最終話「美夕のばれんたいん」
夕餉が終わると美夕は、干菓子の入った包みを懐に忍ばせて
晴明の仕事部屋の前まで歩いて来た。
晴明様、受け取ってくださるかな?
美夕は胸がドキドキしてその場から、逃げ出したい気持ちだった。
「晴明様。美夕です。」彼女は、明かりにゆらゆらと動く晴明の影に向かって思い切って声を掛けてみた。
「美夕か。どうした?」晴明はふすまを開けて美夕を見た。
「あの……お仕事中にすみません。晴明様に渡したい物があって」
と美夕は晴明を見上げて言った。
「そうか。ここでは冷えるから中に入るか?」晴明は微笑むと招き入れる。
「はいっ、ありがとうございます。」
晴明は仕事中で、難しそうな書物や依頼の文、占いの道具や札などが文机に置かれていた。
「それで、用事は何だ?」晴明は夕餉前の事で内心、鼓動が速くなっていたが
いつものように冷静に聞いた。
「あの、小野篁様のお話しでは冥府では如月の今日は、ばれんたいんでいという。殿方にお菓子を渡す日だそうです……」
「晴明様これ、私が作った干菓子です。本当は、ちょこれいとと言う甘いお菓子を贈るそうなのです……でも、手に入らなかったから。気持ちを込めて作りました。どうぞ」
美夕は顔を朱に染めて、包みを差し出した。
「ああ、ありがとうな。有難くいただくぞ」
晴明は、内心ほっと胸をなでおろした。と同時に自身の心情に葛藤がまた、首をもたげる。
「晴明様。どうしました?」美夕が小首をかしげて晴明を見た。
その様子が
「何でもない。一つ頂くぞ。」晴明は和紙を開き、小さな桜色の干菓子を口に入れゆっくり味わってみる。
口の中にほのかな甘みが広がって、晴明好みの味だ。
「うまいな。美夕」晴明は紫の瞳を細めて微笑んだ。
美夕の顔が喜びで輝く。
「本当ですか? 嬉しいです! それとこれ……」
「何だ。文か?」美夕は文を彼に手渡した。
「恥ずかしいので後で、お読みください。私は縫い物があるので、ここで失礼しますね。」
自分の書いた文の内容にたまらず恥ずかしくなって、そそくさと自分の部屋に帰ろうとした。
その時、突然晴明に腕を引かれてそのまま、彼の腕の中へと倒れこんでしまった。
「せせせ、晴明様。これは一体!?」
美夕はあたふたして、ゆでだこのように耳まで真っ赤になっている。
「今日は、私や皆の為に感謝するぞ。身体が冷えているようだ……少し温めてやろう。」
「晴明様……」晴明の初めての行動に美夕は、胸のときめきを隠せなかった。
しかし、晴明の心は未だ、迷いが吹っ切れていなかった。
私は何をしている……妹のような存在の美夕に。こんな感情は、封印しなければ。
私は、私は……美夕を……
晴明の部屋の前の暗がりで気配を消して、彼の心の声を聴いている者がいた。
「未だあいつは、煮え切らないようだな。」と篁は意味深な微笑を浮かべた。
-了-
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よろしければ続きは、本編でどうぞ。
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