第4話:青井 日和①
(いつも何で怒っているんだろ?笑ってた方がかわいいと思うけど)
学校から帰宅し、めずらしく真っ先に今日の授業の復習と予習をしようと思い、教科書とノートを開いたものの、結局気乗りがせずにぼーっとしていたら、最近頭を悩ませているクラスメイトの姿が頭に浮かんだ。
何かきっかけがあったのかと言われれば、少なくとも私には思い当たる出来事はない。
高校に入学して、なんとなーく日常を過ごしていたら、いつの間にかクラスメイトの風間さんから冷たい態度をとられるようになってしまった。
通路を少しでも塞いでいたりしていると「邪魔なんだけど」とか冷たく言われたり、授業でグループに別れて作業をするときに露骨に機嫌が悪そうに「意見言ってよ」とか言われたり、まぁその程度。
ちょっと突っかかってくるくらいなので実害はほとんど無いし、もしかするとものすごく気難しい子なのかと思ったけど、小学校の頃から一緒の
私と二人きりの時に限らずそういう態度なので、逆に周りが彼女を警戒してしまって、クラスで少し浮いた感じになっている。
「実害が無い……? うーん」
もし小学生の頃の私だったらすぐに本人を呼び出して、なぜそんなことをするのかを問い詰めただろう。
相手と自分の仲が良いかに関係なく、自分に対して敵対的な態度を取られるのは気分が良いことではないので聞く。
結果、自分が悪いのであれば直すようにするし、逆に理不尽な理由であれば、納得いくまで話し合うか、それでもダメならもう関わらないようにする。
そんな情熱的で、めんどくさい頃が私にもあった。
でも高校生にもなって、そんな正義感をかざすつもりは毛頭ない。
そんなことをして、波風を起こすようであれば変に事態が大きくなるだけだし、正直疲れる。
幸い風間さんからは、よくあるイジメのように物を隠されたりとか、暴力を振られたりとかそういったことは一切ない。
少し申し訳ないが風間さんはあまり友達がいないようなので、彼女の仲がいい友達から、集団で無視されたり、陰口を叩かれることや嫌がらせをされることもない。
あくまでも彼女の単独行動で、ちょっとキツイことを言われるだけ。
であるならば、自分がちょっと我慢すればいいだけなので、とりあえずそうしている。
そのほうが楽だから。
学校生活は楽しい。話をする友達もたくさんいるし、充実していると思う。
ただメンドクサイと感じることが多いのも事実…………女子校なのでクラスメイトは女子のみ。
中学の頃と比べて、誰々が好きだの告るだの、そういった話は減ったのでその点は楽だけど、それでも女子高校生。
恋に遊びにファッション、テレビ、芸能人、ドラマ、勉強や進路の話など、日常的に振られる話題は多岐にわたる。
無難な回答をするように心がけてはいるけど、それでも愛想よく返すのがメンドウと感じることも、正直ある。
だから最近は家にいると落ち着く。
楽だなーって思う。ちなみに学校にいる男は先生だけだけど、このご時世、異性のみしかいない女子校に赴任する男の先生は本当に大変だと思う。
早死にしないといい。
「姉ちゃん」
「うあぁ。ビックリした! 入る時はノックしてよって言ってるよね」
「んだよ、めんどくさいなぁ。別にいいじゃん」
「あのねぇ。こっちだって何しているかわからないんだから、いまだって、色々と考えていたんだし、そもそもプライバシーってもんがあるでしょ」
「なんだそれ。ぼーっとしてただけじゃん。しかも別に見られてまずいものなんか無いじゃん」
「あるよ!色々あるんだよ女子高生には!あんたにもあるでしょうが?」
「うーん。俺は別に見られてまずいものは無いかな……んなことより、夕飯前に先にお風呂入れって、お母さんがいってるー」
「えー。ご飯食べてからがいいんだけど、てか、あんた先に入りなさいよ」
「ヤダ。ゲームするし!」
抗議する暇なく、弟がダッシュで戻って行った。ドアくらい閉めてくれればいいのに……。
(んー。面倒だけど仕方ないから先入っちゃうか……)
少し年が離れている弟は、昔は何をするにも「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と言って後ろをついてまわり、私が学校にいくときは「いがないでぇぇ〜」と玄関でいつも泣いていた。
まさかのお風呂やトイレにまでついてきたときは本当に困ってしまったが、幼心に頼られているのが分かり、誇らしかった。
そのまますくすく育ってくれれば良かったのだが、現実はそう甘くなくさっさと姉離れをしてしまい、今ではプチ反抗期で「ウザい」だの「あっちいけ」だの言ってくる。
昔だったら私が「あっちいって」などと言ったら、この世の終わりのような顔をしてわんわん泣いていた。
本人が覚えているか分からないが、願わくば、自分の黒歴史として未来永劫覚えていて欲しい。
あと、いきなり部屋に入っていることは本当にやめてほしい。
こっちだって色々あるんだから。
あいつ「見られてまずいものは無い」とか言ってたっけ? 思い出したらなんだか少しイライラしてきたぞ!
見られてまずいものはない? この前こっそり漫画を借りに行った時に、偶然ベットの下で見つけたものをお母さんにバラしてやろうか。
偶然ベットの下を覗くことは無いって?
そこは姉として、世の中のベタなシチュエーションが正しいのかを検証する必要があると思い立ち確認したのだけど、本当にあるとは思わなかった。
(どこで手に入れたのか……)
今どきはスマホで何とでもなる時代。
親がどんなにロックをかけても、抜け道はある。
なんでそんなことを知っているか……そんなことは聞かないでほしい。
「うーーーーん」
お風呂の中でノビをする。やっぱりお風呂は最高!!
「ふう」
いつからだろうか、毎日にあまり変化なく、朝起きて、学校に行って、帰って、少し勉強して、寝る。その繰り返しになってしまったのは。
昔は、毎日が刺激的でいつも何か新しい発見があったように思う。
それは、決して楽しいことばかりではなかったけど、振り返ってみると充実していたように思う。
ただ、不思議と今の日常にまったく飽きているということはない。
みんな色々話しかけてくれるし。
そういえば今日、化学実験室に行く途中に橘さんが声をかけてくれたけど、風間さんのことを忍者と言った後が面白かった。
風間 美桜。
古風な苗字だなぁとは思っていたけど、「ニンニン」って。
絶対本人にも聞こえていただろうけど、その前に「邪魔だ」とか言われたこともあって、少しスッキリしてしまった。
(ニンニンって)
今日何度目になるかわからない思い出し笑いをしてしまう。
おそらく、あれは橘さんだからできることだろう。
橘 ちひろさん。
友達の噂を聞くと、相当のお嬢様らしい。
お嬢様って今まで会ったことはないけど、「ごきげんよう」とかいつも言う人なんだと勝手に思ってた。
普段のどんな生活をしているかは知らないけど、あのちょっと天然な性格で大丈夫だろうか。
世の中分からないものである。
(というか、そもそもお嬢様ってどうすればお嬢様になれるのかな)
(家族経営でやっている町のケーキ屋の長女なので私は社長令嬢なはず。いや、看板娘って言った方が近いか)
「姉ちゃん、まだ風呂入っているのかよー。早く出ろよー」
脱衣所の入り口あたりから、弟の声がする。
(入ってからまだ15分位だけど)
そんな短い時間も我慢できないのかあの小僧は。
というか、あいつまたノックとか何もなしに入ってきたな…………こっちはお風呂だぞ!
いいかげんしっかりと懲らしめないといけない。
ちなみに弟は、普段5分かそこらでお風呂から出てくるので、カラスの行水とはあいつのためにある言葉だろう。
成長期真っ盛りで、部活動もやっているから間違いなく汚いはず。
そんなんじゃ女の子にモテないぞ! 私もモテたことないけど……。
(ちょっとからかってやるか)
「ごめんねー。もすうぐ出るけど一緒に入るー?」
「っツ。ば、ば、ばかー。死ね〜」
ガタっと、少々狼狽えたよう物音がしたが、なんだろう…………気のせいだろうか。
あいつめ、あからさまに照れるとは、まだまだ可愛い盛りである。
ただ、万が一入ってきたら、こちらが恥ずかしくて、それこそ死ねる……『恥ずか死』 してしまう。
となると……危なかったのは私か。
小さい頃はよく一緒に入ったけど、あれから数年経っているし、最近は背もどんどん大きくなってきた。
もう力では絶対に敵わないだろう。
そうなるともう少し色々と自覚を持って欲しいんだけど……はやり、ベッドの下のエロ本……おっと。
趣味の本の件は、それとなく家族にバレる方向に持っていかないといけないな。
私に火の粉が飛んでこないような方法で。
ブツブツと完全犯罪の計画を頭の中で考え、また弟が戻ってきたら面倒なのでお風呂からあがる準備をする。
本当はもう少し湯船に浸かってゆっくりしたかったが、しょうがない。
お風呂から上がってご飯を食べたら、明日の英語と数学の予習を少しやろう。
いやはや、私って偉いなー。
高校生は忙しいのだ。
その夜のことは、我が家にとってちょっとした事件になった。
私がお風呂からあがると弟はすぐに入り、その隙に私は弟から借りた漫画をリビングで読んだフリをして弟の部屋に漫画を返しに行く。
そしてベッドの下に前回と同じクッキー缶に弟のお宝が入っているのを確認。
準備は整った。
ちょうど弟がお風呂からあがったみたいなので、私は弟の部屋から出て階段を降りていく。
「姉ちゃん、俺の部屋に何か用だったん?」と聞いてきたが、ここはあえて無視した上で、意味深にチラッと弟の方を見てそそくさと母親の方へ小走りで向かった。
弟は、少し不思議そうな顔をしていたが、あまり気にならない様子でリビングに行き、テレビのスイッチを入れている。
「お母さんちょっと」
たまたま見つけてしまったという雰囲気は演じられたと思う。
「どしたの?何かあった?」
「さっき、……の部屋でスマホ落としたら……ベットの下にはい……そしたら缶があって……その中……に」
「ほほーう。なーるほどね」
私とお母さんとの会話の中で、断片的に漏れ聞こえた部分があったのだろう。
あからさまに弟の挙動がおかしくなっている。
お母さんもお母さんで、目を細めて悪い顔をしながら弟の方を見ている。
「ちょっと見てくるわ!」
好奇心の塊のような人、それが私と弟のお母さん。
我慢ができなくなったのだろう。
その一言がスタートの合図だった。
「ちょ、まて、待てって!」
弟とお母さんが、弟の部屋にダッシュで向かっていった。
大きくない家だけど、階段までの距離は台所からの方が早い。
いくら部活をやっているとはいえ、その差を埋めることはできず、現場へはお母さんの方が早く到着する。
もぬけの殻になったリビングと台所で私は静かにガッツポーズをしてから、火にかかったままの鍋のシチューをかき混ぜ、配膳の準備をした。
勝利のシチューだ。
二階からは「はなせぇぇぇ」「問答無用!」「いいかげん腹をくくりなこのエロがっぱ」などと、聞くに絶えない言葉が聞こえてくる。
近所迷惑になっていないだろうか。
うちはこれでも食べ物を扱う店なんだけど……と思いながら、もう一度勝利のポーズ。
少々やりすぎた感が否めないが、これに懲りてうちの弟も良い方向に成長してくれればいいと思う。
多分……大丈夫だよね…………ぐれたりしないよね。
私が参戦しても良いことがないのは明白だったので、家族分の夕ご飯を配膳した後、ひと足先にご飯を食べ始める。
「ん? お母さんは二階? 何かあったの?」
仕事の後片付けを終えたお父さんがリビングに入るなり、いつもと異なる異常な雰囲気を察知して聞いてきたが「さあ?」とごまかしておいた。
ただ、『人を呪わば穴二つ』『因果応報』という言葉の通り、昨日の事件はそれで終わらなかった。
結論から言うと最悪だった。
弟とお母さんのバトルがお母さんの大勝利で終わったあと、弟は悔し紛れに「俺だけじゃないかもしれない」と言ったが最後、いい機会と思ったお母さんをリーダーとする家庭内持ち物検査が開催された(実際はお母さん一人で検査をするので、もはや独裁者だった)。
場は荒れに荒れ、聖域なきチェックにより、完全にとばっちりを受ける形になったお父さん。
そして私を含め、計三人がお母さんに弱みを握られる形になった。
武士の情けとしてそれぞれのお宝が何であるかがお母さんから共有されることは無かったが、母さんの一人勝ちとなったことで家族関係が変にギクシャクすることなく、暗黙の了解としてお互い詮索することもなく、それぞれが傷を舐め合う形で終結したのだった。
(お父さん、明らかに凹んでた)
お母さんがより家族内での地位を盤石なものとした。
世の中、本当に理不尽だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます