34. 不穏な空気
魔力の移動。
これ自体は魔力を監視する魔法が存在しているから、見つけることは難しくない。
だから、レオン様の言葉を疑うことは出来なかった。
ちなみに王国で一番魔力を持っているのは、癒しの力を持つ聖女様。
けれども、その聖女様に迫るほどの魔力を国王陛下も持っている。
聖女様は国王陛下によって王宮に押し込められているから、今回動いた魔力は国王陛下のものと考えた方が筋が通る。
だから、私は表に出すつもりのなかった、戦うための魔道具を詰めるだけ馬車に積んで、レオン様と共にアスクライ公国──私達の家の領地に向かうことに決めた。
「準備は良いですか?」
「ああ。食料も武器も万全だ。
ルシアナは忘れ物していないか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
馬車の前で最終確認をしていると、レイニが私に声をかけてきた。
「ルシアナ様。私もご一緒したいです。
行かなかったら後悔しそうで……。無理を言っている自覚はあります。でも……」
隣にいるレティシアも何か言いたそうな様子。
二人が私にお願い事をすることは滅多にないのに、こんな時に限って何が合ったのかしら……?
でも、二人とも魔法の腕は私を凌ぐほどだから、不意打ちにさえ注意していれば頼りになる。
それに、お願いごとは断りたくないから、レオン様に視線を向けてから頷いた。
「分かったわ。レティシアも一緒に来るのかしら?」
「はい。足を引っ張らないように頑張りますから、どうか……」
「気にしなくて良いわ。ただし、無闇に敵に突っ込まないこと。
良いかしら?」
「分かりました」
レイニもレティシアも頷いたから、手を貸して先に馬車に乗ってもらう。
私は二人の後に、レオン様の手を借りながら馬車に乗った。
最後はレオン様なのだけど、彼は段差をものともしないで軽い身のこなしで飛び乗ってきた。
彼も軍人なのだから、これくらいは出来ても当たり前かもしれないけれど、私には凄いことに見えてしまう。
「出発しても宜しいですか?」
「ええ、お願いするわ」
今回の御者はアストライア家の護衛さんだから、私から指示を出している。
馬車はというと、アルカンシェル商会のものと分かる紋章は入っていない。
奇襲を防ぐために、合計二十台の馬車の中には、魔力を貯めてある魔石をいくつか乗せてある。
こうすることで魔力探知の魔法の目を眩ませることが出来るから。
「この馬車、本当に揺れないのですね」
「ふわふわしているから、眠くなってしまいます……」
レイニは外の景色を見ているけれど、レティシアは睡魔に襲われているみたい。
今回は護衛も同行しているのだけど、私達が乗っている馬車は荷物に偽装しているから護衛の手は薄めになっている。
それでも厳しい訓練を乗り越えた人たちだから、峠越えの時に何度もあった魔物の襲撃をものともせずに撃退していた。
ちなみに、ゴムレドンの素材もたくさん取れたから、荷物用の馬車の中身が増えていった。
「まだ帝国の中なのだが、もう満杯になったのか。今日は魔物が多いな」
「ええ。偶然だとは思いますけど、それにしては数が多すぎますわ……」
何か良くないことが起こる前兆ではないことを祈りながら、国境を越える準備を始める。
持ってきている護身の魔道具をレイニとレティシアに渡して身に付けてもらう。
この魔道具は常に魔力を使うから、使い所は選ぶ必要があるけれど、致死の攻撃から身を守ってくれる。
私とレオン様も念の為にと身に付け終えると、御者さんから声がかけられた。
「ルシアナ様、公国に入りました」
「分かったわ」
国境を超えてから少しすると、魔物の襲撃がピタリと止んだ。
「不穏な空気だな。良くないことが起こりそうだ」
「ええ。そういえば、さっきの魔物は何かから逃げているようでしたわ」
「よく気付いたな。そうなると、移動した魔力の持ち主が相当強いことになるな。
それとも、災厄級の魔物が出る兆候か……?」
そんなことを話す私達。
けれども、数時間後にアスクライ公国の首都アルカシエルに入るまで、何事も無くて。
ここまで攻め込まれた痕跡も全く無くて、私もレオン様も不思議に思っていた。
アルカシエルに入ってからは、馬車の床に描いた魔力探知魔法の魔法陣の光を頼りに、ここまで動いてきた大きな魔力を探した。
「この建物のようだな」
「そうみたいですね……」
馬車から降りて、元々はアルカンシェル商会の支部だった建物を見上げる私達。
それからすぐに覚悟を決めて、アスクライ公国の紋章付きの鎧を身に纏った人達が守るこの建物の中に入った。
「レオン様、ルシアナ様。何故ここに?」
入口の扉を開けて中に入ると、受付になっている場所にいる騎士さんから声をかけられた。
「強大な魔力がここに移動してきたから、心配になって様子を見に来た。
問題は無さそうだな?」
「問題だらけですよ。どうやってこの兵力で聖女様をお守りすればいいんですか!?」
私の目にも目立った問題は無いように見えたのに、騎士さん達は危機感を抱いているみたいで、他の騎士さん達が頷いていた。
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