第4話 朝のジョギング

 ジョギングコースは正門をすぐに出てからのストンヒュー大通りと決まっている。

 国で一番の道と言われるここはとても長く、幅もゾウの列が通っても問題にならないくらい広い。

 途中にあるいくつかの広場も含め街の外まで道は続いている。

 ジョギングはこの道を5キロ地点で折り返して宮殿に引き返す。

 往復にして10キロ、これを1時間でこなす。

 馬やイヌには及ばないが、人にしては驚きの身体能力を持っていると周囲から評価されている。

 別に少年時代からこうだったわけでもなく、毎日続けているうちに速くなり、距離を伸ばしていった結果こうなった。

 ちなみに普通の人が同じコースをランニングすると2時間半掛るらしい。

 

 タッタッタッタッと走っていると一つ目の広場を通りすぎた。

 

 さらに走っていると、ごく普通の店構えをしたパン屋が目に入る。

 そこの前の腰掛け椅子にパン屋の老人が座っている。

 


「お~おはよう」

 

「どうも~」

 

 ロードは顔見知りのに出会ったので軽く頭を下げて通りすぎた。

 外に出て来たのはパンを焼き始めて暇になったからだろう。

 まだあの芳ばしい香りはしてこない。

 

 ジョギングをしていると身体の調子がいい方向へ上がっていく。

 

 道の目の前でブタさんが、だらしなく寝ていたので避けていく。

 腰くらいの高さの動物用の水飲み場を飛び越えていく。

 脇道から大きな荷車を引くゾウが現れたので通りすぎるのを足踏みしながら待つ。

 

 さっきからよく動物に出くわすけれど、このストンヒュー王国では珍しくはない。

 それどころか世界のどこへ行ってもこういう風景は日常茶飯事のはずだ。

 街で動物が歩き回るのも、動物が会話をするのも、動物が自分の大きな小屋を持ち暮らすことも、この世界では普通のことだ。

 

 

 僕らはそういう世界に住んでいる。

 

 

 昔からこの世界は人と動物が共に協力し合って生活してきた。

 動物の知能は人と同じぐらいあり一般常識や礼儀作法なども理解している。

 この世界の言葉は共通しているので言葉が通じないという事はない。

 もし、『動物たちと言葉が通じない世界だったのなら』とは想像もできないのだ。

 とにかくゼンワ語という共通の言語が、ありとあらゆる人や動物たちに発音できるので会話を可能にした。

 それが広く伝わって人と動物の会話は当たり前のことになっている。

 

 そうして長い歴史の中で会話をして、人は人の仕事をするように、動物は動物の仕事をするようになった。

 人の仕事は多い、何故なら動物たちでは出来ないことを任されるからだ。

 主に人の住む家や動物たちの住む小屋を作ることがいい例えになるだろう。

 そして動物たちの仕事だとイヌなら番犬として、ネコならば客寄せとして、ネズミならゴミ拾いといったところだろう。

 けれどサルは人の仕事を手伝うこともできて、時と場合によっては人も動物もお互いに助け合って仕事をする。

 そのおかげでこの世界の人と動物は良き友として付き合っていけている。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 ストンヒュー大通りを走っていると色んな人や動物たちに「おはよう」と声をかけられては、手を振るなり口で答えるなり挨拶を返す。

 少年時代に始めたランニングからのジョギングは、こうして道端で挨拶をすることで知り合いを増やしていった。

 今だとロードという名前は、王国の住民では知らない者はいないほど有名らしい。

 


「ロードがんばんな!」

 

 牛乳屋のおばさんが店の前に牛乳瓶を片手に持って差し出た。

 

「ありがとう!」

 

 走る速度を落とさずに、右手を伸ばして牛乳瓶を受け取ってお礼を言う。

 その牛乳をもらうことは毎朝の楽しみ一つで、これがあるからジョギングが辞められなくなったと言ってもいいくらいだ。

 

 そうして走り続けるといろんな動物たちが積み重なっている石像の設置された広場に入る。そこがジョギングの折り返し地点。

 

 ここで先ほど貰った牛乳を飲み干して、帰りがけに瓶を返しに行くことにしている。

 走ったことで温まった身体は喉の渇きを訴え、冷たい牛乳を口に運ぶのを急かす。

 

 ゴクゴク――ゴクゴク

 口当たりのいい甘さと冷たいコクの深さが喉に流れて、一気に飲み干すまでに達する。

 

 牛乳を飲み終わり、空を見ると辺りはずいぶん明るくなっていた。

 近くの木々ではスズメたちが小さくチュンチュンと歌い、年老いたイヌが散歩をしている。

 

「ふぅ~~~~眠気は消し飛ぶな~~」

 

 空に向かって大きく両手を広げ全身でとても気持ちのいい伸びをした。

 

(今日も幸せな世界でありますように……)

 

 それはいつも通りの朝を演出する陽の光に向けた笑顔からの願い。

 かつて幸せな世界が壊されるのを絵本を読んでいた心からの願い。

 

「さて、帰るか」

 

 空の牛乳瓶を左手に持ち、朝日に背を向け広場から走り去った。

 

 ロードはその日も、いつか読んだ絵本の世界のように幸せな日が始まったと信じていた。

 

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