うんだ。
「でも、前は領主をしてたんでしょ?」
「なに言ってるのよ? あれは代行。分る? だ・い・こ・う、アナタ赤ちゃんだから仕方なくよ」
どうもローズウッドは僕に与えられていたらしい。
「ダルマハクとは一緒に見られてるけど、完全に独立したアナタの領地よ」
聞けば完全に独立したに等しいと言う。
「だから好きにすれば? 王様なんだから」
と、止めの爆弾発言までしやがった。カーラ。面倒くさいから丸投げしてるだろう?
前世が日本人の僕。
この世界はいろいろ大きく違ってたりするんだけど、その中でも一番違和感を感じるのがこれだ。どうも小市民の僕には領主とか王様とか重すぎる。
「王様って、ここって国じゃないでしょ?」
国の条件ってよく分らない部分もあるけど、ローズウッドは国じゃ無いだろう? 確か領土、国民、主権の三つに政府が揃って国だったっけ? うん、そう習ったと思う。
「あら? どこが違うの?」
そう説明したらあっさりと言い返された。
「いや……。領土は……あるな。でも国民って、あれっ?」
「村の人がいるじゃない? あと、他の国から干渉もされていないわね」
あれ? あれっ!?
「ちょっと待ってよ! じゃあ、なんで魔木のお金をエルフに使ってるのさ? あれって完全に属国の扱いだろ?」
「ん? 別に決まってるわけじゃないわよ? 余ってるから勝手に使ってるだけ。大体エルフは自分の物って感覚無いもの。何か不満?」
「まあ、それには不満は無いけど」
もともと、エルフにとって森の中の物は所有者など決まっていない。だから誰でも必要な分だけ使っている。原始的な共産主義なのだ。
「必要なら言ってよね。あいつら働かないくせに要求は多いから、そろそろ止めようかと思ってたくらいだし」
「いや、いまのところお金に困っているわけじゃ無いから、カーラの好きにすれば?」
「まあ、いきなりは無理だしね」
エサを取り上げたら暴動がおきるかもと笑うカーラ。
まあ、見た事もないエルフに使ってると思えばどうかな?と、 なるんだろうけど、母親に対して仕送りしていると考えればとくに不満はおきないのさ。
「それとね。女神から頼まれてたんだけど、役割が終わっちゃったみたいだし」
「なにそれ?」
「ここの領主は森に入れるのよ、アナタは入れるでしょ?」
「確かに入れる」
「でしょう? でも今の私は入れない」
どうもここの領主というかローズウッドは、森にいる女神次第な様子です。
「つまり、アナタがここの支配者なのよ」
「要するに女神が認めているから王様になれってこと?」
うんうんとうなづくカーラ。
「だからロマリカの民を受け入れるのは簡単。王様が決めたのなら、新しく村を作れば良いじゃない?」
うーん……。王様うんぬんは置いておくとして、新村はアリかもしれない。
もともと、街道の入り口に村を作る予定だったからだ。
「あっ、でもどうしよう?」
「村を作ったとして、収入の道が無い」
とりあえずは日雇いで街道つくりに出てもらうとして、その後をどうするかである。
「心配いらないんじゃない?」
このカーラの言葉は現実となるのだった。
※※※
「槍を揃えろっ!」
おーっ! と勇ましい声が出る。
目の前から襲い掛かろうとしていたマッド・ボアに向けて並べられた槍衾。その後ろから鋭い弓矢が狙いすまして突き刺さる。
「小隊──っ! 突撃っ!」
動きの止まった魔物に向かい槍を突き出した。体長三メートルの巨体に次々と繰り出される槍。
「うわぁ──────!」
喚声があがった。仕留めた獲物は血抜きされて食料となるのだ。
にこやかな笑顔で解体するロマリカの民たち。厳しい放浪と旅から開放された彼らは定住の道を選んだ。そして新たな国を守るために進んで自警団の門を叩いたのだ。
当然、自警団には給料が出る。
「なかなかのモノでしょう?」
嬉しそうに指揮を取っていたルオーさんが言う。僅かの期間で集団的行動を取れる部隊を育ててるんだから凄い人だ。
まだまだ細かく見れば不満はあるんだろうけど。
「そうですね。凄く頼もしいです」
自警団にはロマリカの民から四十人、村の若者が二十人と、それなりの人数が集まった。
三班に分かれて村の警備に一組が、街道工事の護衛に二組が付いてくれている。
それから残りの人たちは商隊と新規の農地開拓に分かれた。現在は精力的に力を合わせての開拓に勤しんでいる。自然と村の中に組み込まれた格好である。
自給する農地のほうは、イネスに任せれば何とかなるだろう。
僅かの間にローズウッドの人口は千人を数え、まだ増加している。大陸にちらばるロマリカの民はまだ沢山いるそうなので、今後の事も考えていかなければならないだろう。
「さて、どこまでやれるかな?」
ローズウッドから伸びてきた工事の後を眺めて見る。
凄いわ本当に……。
精霊石を売ってお金を何か有意義に使えないかって思って「誰もが幸せになれる、福祉国家を目指します」なんて軽く言ってみた。
完全な僕の思いつきでお金以外は人材も知識も不足してたけど、それが実現しそうなくらい勢いがあるんだ。
このまま行ったらどうなるんだろう? わくわくする。
本当に助けられているんだなと実感した。
誰にって?
すべてにさ。
さあ、僕も感謝して明日もまた頑張ろう。
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