第6話 王子の暗殺 1

「お父様、何かお話があるのではないですか?」

「いや。なんでもない」

「お話しくださいませ。私、大丈夫ですから。」

「・・・この間の夜会に第二王子がいらっしゃらなかっただろう?」

「はい。」

「最近第二王子の周りがきな臭いのだ。シャルロットにはエリック殿下を見てほしかったのだがな。不在であったから仕方なく思っていたのだが・・・どうやらその不参加も突然体調を崩されたようでな。もしや・・・と思っている。お前には負担をかけるがエリック殿下を見てほしい。本当にすまない。」

(お父様は第二王子のエリック殿下に毒が盛られたと考えているのね。身に危険が迫っていると・・・だから私に。)


 しかし、命の危険のある人物を見るということは、シャルロットが死を疑似体験する可能性も非常に高いという事だ。そのためジェラルドはシャルロットに言い出しにくかったのだろう。


 最近後継者争いが表立ってきたという。

 この国には3人の王子と一人の王女がいる。3人の王子はすべて母親が異なる。第二王子エリックの母親が正妃で、第一、第三王子はそれぞれ別の側室の子供である。王女は第三王子と母が同じである。


 正妃の子であるエリックを王太子にと担ぐ、古くから王家に仕える貴族達。第一王子のヘンリーを王太子にと担ぐ、若くして爵位を継いだものや革新的な考えを持った貴族達。それぞれの思惑が絡み合っていまだ王太子が定められていない。第三王子は今のところ中立でどちらにも与していない。


「明日、私の公務の付き添いで殿下の執務室に同行してもらおうと思う。ニコラ殿が側近なので安心していい。」

「はい。よろしくお願いします」

 ニコラ様とお会いできると思うと、ともすれば気が沈みそうになる任務ながらも楽しみだった。


 翌日、ジェラルドの書類を持ち、補佐として同行することになった。

 ドアを近衛兵が開け、入室し挨拶をして顔を上げた。


 エリック殿下の顔がどんな顔なのかはっきり見る前に、見えてしまった。

 そして自分の胸に突き刺さる痛み。ぐっと呻くが王子の前で倒れるわけにはいかない。異変にすぐに気が付いたジェラルドは書類をシャルロットの手から奪い取ると倒れないように腰を支えた。

 そこにニコラが素早く歩み寄り、

「ああ、お手数をおかけしましたね。シャルロット嬢、こちらへ」

と、ニコラも抱えるように執務室の隣の控えの間にシャルロットを連れ込んだ。

 その途端に、胸を押さえ崩れ落ちた。ほとんど気を失った状態にニコラは抱き上げてソファーに横たえた。


 ニコラは以前聞いたことがあった。

 あまり苦しまずに気を失う時はおそらく苦しむ間もなく死んでいるのだろうと。ということは、エリックが即死するような目に合うということだ。

 シャルロットには辛い目に合わせてしまい申し訳ないと思うが、こうして来てくれなければ王子を失っていたかもしれない。


 血の気がなくなり、冷たくなってしまった手を握りしめていると、目を開けた。

「シャルロット様!だいじょうぶですか!?」

「・・・・ええ。」

 両手で胸を押さえながら、涙を流す。

「まだ・・・痛みますか?」

 横に首を振るが、恐怖が残っているのだろう、全身が小刻みに震えている。

「失礼させていただいてもよろしいですか?」

 首肯するシャルロットの体を起こして座らせると、その体をそっと抱きしめて背中をさすった。



 恐ろしかった、顔を上げたとたん王子の姿にダブって、胸に矢が刺さり馬から落ちた王子の姿がみえた。そして自分の胸に激痛が走り、全身が打たれたような痛みに襲われ呼吸もままならなくなった。おそらく矢に毒も仕込まれていたに違いない。先ほどの痛みと呼吸のできない恐怖が消えず、涙が止まらない。呼吸も乱れたままでうまく吸えない。


 ニコラが抱きしめて背中をさすってくれる。その温かさが、シャルロットの精神が恐怖のあまり闇に落ちていこうとするのを引き留めてくれる。

 初めて、ジェラルドの前でこうなった6歳の時、ジェラルドは全身を包むように抱きしめてくれた。大きな体でまるでシャルロットをすべてから守ろうとしてくれてるようだった。

 それまで、どんなに苦しんで泣いていても、ウソ泣きだとか気を引こうとしているだとか誰も心配すらしてくれなかった。そのジェラルドの温かさは、それ以来、シャルロットの唯一のお守りになり、この現象に陥った時抱きしめて背中をさすってもらうことが欠かせなくなった。


「・・・ニコラ様、ご迷惑をおかけしてしまって…」

「とんでもありませんよ、シャルロット様こそお役目お疲れさまでした。辛いことをさせてしまいました。」

「いいえ。・・・お役に立ててよかった。」

シャルロットは何とか笑顔を浮かべた。

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