第11話 シャルロットとニコラの出会い 2

 ニコラは部屋を飛び出て会場に戻った。

 そして娘を探している様子のモーリア侯爵にシャルロットの様子を耳打ちした。血相を変えてニコラを案内させるとジェラルドはシャルロットを抱き上げ、自分の膝に乗せると上半身を抱きしめて背中をゆっくりとさすった。

「医者をすぐに呼んできます!」

「いえ、必要ありません。娘が面倒をおかけして申し訳ありませんでした。もう大丈夫ですので会場にお戻りください。」

「しかし・・・」

「心配はありませんので。」

 問答しているうちにシャルロットが身じろぎをした。


 ルコント公爵令息に強く出て行けとは言えず、仕方がなさそうにジェラルドはニコラに声を出さないよう身振りでお願いをした。

「お父様・・・」

「すまなかった、お前を一人にしたために辛い目に合わせてしまったな。」

「・・・お父様」

 ジェラルドの胸に顔を寄せ、シャルロットは涙を流して震える声で言った。

「ニコラ様と・・・おっしゃる方を助けてください」

「見えたのか?」

「おそらく・・・吹雪で遭難されて・・・凍死だと思います」


 それを聞いてニコラは目をむいた。しかし何とか声は出さずに済んだ。

「わかった。大丈夫だ、ちゃんと知らせるよ」

「駄目なの!」

 いつもと違う反応にジェラルドは驚いた。

「ニコラ様は先ほど私を助けてくださったの。ですから!いつものような手紙では嫌です。確実にニコラ様を助けてほしいの!」

「でもそうなるとお前のことを話さなければいけなくなるよ」

「・・・かまいません。私、うれしかったの。きちんとした挨拶も会話もできずつまはじきにされている私を助けてくれたんです。ですからニコラ様を死なせたくない。」

「・・・わかった。ではルコント公爵令息、少しお時間をいただいてよろしいでしょうか。」


 シャルロットははじいたようにこちらを向いた。

「あ‥お父様?!」

「お前のことを心配してくださったのだ。」

「私・・・勝手にお名前をお呼びしてしまって申し訳ございません!」

 ニコラは凍死するといわれたことに驚き、名前のことなど気が付きもしなかった。

「どういう事でしょうか。」

「娘は人の死がわかるのです。」

「え?」

「その人を見ると死ぬ間近の様子が見え、それを我が事のように体験してしまう。それであのようになるのです。」

「では・・・先ほど彼女が寒いと言っていたのは」

「はい、貴方がそういう目に合うということです。」

「僕が死ぬと・・いうのですか?」

「大変失礼なことを申し上げていることは承知しております。いつもなら申し上げることはないのです。娘の正気を疑われるだけですから。しかし今回は・・・娘の願いですから。」

 シャルロットは一瞬振り返ったものの、再びジェラルドの胸に顔をうずめてこちらを見ないようにしている。見えてしまうという事か。いつも俯いているのはそういうわけか。しかし信じられない。


「近々、そういうところに行くご予定はございますか?」

「いや・・・ない。父について視察で北の地方に行く予定はあるがもう暖かくなってきているし吹雪など起こる心配はないはずだ。」

「さようでございますか。では大丈夫でしょう。」

 それで引き下がろうとする侯爵にシャルロットは

「お父様!」

 悲鳴のように叫んだ。侯爵はシャルロットの背中をポンポンと叩いた。


「できましたら日程を変えるか、冬用の装備をしていくと安心でございます。信じてもらえるとは思えませんが、万が一に備えることは悪いことではございますまい」

「・・・。検討してみましょう。」

 真偽はともかく、シャルロットが哀れでそう言った。

 ジェラルドはニコラに礼を述べると、落ち着いたシャルロットをそのまま抱き上げて帰っていった。


 結果、季節外れの猛吹雪がニコラの視察予定であった地域を襲った。

 山間部の産業についての視察だったので山中に入る予定だったのだ。ニコラは殿下の予定が入った事にして、視察の日程を変更してもらっていた。

 そしてどうなるのか楽しみにしつつ、半分以上は何も起こらないだろうと期待はしていなかった。

 しかしその日程変更が、父と自分、そして随行予定だった使用人や領民たちの命をも救うことになったのだ。


 直ちにモーリア家へと駆けつけ、事の次第を興奮気味に伝えた。ジェラルドは落ち着いた様子で頷き

「ご無事で何よりです、ご令息がこうして元気にいらっしゃることが娘を救うことにもなりますから。私たちの言葉に耳を傾けてくださってありがとうございます」

「お礼を言うのはこちらです。どれだけの命が救われたのかわかりません。ただ・・・父には伝えておりません、あまり口外しない方がよいと思ったので。ですからお礼が十分にはできなくて申し訳ありません。」

「そんなものは必要ありません。シャルロットの言葉を信用してくれた、それで助かった命がある。このことが何よりもの褒美なのですよ。シャルロットはこんな自身を苦しめるような力を望んでいませんし、亡くなる人を想っては泣いております。自分の力で助かる人がいる、それがどれだけ彼女の心を救っていることか。」


 ニコラは命を助けられ、素晴らしい力だとただ感心していた。しかしそんな美談ではないのだ。

 侯爵令嬢としての生活を犠牲にし、他人の死に心を痛め、おまけにその苦痛をその身に受けるとはどんな辛いことか。

「僕にできることがあれば何でもおっしゃってください。」


 このことがあってから、ニコラもシャルロットを見守るナイトの一人になったのだ。

 婚約者になってほしいと打診もしたが、人に会えないシャルロットでは公爵夫人は務まらない。モーリア侯爵にそう説得され、あきらめるしかなかった。


その恋心が昇華され、今では友人として、心の騎士としてシャルロットを支えている。


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