11. 友達の定義
かける言葉を持ち合わせていなかった。
中学生同士の未熟なすれ違いといえばそれまでかもしれないが、甲斐の直面した状況はある種、俺が先ほどまで
友達と仲良しこよしで部活を楽しむのか、
甲斐はその2択を間違えたに過ぎない。
後からみんなに合わせて
そもそも2択を間違えたのは甲斐が認識していた友人の姿と、友人の本音にすれ違いがあったからで、だとすれば彼女の「人の気持ちがわからない」という自己評価は
完璧に思われた彼女にそんな過去があったことも、彼女が人間関係に傷ついて思い悩んでいたことも、今のいままで全く知らなかった。
別世界の人間、あるいは人ならざる何者か。そんな風に見えていた彼女が今は同じ様な温度を持った人間に思えた。
俺は勝手に自分の過去と彼女の過去を重ねる。甲斐
何に納得できないのかもわからないくせに。
無言の時間がしばらく流れ、甲斐の表情は
ただ、伝えたかったのは俺が甲斐の敵ではないということだ。
「その……中学時代のことはなんというか……難しい話だけどさ、甲斐さんが悪いってわけじゃないと思うし……だから……」
「うん、ありがとう」
甲斐の返事は
「どっちも正しいことって絶対あるし、それが食い違うのも仕方ないよ」
「だよね。だけど違うってことを私はわかっていたかったんだ」
わかる。甲斐の言いたいことはすごく理解できる。だけどそんな理想はきっと叶えられない。
俺は目の前の女の子がどんな言葉で救われるか全くわからなかった。
「俺は友達がいないから想像になるけど、やっぱり全部わかりあうってすごく難しいと思う。それが友達にこれからなろうとしている人間なら
「それもね、わかってるつもりなの。だけどやっぱり怖くて……私が友達になってわかった気になっても、相手は違うんじゃないかって」
友人から拒絶された経験を考えれば、甲斐がこれだけ
「甲斐さんは友達が欲しいんだよね?」
「……うん」
だったら他人の気持ちが理解できることは必ずしも必要じゃないはずだ。
「友達ってどういう関係のことを言うんだろうね?」
「それは……」
甲斐には
彼女が中学時代の仲間達となりたかった関係。理想の姿。そういうものを
「私はお互い一緒にいたい関係だと思う。話してると楽しくて、趣味が合って、だからいつも一緒にいたくなる。そういう人が友達なのかなって」
それを望んで、彼女は裏切られた。
「甲斐さんの思う友達はすごく素敵だと思う。けど、友達みんなとそんな関係になるのは無理じゃないかな? クラスで友達って呼べるけどそこまで深い関係じゃない人っていなかった?」
「あっ……」
「そういう人たちとの関係って、
「友達の定義……か。
「俺は
「利害って、それはちょっと悲しくないかな?」
「でも考えてみてよ。甲斐が言う一緒にいたいってのも、お互いが楽しく過ごすっていう利益が得られる関係だろ? それにクラスのそんなに親しくない友達の存在だってこれなら説明がつく。クラスで浮いた存在にならない様にするためとか、もっとシンプルに体育でペアになった時に気まずくならないためとか、そういう小さい理由だってクラスメイトと仲良くする理由になる。それって全部利害の一致じゃない?」
甲斐は納得いかなさそうな顔をしていたが、うまい反論が思い付かないようだった。
「もちろん、利害って言葉が
甲斐はやっぱり何か言いたそうで、でも言葉が出てこない様だった。
「俺と話すときは変なこと言ったらどうしようとか考えなくてもいいよ。むしろそういうところを見せてくれた方が改善案も浮かぶかもしれないし」
そもそも俺のことを知らない人間の言葉に傷つくことはないし、何とも思わない。
「だったら言わせてもらうけど、私はやっぱりなんか嫌だな。そういうの」
甲斐は俺の反応に
こう言われることは想像できたからやはり何とも思わない。
「あくまで俺の考えだから納得できないならそれでいいと思ってるよ。でも甲斐さんの考え方だと0か100かみたいになっちゃって
「友達作りに必要なことを1つずつ……」
甲斐がおまじないを
ちょうどそこで完全下校を
「わ、もうこんな時間だったんだ。赤嶺くん、色々話聞いてくれてありがとう。それで今後のことなんだけど……」
「わかってるよ。まだ協力する。甲斐さんに友達ができたら、そのあとはその友達に任せるよ」
甲斐はそれはそれは嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「ありがとう。また図書室?」
俺たちは片付けをしながらこれからについて話した。
「いや、早い方がいいでしょ? 明日の放課後、6時過ぎに文芸部の部室に来てもらえる?」
「部室って勝手に行っちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫。俺以外誰もいないから」
「わかった」
俺は鞄を肩にかけて立ち上がる。
甲斐もすぐ後に続く。
図書室に2人分の足音が響いた。
「ねえ、赤嶺くん」
図書館の扉に手をかけた俺に甲斐が問いかける。
「さっき赤嶺くんが話した友達の定義。利害の一致っていうのが正しいなら今の私たちって友達と呼べるのかな?」
それは試す様にもすがる様にも聞こえた。
俺と甲斐は友達ではない。
甲斐に頼まれて俺は協力しているだけ。
ただそれだけの関係でしかない。
それこそ甲斐が言ったように一方的だ。
だけどほんの少しだけ、甲斐の様な完璧に見える人間でもこんなことで悩むのだということに俺は救われた気がした。俺が彼女から一握りでも何かを得てしまっているなら、それはもはや利害関係とは呼べるのかもしれない。
だとすれば……
俺は自分たちの関係に名前をつけられないまま、考えるのをやめた。
そして拭いきれない違和感を吹き飛ばそうと甲斐に向かって首を横に振った。
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