第六話 The Aunt(1)
「ああ、アンジェラ!会いたかったわ!」
屋敷に入ってその姿を見るなり、ミシェル・ドランは自分を出迎えてくれた姪に駆け寄り抱きしめた。
「ミシェル伯母様、お久しぶりです。わざわざ会いに来てくださって、ありがとうございます」
伯母の腕の中で、嬉しそうに微笑むアンジェラ。彼女の言葉に、ミシェルは抱きしめる腕をより一層強めた。
「何言ってるの、会いに来るのなんて当たり前じゃない。貴女が元気そうで本当によかったわ」
母に似たアンジェラの髪よりも明るい波打つ檸檬色の髪に、アメジスト色の瞳。彼女はアンジェラの母アイリーンの姉で、ベイリアル家当主一家を除いて、今となっては唯一のアンジェラに近しい親族であった。
「……モニカの件、私も聞いたわ。トリスタンに続いてこんな事件が起きるなんて、貴女がどれほど不安に思ったことか…。会いに来るのが遅くなってごめんなさいね、アンジェラ」
「すぐにお手紙を送ってくださいましたもの、謝る必要なんてありません。それにお忙しいだろうに、こうして領地から来てくださるなんて…感謝の気持ちでいっぱいです」
「もうっ。アンジェラが優しい子なのは分かっているけれど、こういうときくらいは甘えてもいいのよ?」
「ふふっ。ではお言葉に甘えて」
一度離れたミシェルとの距離を詰めて、今度はアンジェラがミシェルを抱きしめる。幼い子どもが抱き着くようにも見えるその姿は、三年前の事件以来すっかり見せなくなった無邪気な姿だった。
「伯母様、お泊りはどちらに?」
「前に来たときと同じホテルにしたわ。この家にも近いし、使い勝手がいいのよ」
「うちにもっと使用人がいれば泊まっていただけたのに…。…いえ、この家に泊まるだなんてとんでもないことですよね。今のは忘れてください」
「アンジェラ…」
三年前の残虐な事件が起きた屋敷で、今もなお暮らしているアンジェラ。そんなアンジェラに掛ける言葉を見つけられなかったミシェルは、気分を変えるように新しい話題を口にした。
「そうだ、アンジェラ。今日の夕食は私と一緒に取ってくれるかしら?せっかくここまで来たのだから、街にできた新しいレストランに行ってみたいの」
「はい、よろこんで。お店はどちらですか?ルークに手配させます」
会話を弾ませながら、応接間へと入って行く二人。ミシェルの訪問のお陰で、この日の屋敷には珍しく明るい雰囲気が漂っていた。
そして、まるで本当の母娘のように仲睦まじく、終始笑いの絶えない時間を過ごす。夕食を終えたアンジェラとミシェルが迎えにきたルークが手配した馬車に乗ろうとしたとき、呼び止める声が掛かった。
「――ベイリアルさん!」
「……ラーナーさん?」
少し離れたところから駆けて来るギルバート。今まさにルークの手を借りて馬車に乗ろうとしていたミシェルも足を止め、その場でギルバートが寄ってくるのを待った。
「突然申し訳ありません。お姿が見えたのでついお声がけをしてしまいました」
「こんばんは、ラーナーさん。もしかして、こんなお時間までお仕事ですか?」
「はい。ちょうど今から署に戻ろうとしていたところでした。ところで――」
アンジェラの隣に立つミシェルにちらりと視線を移したギルバート。そうして紳士らしく、自ら名乗った。
「初めまして、マダム。国家警察のギルバート・ラーナーと申します」
「初めまして。私はミシェル・ドランです」
「ドランさん?――ああ、ベイリアルさんの伯母様ですね」
「ええ」
「ミシェル伯母様がわたくしのことを気に掛けて会いに来てくださったんです。ちょうど夕食を終えたところでした」
「そうでしたか」
聴取を行ったのは別の者だったものの、ギルバートは捜査への協力のお礼をミシェルに告げる。そうして未だ犯人逮捕に至っていないことを詫びた。
「どうかアンジェラに危害が及ばないよう守ってくださいね、ラーナー殿。そして本当に一秒でも早く犯人を捕まえてくださいませ」
「もちろんです。ベイリアルさんのお屋敷には警察官を派遣していますし、僕も定期的に見回りに入るつもりです。――貴女を守れるよう努力します、ベイリアルさん」
ミシェルと話していたはずのギルバートの最後の言葉は、真っ直ぐにアンジェラを見つめて告げられた。それを聞いたアンジェラは薄く微笑んで、その言葉に信頼を返すように頷いてみせた。
「そろそろ私たちは行きましょうか、アンジェラ」
「はい」
ギルバートに別れの挨拶をして、今度こそ馬車に乗り込んだアンジェラとミシェル。ギルバートは馬車が見えなくなるまで見送り、それから再び警察署に向かって歩き出した。
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