20. 忘れられない日
気がつけばもう夕方だった。
からあげ串を食べてから、他にもいくつか出店でご飯を食べて、
「はー、楽しかった……そろそろ駅に戻んないとね」
両手を組んで大きく頭の上で伸ばしながら
「そうだね。でも、ごめん」
「え? 何が?」
「だってほら、今日って甲斐さんと
目的を忘れるくらい楽しかったことも、甲斐なら大丈夫だと思っていることもどちらも事実だ。それをわざわざ伝えるのは俺らしくなかったが、なんとなく伝えなくちゃいけないと思った。
「そっか、よかった〜」
甲斐が組んでいた両手を解いてパタンと体側にぶつけると、安心したようにくしゃっと笑った。
「うん、だから自信持って」
「ううん、違うの。そうじゃなくって」
「ん?」
「今日はね、本当は
甲斐は
「そんなの、気にしなくてよかったのに……でも、まあ、ありがと」
俺はそんな甲斐から顔を
「それより、またお
「……うん! そうだね!」
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甲斐が土産屋に入って最初に向かったのはお菓子売り場ではなく、キーホルダー売り場だった。
「そのキーホルダー気に入ったの?」
「まあ気に入ったというか、ちょっと可愛いなって」
「いいんじゃない」
「ただ、値段も考えるとどうしようかなって。お菓子も買わなきゃだから」
「お菓子は確定なのな」
「んー、やっぱりやめとく。
高校生がこんな遠出して財布にダメージがないはずがない。俺だって今日の出費は結構でかい。しばらくは節約生活になりそうだ。だけど俺が俺を守れるようにわざわざこんな遠い場所を選んでくれた。
それに今日という一日そのものが俺へのお礼なら、からあげ串をわざわざ
「だったらこれは俺が買うよ」
「えっ? 赤嶺くんもそのキーホルダー気に入ってたの?」
「なんでそうなるんだよ。これは俺からの感謝の
「それは悪いって」
制止する甲斐を無視して俺はキーホルダーをレジに持っていき、買ってしまう。
「俺が買いたいから買っただけだから気にしないで。それはそうと、俺はこのキーホルダー別に気に入ってるわけじゃないから甲斐がいらないなら押入れ行きだけどどうする?」
「どうするってそんな……ありがとう」
キーホルダーが入った小さな紙袋を甲斐は大事そうに受け取ってくれた。
「それじゃあそろそろ時間だし、本当に帰ろっか」
駅までの残り少ない道のりを並んで歩く。陽が暮れてきたからか人通りはまばらになっていて、ゆったりとした時間が流れる。
想像していた以上に楽しい時間だったからだろうか。あるいはここ数週間が甲斐のおかげで
俺は中学時代の辛かった経験も、高校で人と関わらずに生きると決めたことも、この時は頭の中から抜けていた。それだけじゃない外的要因を言い訳に自分で決めたルールを
そんな愚かな自分への警告だったのかもしれない。
俺は駅の入り口で見覚えのある後ろ姿たちを見つけた。
人が集まる駅の中でも頭ひとつ抜けた高身長に坊主頭。それを囲むように周りにいる奴らもみんな見たことのある容姿だった。
あいつらは中学時代のチームメイトだ。
このまま駅の
俺は思わず駅から逃げるように
「えっ? ちょっと、赤嶺くん!?」
減ったとはいえ少なくない観光客の間を
とにかく今はあいつらから逃げたかった。
「ちょっと待ってよ! ねえ!」
甲斐の声が聞こえる。追いかけてきてくれているのだろう。その呼び声は一定の距離からずっと届いてくる。申し訳なさはあるが止まることはできない。
ひたすらに今日歩いた道を奥へ奥へと駆け抜けて、やがて左右に並んでいた店がなくなって何もない
全力疾走を続けたせいで息が苦しいが、あいつらから逃げられた安心感で胸が
「はあ、はあ。赤嶺くん、どうしたの?」
驚くべきことに甲斐は俺のすぐ後を何もなかったように追いついてきていた。なんなら俺よりも余裕がありそうだ。
さすが元運動部のエース。なんて軽口を叩くこともできなくて、俺はそばにあるちょうどいい石の上に腰を下ろした。
「……ごめん」
「突然どうしたの? 何かあった?」
適当なことを言って
「会いたくないやつを駅で見かけて……逃げた」
「……そっか」
甲斐は
遠くでは乗るはずだった電車が出発したのが見えた。
「電車、行っちゃったね」
「……ごめん」
「あっ、違くて、そういうことじゃなくて……その、多分次の電車までまた結構時間があるし、駅で待ってたらまたその人たちに会っちゃうかもしれないから、もう少しだけここにいよう」
俺は返事ができなかった。立ち上がらないことでそれを
「待ってる間さ……さっきの人たちのこと、よかったら聞かせてくれないかな。全然、言いたくなかったら言わなくていいんだけど、私も赤嶺くんに昔のこと聞いてもらって気が楽になったから……話してみるのも意外と良いかもっていうか……」
甲斐は俺の反応を
ここまで迷惑をかけておいて何も話さないっていうのは甲斐に悪い。彼女には知る権利があるはずだ。
ただ、この話をするのは苦しい。こんな話、椎菜先輩にしかしたことがない。
それでも理由が、義務があるからか、俺は話をしようと口を開いていた。
「あいつらは中学時代の野球部で一緒だったチームメイトなんだよ」
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