第11話 ゲームではない、探索


 ――それから数時間。


「トキヤさんは」

「……なんだ?」

「ほんっとーに、変わってますよね」

「精霊の常識で外界人を判定しないでくれ」

「これでも私たち精霊はだいぶ理解がある方ですよ。他の現地人と比べたら」


 まるで線香花火を見つめるようにしゃがみ込み、刻哉をじーっと見つめている。


 フィステラの手には、小さく千切った地粘材があった。それを適当なタイミングで刻哉の口に運ぶ。

 刻哉は無表情のままくわえて、無表情のまま咀嚼そしゃくし、無表情のまま飲み込む。

 餌付けされるにしても、もう少し可愛げがあるだろう――とフィステラは呆れていた。


「そもそも、美味しいんですか? これ」

「君が創ったものだし、君が勧めてきたことだろ」

「そうなんですが。あまりにも変化に乏しい表情でモゴモゴされると、どうしても気になって」

「こんにゃくみたいで美味うまい」

「それは美味いと言えるのですか……?」

「こんにゃくが理解できてすごいな」

「そのお顔で言われると褒められた気がしません」


 そしてまた、地粘材を口に放り込むフィステラ。

 こういうやり取りを、もう数時間繰り返している。


 ――ここに残る。

 残って作業を続けたい。


 そう希望した刻哉のため、蝶の精霊少女は献身した。

 トキヤさんは、自分の身の安全よりもひたすら鍛冶に打ち込める環境を選んだ――とフィステラは理解している。それは彼女の目的とも合致していたから、約束通り、刻哉の望むようにさせている。


 すでに刻哉たちの周りには、数十本の刀、いやナイフ擬きが並べられていた。

 いびつだった刃は、試行を重ねる内、次第に武器らしいフォルムに変化している。

 特に、ここ数十分の間に打ち終わった武器は、見違えるほど立派な形になっていた。


 ちょうど新たな武器が打ち終わったところで、フィステラは刻哉の傍らに歩み寄る。

 たおやかな手で刻哉のをさすった。


「だいぶ動くようになりましたね。どうですか、感触は」

「フィステラさんの言うとおりだった。良い調子だよ」


 心なしか機嫌良く刻哉は答える。

 まだぎこちないものの、彼の右腕は作業に耐えられるほどに回復していた。


 安堵しながら刻哉の腕を撫で続けるフィステラ。そのとき、ふいに刻哉が立ち上がって場所を変えた。岩場の陰でかがみ込み、小さくえずく。


「……怪我は治っても体調が悪いのなら、きちんとそう言ってください」

「忘れてた」

「もう……」


 今度は背中をさすり、蝶の少女はため息をついた。


 やはり、いくらマナを取り込んでも外界人の身体は万能ではない。地粘材――凝縮されたマナだけを摂取することで怪我の痛みや空腹感、さらには睡魔からも解放されたが、その分、目に見えない部分に無理がきているようだった。


 フィステラは天井を見上げる。

 大穴が空いた天井からは空が見えた。すでに夜は明けている。

 この世界は、刻哉たちがいた世界とほぼ同じ時間軸、ほぼ同じ気象環境で動いている。


 一息つき、また作業に戻ろうとする刻哉をフィステラは止めた。


「トキヤさん。休んでください」

「もう一本」

「ダメです。休んでください」

「じゃあもう一口くれ。そうすれば頑張れる」

「や・す・ん・で! ください!」


 聞き分けのない子どもを叱るように、フィステラは語気を強めた。

 心なしかしゅんとした顔で、刻哉はナイフ擬きを地面に置く。その場に横になろうとした。


 そのとき、すぐ近くで物音がした。複数である。

 刻哉は緩慢な動きで、フィステラはハッとして、物音の方を見る。


 そこには数人のが立っていた。


 ゲームに出てくるようなデフォルメされた姿、顔付き。先頭の女性キャラクターは、見慣れた赤い髪をなびかせていた。

 ゆめKoと、彼女が率いるパーティである。


 刻哉はつぶやいた。


「すごいな。本当にデスワープしたんだ。完全に昨日の姿に戻っている」

「トキヤさん、暢気なことを言っている場合じゃないです」


 フィステラが刻哉の前に立つ。彼女のまとうマナの蝶が赤く染まっている。動きも細かく、警戒、緊張している様子が伝わってきた。

 フィステラの警戒心をゆめKoたちは理解しているのか、いないのか。やや微笑んだままの可愛らしく不変な表情で、ゆめKoは刻哉たちを見つめている。


「この方は怪我人です。手を出さないでください」


 フィステラが言った。相手に意志がないと説明したのは他ならぬフィステラである。蝶の精霊は、それでも言わずにはいられなかった。

 果たして、ゆめKoたちは――。


「あ……」


 刻哉たちの見ている前で、アダマントドラゴンの亡骸に近づいていく。ゆめKoだけはその場から動かない。


 チーターパーティーは、各々の武器でドラゴンの部位を剥ぎ取り始めた。返り血を浴びようとお構いなしだ。返り血は、まるで硝子コップの表面を伝うように、つるりと彼らの体表面を滑り落ちていく。跡も残らない。

 淡々と、雑な手つきで回収されていく素材。鱗、爪、牙、指、肉――取り出したそれらを、チーターたちはポイポイとポシェットに


 刻哉は思った。なるほど、アイテムボックスへの収納は、実際にはああやって行われているんだ。

 便利だ。

 そして卑怯だ。


「トキヤさん、ダメです」


 立ち上がりかけた刻哉をフィステラが制する。ここは彼らが満足するまで好きにさせておくべきだ、そう目が訴えていた。


 刻哉たちの目の前で、刻哉が倒したレアモンスターが解体され回収されていく。

 それだけではなかった。

 フィステラが苦労して創ってきた地粘材にも、彼らは手を伸ばす。

 チーターの手に触れた途端、地粘材はマナの光に戻り、彼らに吸収される。さしずめ――魔力回復ポイントのように。


 チーターは物を言わない。断りを入れることも、礼を言うことも、謝ることもしない。

 いせストでは見慣れた光景だ。ダンジョン探索中にあちこちから便利なアイテムや貴重な素材を回収する様子なんて、何百回と映し出された。

 ごめんね、貴重な素材だけどもらっていくよ――いせストでそんな台詞、ただの一度も見たことがない。


 そうか。異世界では、なんだ。

 異世界で死ねば、んだ。


 あっという間に、チーターたちは亡骸と成果物を奪い尽くした。もしこの光景がいせストで映されていたのなら、「レアな採取ポイントだ」と視聴者は盛り上がったことだろう。

 そして同時に言われるはずだ。そこにいるモブは誰だ、と。


 ゆめKoだけは略奪――そう略奪だ――に参加せず、じっと刻哉たちを見つめている。

 彼女の視線は、刻哉が創り上げたナイフもどきに注がれている。


「シイラさん。それはダメ。ダメです」


 フィステラが立ち塞がる。


「これはトキヤさんが怪我をおして創り上げたもの。これだけはダメです」


 蝶の精霊の言葉を理解したのか、どうか。

 ゆめKoは刻哉を見た。まだわずかに震えている彼の右腕を注視している。

 すると彼女は何を思ったか、ポシェットから紫色の液体が入った小瓶を取り出した。いせストどおりであれば、あれは回復アイテム。

 そのまま、刻哉の方に差し出す。


「シイラさん?」


 フィステラはその仕草の意図が理解できない。だが、刻哉は思い当たることがあった。

 いせストでいつか、どこかで見たイベント。

 現地のNPCに回復アイテムを手渡すことで、引き換えにレアアイテムを手に入れるシーン。


 これが、ゆめKo本人に実は意志が残っていることの証左なのか、それともあくまでプログラム的な行動なのか、刻哉にはわからない。

 それよりも、『ゆめKoが対価を支払って、刻哉の武器を求めた』ことの方が刻哉にとって重要で、衝撃だった。


 ――誰かから求められるって、こういう気持ちになるのか。


 刻哉はちらりとフィステラを見る。



『私は、あなたに世界を救わせてみせる』



 フィステラから一方的に信を置かれること。それもいつか、ゆめKoとのやり取りのように受け入れられる日が来るのだろうかと、刻哉は思った。


 小瓶を受け取る。

 一番新しいナイフ擬きを一本、手渡す。


 ゆめKoはきびすを返した。一段落ついたらしい仲間たちと引き上げていく。


「よろしかったのですか?」


 座り込んで息を吐くフィステラが、ふとたずねてきた。刻哉はうなずいた。


 ところが。

 パーティのうちひとり――忍者のような格好をした男キャラクターが引き返してきた。

 刻哉の前に立つ。


 片手には回復薬の小瓶。もう片方の手には、これがデフォルトなのか鋭い刀を握っている。


 彼もゆめKoに触発されたのだろうか。そう刻哉が考えた瞬間。


「え――」


 何の前触れもなく、忍者が凶刃を振るった。



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