第34話前世という存在 その一
「やはり結界が弱まっておる」
スヴェア王家の墓所、と言っても特別な趣をしているわけでは無い。直径百メートルの円墳で横穴式の石室を持つ小規模のものだ。
オルネ皇国のように大規模なものでは無かった。
その墳高の頂点、中心部にサークルに囲まれた結界石が顔を出している。王家の石棺は、それを守護するように横穴が掘られ埋葬されていた。
「何を封印しておるのだ?」
この冬の間ククリの里で過ごしているギレアスは、口煩いローザの目も届かない事からいっそう野卑に溢れていた。具体的にいえば、あごに伸ばし放題のヒゲがそうである。
「伝承は色々あれど、良く分らん」
王の守護者、スヴェアの盾と呼ばれているが本来は結界を守ってきた。
そのククリのロヴァルが険しい顔で首を振ったのだ本当に分らないのだろう。
スヴェアの建国以前から残された遺跡。神の啓示でこの地を見守ってきたククリ族でも、現在は何を封印したのか良くわかっていない。
「一説によれば、巨人を封じていると言うのだが……」
巨人とはそれこそサーム教徒が信じる神ではないか。神話の世界の神を封じたなど理解の範疇を超えている。
結界は弱弱しく光を発していた。
「それよりも、本当にこの森を切り開くのか?」
王家の墓所を囲む原生林。千や二千できかないほど昔から、人の手が入った事は無いだろう。
「ああ、ここから真っ直ぐ進めばローズウッドだからな」
ギレアスがアレスの元を離れてククリの里まで来ているのも道を作るのが目的だ。
アレスの「交易、投資、出来る事は全部しよう」
これを合言葉にローズウッドからククリの里を抜け、オルネ皇国までの道を作ろうというのである。
現在アレスの元には大量の資金があった。しかも今後も増え続けるのだ。
当初のタンス預金はロイヤルドの猛烈な反対によって方向転換をよぎなくされた、彼曰く「スヴェアが滅びてしまう」そうだ。
それを聞いたアレス自身も「そういえば、デフレとか怖かったっけ」などと、ネット知識を思い出して考え込み。
「マネーサプライ減少はデフレになるから、量的緩和を積極的にしないとダメだ。ええと、貨幣価値は上がるけど、物価が下がって……あれ? なんでデフレが悪いんだっけ?」
聞いた連中がまったく理解出来ない事を呟いた上で「うーん……金本位制ってよく分らないけど、資本流出が起きるとなんとなくマズイと思う」
さらにぶつぶつと「とにかく不況はダメだ。ミクロがマクロで、ぶっちゃけよく分らないけど母ちゃんが言っていたから、不況は回避しないと」と聞いた連中には呪文にしか聞こえない日本語の呟きである。
イネスなどは「アレス? 新しい呪文を考えておるのか?」と首をかしげる始末。
ひとしきりウンウン唸った後「財政出動をします! 簡単に言うと公共投資」と、更なる意味不明の発言で締めくくったのだ。
「いざという時に道が一本では不利になるからとアレスの意見だ」
エルフ領から人族と交易をしようと思えば、ロタから峠の難所を越えて行くしかない。ちょうどスヴェアが蓋をした格好になる。
現状、ロタの件があったとてスヴェアとの関係は悪くは無い。むしろ王家とは良好ともいえる。ただし国家間の事。いつ関係が変わるか予想できない。
これは甚だ都合が悪かった。
なのでスヴェアから貰う金貨で道を作るのだ。もっとも新たな道はスヴェアを通らないが、そこは工事の手をスヴェアから雇うことによって還元するつもりだ。
「うちとしても悪い話じゃないが」
ロヴァルにすれば砦があるとはいえ、行き止まりの里から抜けられる道が出来る事は歓迎する話だ。実際にヴィットーリオ伯爵と一戦の覚悟までしていたくらい、スヴェアとの関係は微妙になっているからだ。
「……途方も無い金がかかるな」
一体どのくらいの費用が掛かるのか、ロヴァルは森を見てため息をついた。
※※※
「フム、一理あるケロ」
相変わらず石柱の上でカエル座りしているアスク。
なにをしているかといえば相談である。
「変な呪文を唱えたときに、精霊がうごめいておった」
イネスもうんうんとうなづく。
「日本語って言うんだけど、呪文じゃないよ」
「精霊にイシを伝えるコトバは、いちばん身近なでコトバでケロ」
先日のデフレうんぬんの時にイネスが感じた精霊のうごめき。まるでアレスの言葉に反応するかの様に精霊が動き出したのである。
アレスに前世の記憶が有る事は、イネスやアスクには話してあった。流石に他の連中までは内緒であるが、繋がっているイネスには隠し事は出来ないからだ。
「もしかしたら、日本語なら魔法が使えるんじゃないかと思ってさ」
精霊と契約しているアレスが魔法を使えないのは不思議な話だ。
「オマエはもっと魔法を使えるはずなのにナンデケロか?」とアスクが首を捻るくらいなのだから。
魔力は持ってる多すぎるくらいある。コントロールにいたっては魔石に注入できるくらい精密だ。でも発動しない。
何故なのか?
「ハッキリ言うと伝わっていないでケロ」
そうなのだ。精霊に意思が伝わっていないのである。
どうも思考の一部に日本語が混ざっているらしい。というか、逆にすべてを日本語で考えたほうが楽なくらいだ。
精霊魔法の行使に呪文を使うとき。種族ごとの呪文を使う。エルフとドワーフで違うようにだ。
エルフは神聖言語ドワーフは古代言語と、日常で使う言葉と違っていても元の種族語は魂に刻み込まれているからだ。
故に意思を伝えることが出来るのだ。
それがアレスの場合は日本語となる。
「アレスは出来る子。とりあえずやるのじゃ! がんばれ!」
イネスの応援に元気付けられ試してみることに。
「ええと、『火よ!』 っ! うへっ?」
頭の中で厨二的なカッコいい呪文を唱えようとした途端。もちろん日本語でだ。
唐突に目の前の空間に炎が現れた。
「っ! うぇええええ! なんでぇ!?」
しかもアレスの魔力を勝手に引き出して火の玉が成長する。
「チョっ! オマっ!」
「ナニナニナニ!!!」
驚く妖精たちだが一瞬で一メートルの球体に膨れ上がったのだ。しかもまだ周りから火の精霊を取り込み成長して行く。
「あわわわわわ!」
アレスが一番驚いているのだ。
「アレスっ! 早く空にとばすのじゃ!」
イネスの声でとっさに空に向けて打ち上げた。
「ちぃいいいいいい!!! 行けぇえええっ!」
アレスの意思に従うかのように真っ直ぐに打ちあがった火の玉。ぐんぐんと空を上がり雲まで届いて炸裂した。
途端に弾け飛ぶ。
「うがっ!」
閃光がはれると雲の中にポッカリと空いた空間があった。
「凄いでケロ……」
「恐ろしい威力なのじゃ」
アレスはとりあえず威力をコントロールする事を覚えようと思った。
※※※
「おい!? なんだアレは?」
「ん? 火の魔法?」
「馬鹿な!?」
この日アレスが打ち上げた火の魔法は遠くダルマハクからも見えたそうだ。
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