第2話 二ヶ月前
今から2か月前のあの日、どうしても参加しなくてはいけない夜会に姉と二人で参加した。
急遽参加できなかった父に絶対姉から離れるなと厳命されていたが、ひそひそ嘲笑されながら集まる視線に苛立ち、つい離れてしまった。
友人と話し、ふと気が付くと姉の姿がなかった。面倒をかけられたことにイライラしながら姉の姿を探した。
そこにどこかのご令嬢が声をかけてきた。
「お姉さまはお楽しみのようですわ、わたくしたちもあちらでゆっくりお話ししません事?」
「どういうことですか?」
「先ほど殿方にしだれかかって一緒に広間をお出になられましたわ。まさかお噂が本当だったなんて、ねえ。奔放なお姉さまを持つと大変ですわね。シリル様のご心痛お察しいたしますわ。ですからわたくしと・・・」
シリルが姉を嫌っているというのも社交界では知られている。シリルにおもねるようにその令嬢はシャルロットを揶揄するような言葉をかけた。
シリルは腕を振り払った。
シリルは侯爵家の嫡男で、父親に似て非常に整った容姿をしている。侯爵家の後継ぎとしての能力は若いながらもすでに高く評価されている。16歳で婚約者がおらず、その婚約者に選ばれたいとご令嬢たちに狙われている。
こうして隙あらば、縁を結ぼうとしてくる馴れ馴れしさにいら立ちが募る。
「失礼。」
それだけ言い残して、姉を探した。男と二人で姿を消したなら休憩の為に用意されている部屋に違いないと辺りをつけた。目撃者や使用人に聞き、ある部屋に飛び込んだ。
複雑に編み込んで仕上げたドレスに手間取っているのか、ソファーのシャルロットに覆いかぶさりながらドレスを脱がそうとする男にかっとして、反射的に殴り飛ばしてしまった。
男にも、ついてきた姉にも腹が立った。
しかし、姉はほとんど正気を失っていた。
「おい、おまえ!!何をした?!」
殴り飛ばされてうずくまる男の胸ぐらをつかみ上げた。
男は悲鳴を上げて両手で自分をかばおうとする。
「な、なんだお前。邪魔するな、噂の尻軽誘っただけじゃないか。」
「貴様、殺されたいか!」
「苦しっ・・・び、媚薬だ!媚薬飲ませた!」
シリルは目を見開くと、もう一度男を殴り飛ばした。
そして姉をこのままにはしておけないと自分の上着をかぶせると部屋から連れ出した。抱き上げたときに切なげに小さい声を上げるシャルロットに舌打ちをする。
馬車に揺られながらシャルロットを抱きしめていると、シャルロットが身をよじるように動き、何かを我慢するように眉間にしわを寄せながら半開きの唇から熱い吐息を漏らす。
「この姿のまま連れ帰るわけにはいかないじゃないか」
自分にそう言い聞かせ、御者に貴族が利用する高級宿に向かうよう命じた。
そしてシャルロットの調子が悪く、家まで馬車に乗るのは困難なため宿で介抱する旨を侯爵に伝言するよう頼み、明日の朝迎えに来るよう言いつけた。
ベッドの上に寝かせた姉を見る。
シルバーに輝く絹のような髪が白い肌に汗でへばりついている。媚薬の影響でじっとしてられずベッドの上で身もだえている姿にシリルの喉がゴクリとなる。
震える手で髪を直してあげようとその顔に触れる。
それに反応するかのようにシャルロットは艶っぽい声を上げる。
「・・・」
潤んだ目でこちらを見ながら涙を落とす。
「助けて・・・」
シリルの手を掴んだシャルロットの手が焼けるように熱く感じる。
心臓がバクバクと激しく鼓動し、耳元でもうるさいほど血管が脈動している。義姉に抱いてた複雑な思いが拗れに拗れていたところにこの状況。
思わず吸い寄せられるように、その口元に自分の唇を近づけた。が、はっとして身を引くと口元を押さえて部屋を出た。
閉めたドアにもたれて、どきどきと暴れる心臓をなだめ、深呼吸を何度も繰り返した。
このまま帰ろう。シリルはそう思った。明日早く迎えに来ればいい。
数歩、歩き出したが・・・すぐに不安に襲われた。
具合が悪いと知って屋敷から誰かが迎えに来たら?宿の者が様子を見に来たら?その者がシャルロットの姿によこしまな気持ちを抱いてしまったら?
シリルは頭をがしがしとかき回した。
「くそっ」
と、らしくなく口汚い言葉を発すると踵を返して再びドアを開けた。
側に付き添い、苦しそうに身を捩り、助けを求めてこちらを見るシャルロットに精神力も限界に達した。
「どうせ・・・どうせいろんな男としてるんだろ・・・今更、貞節も何もないだろっ!」
これは人助けだといいきかせ、シリルの理性はあっさりと本能に負けた。
そして事がすみ、シーツにシャルロットが乙女だった印を見つけてしまったときの衝撃。崩れ落ちてしまうほどショックだった。
シャルロットは噂のような人間ではなかった。
父とも誰ともやましい関係ではなかった、自分の知ってたつつましく優しい女性のままだった。なのに自分は無責任な噂を鵜呑みにしてシャルロットにつらく当たりまくっていた。
挙句の果てにきちんとした同意なく、純潔まで奪ってしまった。どれだけ後悔しても取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
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