第5話

 <魔王>が生まれて七日後、悲劇は唐突に起きた。

「上官が殺された……」

 雷鳴が轟く雨の日だった。上官の部屋で何者かにより上官は殺されたのだ。

「胸に一発だ。それも隊が配布している銃でも剣でもない。これは明らかに<傀儡>の仕業だ」

 金髪の男が念入りに上官の身体を調べる。

「見張り役が殺され、再配置されて間もなくだ。<傀儡>が人間に化け潜入したのだろう」

 まるで知っているかのような口ぶりで淡々と述べる。

「全国に周知しろ! <主人公(奴)>が<魔王>だと公言するんだ!」


 事の発端は、上官が殺される2日前のことだ。

 見張り塔の惨事から早々に入れ替わる形でB班からA班の二流1人と三流2人が配置された。C班の後輩と一緒に昼食をとっているときに、上司から呼び出しがあった。

「上司とは珍しいですね。ここんとこ上官から目を付けられているのに……先輩、なにかしたんですか?」

 上官が<傀儡>だったなんて口が裂けても言えない。<魔王>だって公表されてしまうから。

「……上官の大好物をつまみ食いしてからというもの……」

「あー食い物の恨みは怖いですからね」

 サンドイッチを早々口に押し込み上司部屋に向かった。上官と違い、上司は話しづらい。なにせ人間であり<討伐隊>の統括者でもあるから。上官は<傀儡>であるため相手の心の声が聞こえるが、上司は人間であるため心の声を聞かれることはない。ただ、上官の考えとは真っ向から対立しているため、A班の副リーダーである自分として見れば、上司からの命令よりも上官からの命令のほうがありがたみがある。

「数日の休暇はどうだった」

 上官に眠らされ、しばらくの間は<魔王>として<傀儡>の召喚やら研究していた。そのため外出はほとんどしていなかったためにもしかしたら怪しまれているのかもしれない。

「はい、大変休むことができました。おかげさまで体は順調に回復することができました」

「……お前、上官と仲がいいそうだな」

 この返答…詰まったらヤバそうだ。ごくりと唾を飲み込んだ。

「俺達は<討伐隊>として世界中に存在する害悪<傀儡>を討伐している。しかし、近年<討伐士>たちはだらけ始めている。任務中なのに喋っていたり休憩中でもないのに横になっていたり食事をしていたりと……これはチームの副リーダーとしてあるまじき行為ではないのだろうかね」

 わざわざリーダーに詰め寄る案件がなぜ副リーダーである自分にそう言うのか。これはつまり、上官の派閥から抜けろといっているのかもしれない。

「上官は…ある程度、許している。少しは休憩を与えないと、疲れてしまいダメになると……でもそれがあの見張り塔の結末だ。休憩を与えたばかりに雑魚にやられてしまい、みすみすと侵入されたと隣の国から名指しで言われた。これは隊にとって致命的なことだ」

 歯をギシギシと噛みしめその歪みの表情から上司はとてつもなくイライラしている。

「上官は隊にとって病菌でしかない。<主人公>! お前はどっちにつく!」

「どっち…とは?」

「次の評議会で”上司”か”上官”かどっちかが<討伐隊>の統括者であると公言することが決まった。訓練も教育も”わたし”ではなく上官が任を置いておるのでは、せっかく広告顔である”わたし”の顔に泥を塗ってしまう。ゆゆしき事態だ。今、この場で決断しろ! ここでどっちにつくか」

 自分は即座に上司と言いたい。なぜなら上官はとても話しやすく優しく時には厳しいお方だ。だが、<魔王>について<傀儡>についてダメだしやら<先々代の魔王>の<傀儡>の癖にやたらと態度がでかいときに食わないところが大きい。だけど、「あいにくですが、私は上官を支持します!」とすると上司はさらに歯ぎしりし怒りの表情で拳を肩よりも高く上げ勢いよく振り下ろした。ドガン!っと机が真ん中から折れるようにして壊れた。

「お前だけだな…A班はみんな”上司(わたし)”に指示すると、B班も、C班も……これで決まりだな。裏切り者…つまり退職(クビ)になるのは、お前だと…!」

 この時の上司は勝ったかのような顔をしていた。なにかたくらみを噛みしめるかのように愉快そうでもあったからだ。


 昼飯まで間に合わなかったが、後輩が心配そうに駆け寄ってきて声をかけた。

「すごい音がしましたけど…いったいなにが…」

「上司が、俺に投票しろって言ってきた。自分は断ったら急に怒り出し、クビを宣言された」

「クビって…先輩にですか!? いや、先輩が辞められるととても困ります。リーダーは常に寝たっきりだし、他に指示する人が…いないから…」

 自分は後輩の肩を軽く叩いた。

「自分がもし、クビになったら後を頼む」

「そんな! 先輩がクビになるんだったら、私も辞めます! あんな金と富と権力でしか見てない上司なんて嫌です! だから、私も言ってやったんです! 支持するなら上官だって!」

「…上司は、自分を除いてA班全員が上司を支持するといっていた」

「……それは、多分嘘ですね。自分に投票されないものだから、嘘偽りいってごまかしているんです。上官が来る前は実質的に上司が統括していたから、すべて奪われたから恨んでいるんですよ」

 上官が…実は<魔王>の<傀儡>だったなんて知ったらどんな顔をするのだろうか。もし、自分が<魔王>だって知られたら、どんな顔をするのだろうか。自分はどの選択肢も選べなかった。



「クソっクソっ!! なんで、誰一人とわたしを入れないんだ。なぜ、だれかも上官がいいっていうんだ。討伐隊の乱れはすべて上官が乱しているというのに……こうなったら、奥の手だ」

 よからぬ顔をしている。上司はひそかに自分だけの組織を結成していた。それも上官にバレている前提でだ。上司は上官が実は<傀儡>ということはかすかに気づいている節もあった。度重なる<傀儡>の襲撃、奇襲。その度に無傷で生還している。しかも、実際に戦う機会もあったが、どういうわけか<傀儡>たちは手を挙げ降伏し、時には自ら自害したこともあった。<人間>相手ではまるで赤子のように手なずけてしまう。

「奴の正体を知ることが第一の目的」

 上司のまゆが寄る。上官の正体を掴めば、討伐隊を自分のものにできると。そこで<傀儡>を用意し、それを襲わせることにする。<傀儡Lv.19>。道端で壊れそうなところを技術者によって復元させた。蘇った際に技術者と数人の討伐士が殺されてしまったが、連れてくることには成功した。

 今から長い夜が始まる。すべてはこの日のため、この日のためにと練りに練り込んだ計画が実行される。

「これで、富と権力と金も自由だ。奪われたんだから、すべて奪え返す! 見ていろよ、俺が真の統括者だということを思い知らせてやる!!」

 悪だくみをしている上司の裏で<傀儡>は不敵な笑みを浮かべた。

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