37. 聖女の人気
あれから少しして、私達の来訪を知ったお父様がこの部屋に来ていた。
「念のために確認するが、聖女様の存在は他言していないな?」
「ええ、もちろんですわ」
お父様からの問いかけに頷く私。
聖女様が来ていることを他言してはいけないということは、状況を考えれば分かること。
本来なら警護対象になるのだから、通信の魔道具を通して連絡があってもおかしくない。
それをしなかったのは、情報を隠しておきたかったからに違いない。
でも……連絡無しにここに来た私達が簡単に聖女様に会えてしまったことは不思議なのよね……。
「魔力を探る魔法で居場所は分かりますのに、どうして聖女様の所在を明かさないのですか?」
「民がここに群がらないようにするためだ。
だから、秘密を守れる使用人や騎士達にも教えているが、出入りの商人には教えていない。
通信の魔道具で教えることも考えたが、ルシアナがずっと商会に居ると思って避けていたのだ」
疑問を解決しようと思って問いかけると、お父様はそんな風に説明してくれた。
確かに私は商会に入り浸っていたし、周りには聖女様に会いたいと発言していた人もいる。
秘密を広めたりする人達では無いけれど、万が一にも取引先の商人に聞かれていたら……。
王国と違って権力を振りかざしていないアスクライ公国なら、この周りに聖女様を一目見ようという人達が集まってもおかしくない。
私の行動を完全に読まれていたことは悔しかったけれど、流石はお父様だと思った。
「そういうことでしたのね」
「納得してくれたかな?」
「ええ」
頷いて、錬金術のための魔法陣を描く作業に戻る私。
お父様は、レオン様と防衛について話し合いを始めていた。
そんな時。
「描き終わりましたわ。上級の治癒魔法になってしまうけれど、瀕死になっても必ず治せるものよ」
聖女様の声が聞こえてきた。
後ろを見てみると、すごく大きな魔法陣が床に描かれている。
ちなみに、魔法陣は金属を使わないと描けないから、床に描く時は水銀を使っているのだけど、絨毯の上に描くことは出来ない。
だから、聖女様は絨毯を剥がしてから描いたみたい。
でも、そんなことよりも。
「大きいですわね……」
魔法陣の大きさに驚いて、ついそんな言葉を漏らしてしまった。
見やすいように敢えて大きく描かれているみたいだけど、どんなに小さくしても直径がレオン様の背丈の倍くらいになってしまう。
だから、魔法陣を九つに分けることにした。
中級以上の魔法の魔法陣は、いくつかに分割して重ね合わせることで一つの魔法陣として機能する。
中心に細長い魔石を通してから、魔法陣を魔道鉄で繋ぎ合わせる必要があるから手間はかかってしまう。
でも、今から作る魔道具を使う場所は戦場。
簡単に怪我人の近くに運べなかったら、意味が無いのよね……。
「魔道具に出来ないですか……?」
「いえ、出来ますわ。ただ、このままでは使えないので、分けて使いますわ」
錬金術の魔法陣を描いていき、完成したら魔法を発動させて金属の板を二十七枚作り出した。
「俺に手伝えることはあるか?」
「これを一階にある工房までお願いしますわ。案内しますね」
軽々しく十八枚の板を持ち上げたレオン様よりも先に部屋を出て、工房まで歩いていく。
あの板は私一人だと持ち上げられなかったのだけど、レオン様は身体強化の魔法を使わなくても持ち上げられるらしい。
彼の腕はそれほど太くはないのだけど、本当にどこからあんな力が出てくるのかしら……?
それほど太くないとは言っても、騎士団の中でのお話で、私と比べたら一目で分かるくらいの差がある。
私にももう少し力があれば、出来ることが増えるのに……。
そんなことを考えながら歩くこと十数秒。
工房の前に着いた私は、鍵穴に魔力を通してから鍵を開けた。
この鍵穴は魔道具になっていて、私が魔力を通すと開けられる。普通の鍵でも開けられるけれど、鍵を持ち歩く手間が無くせるから見た目の地味さに反してかなり便利なもの。
中を見てみると、この一週間ほどで少し埃が溜まっていたけれど、それ以外は綺麗な状態だった。
貴重な道具はここに残っていないけれど、念の為にと馬車に載せてあったから問題にはならない。
でも、ここに運ぶ必要があるから、レオン様の手を借りながら準備を進めていく。
「これはここに置けばいいかな?」
「ええ、お願いしますわ」
「これは……ここだな」
どういうわけか、レオン様は私の思い描いている配置通りに置いてくれているのだけど……。
彼には私の頭の中が丸見えなのかしら?
もしそうなら、少し恥ずかしい。
でも、他人の考えていることを見る魔法は存在しないから、杞憂よね……。
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