第29話 後始末という存在 その一
ローズウッドを任されているのはローザでヘリアでは無い。
だから一応の様子を見るだけと思っていたのだが、案の定逃がしていた。
「やっぱりね」
ローザを良く知るだけにため息もつきたくなる。
必死に逃げる男たちは五人ほどが見えた。森の精霊たちから六十人ほどだと聞いていたから、残りはローザが相手をしているのだろう。
「詰めの甘いところは戦闘狂のローザらしいけど、実に無様ね。また酔って見逃したのでしょうか?」
事実その通りであるのだが。若干上から目線で考えているところがヘリアらしい。
知的な大人の女を自認する侍女は肩口の髪の毛を指先で弄びながら考える。
「さて、誰を残しましょうか?」
腰に剣を差し蛮族かと見紛う毛皮をまとった男は違うだろうと思った。ならば〈呼び出しの鈴〉が使われた事から、武器も持たず商人に見える男がそうだろう。
「まあ、潰してから考えましょうか」
逃げる男が捨てた武器ともいえない槍を拾い、ヘリアは「ヴィンドゥ(風精)」と唱えるとまっすぐに飛び出していった。
※※※
「ふんっ! 二人目っ!」
なぎ払いに血しぶきが舞う。
足を飛ばされ、肩を砕かれ呻く者。容赦なく風音を鳴らして槍を叩きつけていく。
「がっ!」
横から突き出された剣をかわして頭を割る
飛び散った血を浴びたヘリアは「ちっ! まずい血が口に入ったじゃないの!」と、口に入った返り血を吐き捨て歯を剥き出した。
ニイ────っと。
「あぁあああああああああああ、お、お願いだ! ゆ、許して!」
その顔を見て悲鳴をあげ、手を合わせた少年。
「あら? まだ子供じゃない。兵になったばかりなの? 残念ね。坊やが三人目よ」と、若すぎる少年の腹を突き刺した。
ヘリアにとって人族など虫けらと同じだ。ましてや神聖なローズウッドに無断で入り込み、汚す輩を許す理由など無い。
槍を引き抜こうと暴れる少年を槍ごと持ち上げ叩きつける。
誰が上げたのか阿鼻叫喚の叫びと、のた打ち回る男たちを見て嬉しそうに挑発した。
「ハヒャ────────ッ! 逃げ延びられると思うなよ、薄汚れた人族ごときがッ!」
ヘリアの妖しい笑みを見て、腰を抜かして後ずさる。
怯えの色を見せた男に面倒くさいと、石のつぶてを叩き込んだ。
残りは一人だけだ。仲間を振り返ることも無く逃げて行くが見逃すはずは無い。
※※※
最後の一人、商人に見える男の足を風の鎌で切り落とす。
「────────ッ!!」
死なぬように炎で傷を焼くと血止めの代わりとした。声ならぬ悲鳴をあげながら暴れまわるが「うるさい!」と足で踏み潰し腰骨を砕いた。
ヘリアにとっては、口さえ利ければ良いのだ。身体などどうでも良かった。
「さ────て、聞かせてもらおうかしら?」
くすくすと笑い、どう聞こうかと考えるヘリア。
その顔は、新しいおもちゃを手に入れたような悪魔の微笑みに見えたかもしれない。
※※※
「おう、出来ればひとおもいにバッサリやってくれ」
観念したのか潔いドヴォルグ。
盗賊はこの世界では問答無用に首をはねられる。女のミゼットなら犯されてから殺されるだろう。だがここにいるのは女と子供。上手く行けば苦しまずに二人、殺してくれるかもしれない。
「ふーん。あっさりと諦めるのね」
「ああ、いままで散々盗みをやってきたんだ。『ファニール』の加護もこうなっちゃ効き目はねぇ、年貢の納め時だ。もっとも、殺しだけはしちゃいねーから、ヴァルハラに行っても気持ちよく迎え入れてくれるさ」
カーラの言葉に達観した表情を見せる。
「ほう、殺したことは無い? その言葉嘘は無いな?」
「あったりまえだ! 盗みはしても殺しはしねぇ! 闇のもぐらの名に懸けて誓っても良い」
盗賊の二つ名に誓うのもおかしな話だが、真剣な表情のドヴォルグ。
「……ふむ。本当のようじゃ」
イネスはどうやら闇の精霊に聞いたらしい。
「そうね、イネスが言うなら間違いないわ」
エルフにとって精霊は常にあるモノ。全てを見ている存在で誤魔化しなど出来ない……って! うそぉおおおお!!!
「精霊って、全部見てたの!?」
「あたりまえじゃ」
えぇえええええええええ!!! じゃ! あんな事や、こんな事もぉ!?
「何を騒いでおる。我もアレスの事なら全部知っておるぞ」
うげぇえええええ!
爆弾発言が出たよ!
ショック! あああ、今度から考えて行動しないと恥かしすぎる。欝になりそうだ。
「落ち込んでるアレスは良いとして、イネス? 使えそうね」
「そうじゃな、古きドワーフの血が残る者よ、いやニザヴェッリル(暗き野に住む者)の一族に告げる。新しきものに支配されよ」
イネスのまとう雰囲気が変わった。なんだか普段と違う。えっ、あれっ? これってイネスなの?
「一体……何のことだ」
「なに、たいした事ないわ。チャンスをやろうって事だけよ」
カーラは何かを企むように笑った。
※※※
冬を迎える準備で誰もが忙しそうにしていた。スヴェアの北端で国境の町ロタでもそれは同じだ。敬虔なサーム教徒が多いこの町は、ヴィットーリオ伯爵の領地で、伯爵は教会の力を背景に中央で勢力を伸ばしている。
中々のやり手でもあった。
「ふあぁあ、暇だな」
ところが逆に暇な連中という者もいる。
北の門を守る男がそうだった。普段からエルフ領の繋がる街道を行き来する者は少ない。季節の良い時期でもそうなのだから、冬を前にして通る者など見ることは無かった。
だから。
「おい、誰か来たぞ」
「ほぅ、この時期に珍しいこった」
ゆっくりと進んでくる集団は騎乗していた。
数は三人。後ろの一人はカラ馬を引いていた。
「止まれ!」
役目どおりに停止させ検めようとしたその時。同僚が後ろで引かれる馬上のモノに気がついた。
「お、おいっ! 見ろ」
「なっ! 人か!?」
先頭の男は緋色の裏地が付いたマントの下に黒染めの革鎧をまとっていた若い男で、どう見ても身分が上の武人。
反りのある剣に恐怖を感じながらも、役目と思い慌てて槍を構え、誰何する。
「何者だ! ロタの町に何用であるか!」
怖さで震えながらも気丈に役目を全うしようとするあたりは真面目な門衛のようだ。
「俺の名はルオー! ククリ族の者でエルフからの言伝を持ってきた! 昨夜遅く、ロタの兵が領地を侵した。連れて来たのは守備隊の隊長と聞いたからで残りはすべて切り捨ててある! この輩を引取りの上どう始末をつけるのか返答を頂きたい!」
槍も捨てて、慌てて走り出す門衛。
代官の元にでも向かったのだろう。
王都の北門を守るククリ族がなぜエルフから来るのか? 不思議に思いながら、残された門衛は今日当番に当たった己の不幸を呪う。
そして「しっ、暫し待たれよ」とだけ言ったのだった。
この日、スヴェアには最大級の爆弾が落とされた。
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