ハーフエルフという存在

鐘矢ジン

第1話僕という存在



 僕の名前はアレス。ローズウッドの森に囲まれて暮らしている。


 エルフの国とスヴェアの中間に位置し、ヨーロッパで言えばデンマークに近い所って言えば良く分かるかな? もっともここにはバルト海の代わりに大きな湖が森に囲まれていたり、島国じゃ無いあたりは少し違っているが概ねそんな所だ。


 ここは地球世界に似ているけど、異世界だから多少の違いが出るのか大陸から突き出た北西の半島は、小さな村以外には何も無いのどかな所で僕の暮らすローズウッドはそんなところだった。



「お茶のおかわりはいかがですか?」


 森からの涼しげな風を受けながら、侍女ローザの入れてくれた紅茶を楽しむ。午後のひとときはこうして優雅に過ごす事が多かった。


「ん、ありがとう」


 ここでの暮らしは何一つ不自由は無いけど、欲を言えば読みかけの小説とゲームの続編が欲しい。


 でもねえ、手に入る事は……永久に無いかなあ。



 日本という国で生まれ高校生だった僕は、気が付いたらエルフの子供として生まれていた。


 いやもう、五歳になって突然記憶が蘇ったときは、本当に混乱してその晩に知恵熱が出たくらい。



 いまでは大分折り合いも付けたけど、しばらくは奇妙な行動を取っていたと思う。


 思い出すと恥ずかしい黒歴史です。


 転生? なにそれ夢なの? ってくらい良くわからない現実に、前世? ではどんな死に方をしたのか? 凄く気になった。


 悲惨な事故か病気か? 残された家族は悲しんだろうか。


 もう知ることも出来ないし知っても意味無いけど。



 それより何故リセットされていないんだろう? 前世の記憶を持ってることに意味はあるのだろうか? 小説とかだとチート知識を使って……ゲフンゲフン。



 やめやめ! 何て危ない考えなんだ。時々僕の中の厨二病が顔を出すが、やっぱり平凡が一番だよ。


 生活困って無いしね。



 そうなんです、僕の家はお金持ちと言うか国持ち? いや、国家の形態を取ってないから……ふむ。言うなれば自治区? になるのだろうか。



 話せば長くなるのだけれど。


 イリアス大陸の北にダルマハクというエルフの国がある。北欧三国とロシアの一部と言った場所で、自然と共に暮らすエルフたちは人族と距離を置き自然と共生して暮らしている。



 でもまれに関わりを持つエルフがいるんだ。


 ある日、人族と情熱的な恋をした母は僕を生む事になる。


 そこまでは良い。うん、種族を超えて愛を交わすのは素晴らしい事だと思うよ。ホントね。


 でも聞いてくれ! エルフは子育てをしないんだ! 正確に言えば集団で育てる。


 これは家と言う概念が無いからで、愛情が無いことでは無いのだろうが、僕の場合はとても困った事になった。



 何故なら──僕はエルフに受け入れられなかったからで、純粋なエルフという存在は僕を育てることを拒否した。


 種族的な事情で育児放棄。


 何と言う大迷惑なんだ! 主に僕に取ってはだけどね。



 そして生物学上の父親にも受け入れられる事は無かったと思う。だって見たこと無いもん。


 どういういきさつが有ったのかは知らないけれど。生まれてから父親と言う存在を見たことが一度も無い。


 聞くところによればハイエルフは世界樹から生まれるらしいし、僕も木の股から生まれたのかも知れない。



 なんて……冗談は面白くないから止めておこう。ハーフなんだからそれは無いわ。


 はあ……みそっかすだね。



 もっともエルフたちは、見捨てた訳でも無い。いや本当だよ! だって人族との間に生まれた僕を育てるために、ローズウッドの地を用意したんだから。



 でもこれって……考えたら怖いよ。


 国の一部を切り取って与えるほど、一緒にいたくないって事だから。


 どんだけ嫌われてるんだよ! って話で、誇り高いエルフに取っては同じ国に住んでいるだけでもイヤなのかね?



 ふー……まあ良い。


 その後、四歳の時に母がエルフの国に戻って行った。


 まるで近くに散歩でも行くように出て、それっきり帰って来ない?


 ええと・・・・・・どこで何しているんだろう?


 忘れた頃に僕宛の物が届くので捨てられたわけでは無いようだけど、どうにもエルフの感覚はよく分からない物だ。



 でもどうでも良いんだ。



 ハーフエルフとはそういう存在で、人族にもエルフからも仲間と認められない隔離された不思議な生き物。



 そして前世の記憶を持った異邦人、それが僕なのだから。




 僕の住んでいる所は大きな館だ。



 背後を森に守られ丘の下を流れる川は堀の役目をしていた。その先には見晴らしの良い草原がゆるやかに斜面になって、見た目より館の標高は高い位置に設けられている事が分かる。



 丘の館を囲むように石垣がらせんを描き、深く掘った井戸と清水の湧き出す水場まであった。


 斜面を上手く使った畑は土留めの石垣が有事には拠点となって行く。



 うーん。攻めるとしたら。


「西の海岸は岩礁が多くて上陸は不可能と……。東の険しい山は超えるのは苦労しそうだし。唯一の攻めどころは南となるか……。でも草原に点在する灌木が要所に在るため大軍を広げることは……無理?」



 ……出来なかった。うーん……。難しい。


 館を攻め落とす事を考えて見渡すと、その難易度から絶望的になる事が想像出来る。


 主に攻める方がね。



「うん、良くできた城だ」


 毎日目にしても、あらためてここが特別の場所であると分かる。もしかして作った人って、天才?



「どうされました?」


 ローザが軽く首を傾げながらつぶやきに反応した。


 僕が生まれる前から母に仕えていたエルフで、僕の世話をするためにここに残ったそうだ。


「ああ、綺麗な景色だと思ってね」


「ふふっ、ここは特別な場所ですから」


 涼しげな目許を細めながらそう言った。


 僕だけに向けられる優しい笑顔は、慈愛に満ちて普段の氷のような態度はみじんも感じさせない。



「世界で一番魔力が豊富な場所。ここって女神の加護を受けているんだよね? 住みやすくて良い所だけど、人は少ないよね?」


 そうなんだ、九州に匹敵するほどの領地が有りながら人口は僅か二千人程しかいない。


 まー数えた事は無いけどね。


 ほとんどが森だから仕方が無いっちゃ仕方が無いんだけど、出来れば少しは賑やかな方が良い。


 主に僕の楽しみ的な意味でね。



「あら? 風が変わりましたか。これはひと雨降るかもしれません」


 結い上げた金髪の後れ毛をひとすくいかき上げて、美しい眉をひそめた。


 エルフは雨に濡れるのを嫌がる。雨が降ると大抵はじっと過ぎ去るのを大木の下で待つのだそうだ。


 もっともローザは口元に笑みを残しているから、別に嫌がっていないのが分かる。



「大丈夫?」


「大丈夫です。ここにはアレス様がいらっしゃいますから。ローズウッドの森は、あなたを守る結界でもあると同時に私たちも守ってくれてます」


 耳元に唇をよせてささやく様に僕に告げる。



「うぐっ……」


 思わぬ色香を感じてちょっと怯む。


 物心付いたときから変わらない美貌の迫力に押され目をそらすと、黒い布地に包まれた大きな胸が自己主張をするように張り出していた。


 デカイよ。


 異世界万歳! エルフ━━二人しか見たことは無いけど━━は巨乳だった。



「そっ……そうだね」


 心残りながらも、慌てて目を引き離し森を視界におさめると、低い雲の下を鳥がゆっくりと輪を描いて飛んで行くのが見えた。


 巣に帰るのだろう。


 ヒナが待っているのかな?


 だと良いな。


「もちろんですわ。それに私もギレアスも傍にいるのですから、何も心配はいりません」



 ギレアス……か、こいつは執事と呼ぶにはあまりに野卑に溢れている変人なのだけれど、見かけによらず戦闘では一流の腕前を持っているそうだ。本人はあまり話したがらないが、若い頃は冒険者をしていてときどき誰かが訪ねて来た。


 実は──こいつには謎が多い。


 あるとき年配の冒険者から竜退治の話を聞いて、ギレアスに訪ねたことがあった。


「ねえ? 一人で竜を退治したってほんと?」


 子供心に浮かんだ何気ない好奇心。特に意味は無く冒険譚の一つでも聞ければ満足しただろう。


 でも……。


「あー……誰からそれを聞いた? もしかして? チャックの野郎か? あいつ余計なことを吹き込みやがって。くそっ!」


 ひどく困った顔で僕にどう説明しようかと考えたギレアスは、ひとしきりうなり声を上げて悩んだ後。


「その……なんだな、事実だが事実では無いって! あぁああ、上手く言えねー! すまん! 坊主! 騎士の情けだ!聞かないでくれ!」


 などと、意味不明の会話の後口を閉ざした。


 それきり過去の話はどこからも僕の耳には入らなかった所を見ると、関係者に口止めしたのだろう。


 もちろん僕も聞くことは無かったのだけれど。いったい何が有ったのだろう?



 そんな事を考えていると空がかげり始めた。




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