44. 化け物の皮

 みんなで障壁魔法の魔法陣を描いていくこと十五分。

 予定していた分を描き切って、防御陣地の上に見えない壁を作り終えた私は、魔法の起動を阻害する儀式魔法の魔法陣に取り掛かっていた。


 本当ならもっと外側まで広げたいのだけど、援軍からの支援を狙っていて、陣地の少し外側までしか許可をもらえなかった。


「ルシアナ、これで良いかな?」

「ええ、大丈夫ですわ」


 レオン様の手も借りて、必要な分の魔法陣を描いていく。

 ちなみに、儀式魔法は本来なら誰かしらが魔力を注ぎ続ける必要があるけれど、魔法陣の中心に魔石を置いて魔道具と同じ状態にすると離れていても効果を出し続けてくれる。


 だから、時間の許すだけ魔法陣を増やしているのだけど……。


「前方に敵影あり! 真っ直ぐこちらに向かっています!」


 拡声の魔法を通して声が聞こえてきたから、私達は魔法陣を描くのを止めて、作戦通りの陣地に向かった。




「防御魔法は大丈夫か?」

「ええ。レオン様も大丈夫ですか?」

「もちろんだ」


 もう魔法の起動を阻害する儀式魔法は効果があるから、事前に必要な魔法は使ってある。

 それは騎士さん達も同じで、防御魔法の魔力の流れがいくつも感じ取れる。


 でも、それ以上に。

 前の方から迫ってくる見たことのない魔力の流れを感じているから、身構えてしまう。

 まだ距離はあるけれど、このままだと三分ほどで会敵することになりそうだ。


「敵は一人だけだ。だが油断はするな!」

「はい!」


 お父様がそう声をかけると、騎士さん達が揃って返事をする。

 少し緊張した空気になっているけれど、焦りは誰も浮かべていない。


 そんな状況だから、私も少しだけ緊張を解いた。

 でも、油断は絶対に出来ない。


 戦闘の時、後衛は狙われやすいから……。




「来るぞ!」


 隣のレオン様がそう口にした直後、ドーンという大きな音が響いて、前の方で土煙が上がる。

 どうやら地面を殴りつけたらしい。


「裏切者は全員死ねェ!」


 そんな声が聞こえてきたと思ったら、もう一回大きな音が響いた。

 土煙の中、数人の騎士さんが宙を舞っている。


 私のいる場所でも地面が揺れて、空気がピリピリと震えるほどの威力。

 聖女様からの防御魔法の支援があるというのに、私達の真横に落ちた人の腕があり得ない方向に曲がっていて、身体中から血が滲んでいた。


 地面にだって、穴が開いてしまっている。




 こんなの、人が出せる力を超えているわ……。

 身体強化の魔法を使っても、こんな力は出せない。


 でも、魔力の流れを見る限りでは、三十秒に一回くらいの頻度で何かの魔法を使っているみたい。

 上手く阻害魔法の範囲内に引き寄せられれば良いのだけど、その分私の身が危険になってしまう。



 相手は素手だけれど、衝撃だけでも大怪我をしそうな威力があるもの。

 近付けたくはないわ。


「撃て!」


 合図に合わせて詠唱が始まり、一斉に火の攻撃魔法が放たれる。

 けれども、効いている様子は無かった。


 私も上級魔法で攻撃をしているけれど、手応えは感じられない。


「倒せそうか?」

「防御魔法が強力すぎるので、摩道具だけでは無理そうですわ。詠唱の時間があればもっと強い魔法を使えるのですけど……」


 そこまで言って、他の方法を思い付いた。


 どう見ても、敵は攻撃魔法に合わせて、一番効果が高くなる防御魔法を凄まじい速さで使っている。

 だから、同時に二つ以上の魔法で攻撃したら、片方は通る気がする。


 味方の魔法を相殺しないように、詠唱のタイミングで三つの上級魔法を放つ私。

 当然のように、一つは防御魔法で防がれてしまう。


 けれども光の魔法が身体を貫いて、火の魔法が容赦なく吹き飛ばしていた。

 でも、まだ足りないように見える。


 もう一度、属性を変えて攻撃魔法を浴びせる。

 今度も一つは防がれてしまったけれど、風の魔法と氷の魔法は効果を見せていた。


「効いているようだな」

「そうみたいです」


 風魔法で破れた服の下には、さっきの光魔法が貫いていった傷が見える。

 このまま攻撃を続ければ、勝てるかもしれない。


 そう思ったのが良くなかったのかしら……。


「傷が治ってるだと……」

「そんな……」


 ついさっきまで血を流していた傷は綺麗に無くなっていた。


「治癒魔法は使えないはずだ。どうなっている……」

「分かりませんけど、魔力は余裕があるので攻撃を続けますわ」

「頼む。俺は回復している原因を探る」


 そんなことを話しながら、攻撃魔法を放ち続ける。


 そんな時、敵の国王が何かを飲み込むのが見えた。


「グアアアア」

「なんだ……?」

「嫌な予感がしますわ」


 様子を見るために、視界を遮らない魔法で攻撃を続ける。


 そのお陰で、国王の身体が倍以上に大きくなって、肌が黒い鱗で覆われるところが見えた。


「何よこれ……」

「まさか……王家には代々、魔薬が伝わっているという噂があったのだが、事実だったか」


 そんな呟きをする私達の目の前には、魔物によく似ている化け物がいた。

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