18. 移ろう景色の中で
約束というのは
俺の服装はクラスの女の子と並んで歩くに
髪型は?
一応アイロンをかけておいたシャツの小さな
なぜ前日までに用意しておかないのか?
それは当日になるまでは謎の自信があったからだ。もしかするとそれは現実逃避に過ぎなかったのかもしれない。今となっては後の祭りだ。
いや待て。俺は別に甲斐とデートするわけじゃないんだ。
勝手に浮かれてしまっているが、それは
こんなことを言い聞かせている時点で冷静じゃないが、こんなことでも考えないとどうにも落ち着かない。
甲斐が望むのは正しい放課後デートの作法だ。
いや違う。デートじゃない。放課後に友達と遊ぶというものを予習したいだけだ。
つまり俺は俺として楽しむんじゃなく、これまでの放課後のように甲斐の対策を手伝うのだ。甲斐だって俺と過ごす時間を望んでいるわけじゃない。あくまでこれは練習だ。
俺は都合の良い相談相手。
今日の俺は仮想
よし、落ち着いてきた。
最後にもう一度だけ鏡の前で髪型を整え、俺は家を出た。
玄関の扉を開けた
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俺の
今日むかうのは街から電車で1時間ほどの観光地。
同じ高校の人間と会うことはまず無いし、
下宿先と実家との間に位置しているから、実家から向かっても良かったが、こんなあからさまに浮き足立つ姿を妹たちに見られたら
しかし多少リスクを冒してでも実家に帰るべきだっただろう。
「お、おはよー」
こんな田舎からもっと田舎へ向かう電車なんて1時間に1本出るか出ないかなのだから、同じ時間、同じ目的地へ向かうのならば必然、乗る電車も同じになる。
しかも田舎の電車なんて多くても2両編成だ。テレビでしか見たことないような人だかりがホームにできることなんてまずない。俺と甲斐は2人ぽつんと駅のホームに立っていた。
合ってしまった視線を
ほどなくしてやってきた1両だけの真っ赤な電車に乗る。甲斐は前の扉から。俺は後ろの扉から。
俺は車内を1往復して知り合いがいないことを確認する。
「こっちこっち」
それを知ってかしらずか甲斐が小声で
「えっと」
車内の座席はほとんど埋まっていて、甲斐の向かいしか空いていない。
俺は大人しく、甲斐と向かい合うように椅子に腰を下ろした。
窓際に
「普段電車とか乗るの?」
甲斐に
「実家に帰るときはこの電車に乗ってるよ
「ひとり暮らしなんだっっけ? 家はどこなの?」
「これから行くところを通り過ぎてさらに電車で1時間くらいかな」
「めちゃくちゃ遠いんだね。なんでうちの高校に来ようと思ったの?」
この質問にはあまり答えたくない。本当のことを言うにはいろいろと説明しなきゃいけないことが多いし、それを説明するのは苦痛が伴う。
「……進学校にいこうかなと思って」
「そっかあ。じゃあ中学生の時から頭よかったんだね」
「まあ、そこそこに」
電車が小さく
他の乗客もそれぞれがそれぞれの会話を繰り広げていて、お互いの会話に対する興味が
俺は
「でも1人暮らしって大変じゃない?」
「好き放題しても親から
「すご。私はお母さんから手伝いなさいって言われてイヤイヤやってるのに……っていうか妹さんいるんだね! 今何年生なの?」
「2つ下だから中3」
「高校どこ受けるの?
「なんでそんなに盛り上がってるんだよ。妹はそんなに成績良くないから普通に地元の高校に行くんじゃないかな?」
「いやー、私ってひとりっ子だから兄妹に
甲斐は恥ずかしそうに笑った。
確かに甲斐はひとりっ子っぽいなと思ったが、なんの
それよりも驚いたことは甲斐が普通に会話できていることだ。
散々言ってきたのだからもっとコミュニケーションに
まあそのことがわかっただけでも大きな
それを指摘すると甲斐が意識して逆にぎこちなくなりそうだから、俺は今日1日は黙っておくことにした。
「そんなことより、古庄とは最近どんな感じなん?」
「多分、仲良くできてると思うよ」
「
「そういうのは全然なくて、
「ああ、そういうことか」
だからどうするという手立てを俺も甲斐も持っていない。だから不安はずっと消えない。
うまく付き合っていくのか、その時の楽しさで上書きして忘れた気になるのか。
いずれにしたってまだ日が浅すぎる。
「とりあえず、まだ1週間なんだし焦る必要はないでしょ。そんな短期間でバッチリ信頼関係築ける人間なんていないし、そう思ってる奴は多分勘違いだから。それがわかってるんだから甲斐なら大丈夫だよ」
誰にも聞かれないという安心感からか、いつもより
「うん。ありがとう。やっぱり赤嶺くんは優しいね」
そんなことはない。といつもなら否定するところだがこういうところだけ今日は口が重い。
そのまま無言の時間がしばし流れ、景色はいつの間にか一面田んぼに変わっていた。
駅と駅の間隔は離れているし、乗り降りする人も少ない。のんびりとした時間が流れる。
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「……くん。赤嶺くん。起きて。そろそろ着くよ」
誰かが肩を揺する感覚がする。
柔らかくて温かい手が、電車とは違う心地の良い振動をくれて
「……ん、んああ」
それが甲斐の手だと気がついたのは隠し切れないほど大きな
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