4. 馬鹿ですか?
部屋から聞こえる話し声が途切れたところで、扉をノックして、口を開く私。
「お父様、お話がありますわ」
「入りなさい」
中からそんな答えが返ってきたから、扉を開けて中に入ってから、すぐに私が置かれている状況について説明した。
「……ということがあったので、騎士団がいつ来てもおかしくない状況ですの」
話すにつれて表情を険しくするお父様に不安を覚えながらも、説明を終える私。
「そうか。クソ王子を殴り飛ばしたいところだが……」
「早まらないでください!」
「旦那様、流石に首が飛ぶことになりますのでおやめ下さい」
拳を構えるお父様を制止する私と執事長さん。
冗談だと笑って誤魔化されたけれど、あの目は本気だったわ……。
そんなことを思った時、扉の外からこんな声が聞こえてきた。
「旦那様。
親衛隊がルシアナお嬢様を出せと要求してきていますが、如何なさいますか?」
「ルシアナ、隠し通路から逃げなさい」
侍女からの報告を聞いたお父様は私を逃がそうとしてくれている。
でも、私は首を横に振った。
「鞭で打たれるくらいなら耐えられますから、大人しく捕まりますわ。
お父様が牢に入れられる方が嫌なのです……」
騎士団から少しの間逃げる事は鞭打ちで済むけれど、罪人を匿ってしまうと一週間くらい牢に入れられることになる。
そうなってしまったら、みんなでアルバラン帝国に渡れなくなるかもしれない。
だから、申し訳ない気持ちを抑えて、大人しく玄関に向かった。
「ルシアナ・アストライア! 早く出てこい!」
玄関に向かって階段を降りていくと、何度も何度も私の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
何かを強く叩きつける音も聞こえてきた。
襲撃と思えてしまう状況だけれど、騎士団の制服の左胸の印は本物だった。
「私に何か御用でしょうか?」
「御用でしょうか、じゃないんだよ! こっちは首がかかってるんだ!
大人しく拘束されてくれ!」
表情を浮かべずに問いかけると、焦った様子でそんなことを言われた。
真実は分からないけれど、私を捕らえられなかったら処刑すると脅されているのね……。
そういう意味では、彼らも被害者なのかもしれない。
でも、だからって床を抉って良いことにはならないわ。
「床に穴の修理費は払っていただけますか?」
「ああ、払う。頼むから縛らせてくれ。
神に誓って、鞭で打ったりはしない」
「分かりましたわ」
そう返事をして、両腕を前に出す私。
本来は後ろで縛るものだけど、私を拘束したという事実が欲しいみたいで、直されることは無かった。
「感謝する」
罪人の立場のはずなのに、お礼まで言われる私。
でも、喜んではいられなかった。
馬車に乗せられて辿り着いた場所が、学院の空き部屋にいる王子殿下とリーシャ様の目の前だったから。
「殿下、罪人を連れてきました。どうか処刑だけは……」
「逃げないように出口を塞いでくれたら、処刑はやめよう」
「承知しました」
騎士団の方が部屋から出れる場所を塞ぐと、リーシャ様が嫌な笑みを浮かべてひものようなものを取り出していた。
「今までのお返しよ!」
そんな言葉と共に、弱々しく振るわれる鞭。
一応私の腰のあたりに当たってはいるのだけど、全く痛くなかった。
鞭打ちって、こんなものではないはずなのに……。
嬉しい期待外れね。
でも、この二人を満足させた方が都合がよくなると思ったから、私は痛みで涙を流している演技を始めた。
「これ以上は……やめてください……」
「わたしの痛みはこの程度では収まらないわ!」
それから何度も何度もペチペチと鞭を当てられたのだけど、やっぱり痛くなくて。
演技で流していた涙が枯れてしまった頃、異変が起こった。
「はぁ……はぁ……。ふふっ、随分と惨めな姿ね。あはは……」
そのまま床に手をついて肩で息をするリーシャ。
私は立ったままだから、必然的に彼女を見下ろす形になったのだけど……。
この状況、私がリーシャを問い詰めているようにも見えるかもしれないわね。
でも、そんな時間も長くは続かなくて。
「ルシアナを隣国に捨ててこい! 国境の山の中までで良いから、決して我が国に入れるな」
「御意」
私は再び馬車に乗せられ、隣国アルバラン帝国との国境に向かうことになった。
「こんな状況でも悲しまないとは、よほどの悪女なのだな」
私の醜態を見れなくて殿下は残念そうにしているけれど、私は国から離れられることが嬉しかったから、笑顔を耐えきれなかった。
「何を笑っている!?」
「あなたから離れられることが嬉しくて仕方ないのですわ」
馬車の扉が閉じられる直前に、私はとびっきりの笑顔を浮かべた。
「くそっ! 馬鹿にしやがって!」
ええ、馬鹿にしていますわ。どこからどう見ても、殿下は馬鹿ですから。
流石に口にはしなかったけれど、そんな風に思ってしまった。
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