第3話 本屋さんでは、塩対応の相澤くんが何故か甘すぎる

 うふふっ、ますますぽかぽかな春です。

 桜がほぼほぼ満開ですね〜。

 綺麗な桜、淡い桃色の花びらが色づいて咲いてる。

 満開が少し過ぎたけどまだまだとっても綺麗で、見る人の目を楽しませてくれるなあ。

 花は癒やされる。


 ぬくぬくいい天気、陽射しが明るくて気持ちがいいなあ。

 はわ〜、幸せ。


 国語の授業は竹取物語……帝の愛も宇宙人のかぐや姫様には届かずか……。

 あれ? かぐや姫様は結局のところ宇宙人だよね。

 ほわほわ目がとろん、まぶたは閉じていくぅ……。

 わあっ、やばやば、午後イチの授業は寝ちゃいそう。

 うとうとガクンってなりそうだから、窓の外の景色を見て気分転換しなくっちゃ!


 桜の花びらがひらひら散る、風に舞い落ちる。

 学校の校庭に立ち並ぶ大樹の桜たちも桜の絨毯もピンク色ですごく綺麗です。

 私の教室の窓からよ〜く見えるんだよ。


 窓際の席には彼がいる。

 私の隣の席の相澤あいざわくん。

 彼はいつも澄まし顔であんまり笑わない。

 ……学校ではね。

 無愛想だけど、彼が優しいのを私は知ってる。


 相澤くん越しに、私ははらはらと風に吹かれ、時折り吹雪く桜の様子に胸がときめいていた。

 美しい桜並木を眺めながら、相澤くんが視界にどうしても入ってきてしまいます。


「桜、綺麗だねぇ、相澤くん」

「……ああ。桜、だいぶ散ってきてんな。ってお前、ほんと桜ばっか見やがって」

「あっ、え~っと。だって綺麗だもの。見飽きないもん」

「あんた、俺のことはついででも見んなよな」

「見ない、見てないっ!」


 ううん、いつも見てた。

 私、桜と相澤くんを一緒に見てしまう。

 バレバレだよね。

 ご、誤魔化せないかも。


「私! 私は相澤くんとお話したくってタイミングが欲しくって、だから見てるの!」

「桜はどうした?」

「桜は桜で見てるけど。相澤くんのことも見ちゃう。だってもっと仲良くなりたい」


 ああ、これはしまった!

 つい本音を言っちゃったよ〜。


「相澤くんってさ、恥ずかしがり屋さん? シャイなの? 照れてるの?」

「お前、うっせえよ。いい加減人見知りしてねえで、俺以外の友達作れよな」

「友達? 私と相澤くんって友達だったんだ? わーい、私たちは友達になれてたんだね」

「ち、違う! ……やっぱ違わない。あんた、俺のことどう思ってるわけ? もしかして……」

「とっ、とと友達だよね。お揃いのぬいぐるみを持った仲良しじゃん」


 相澤くんは「ふーん、仲良しねえ」と言って、窓の外を見た。

 肘をついてるけど、赤くなったほっぺが見えてる。


 私がまだ見てるの、気づいているよね?

 照れてるのかなあ、相澤くん。

 

「あんたが好きになるのも分かる。だいぶ散っても桜はさ、落ちて風に舞う花びらも幻想的で綺麗だ。 ……あんたはいつ見ても綺麗だよ

「えっ? 相澤くんなんか言ったの? チャイムの音が重なって聞こえなかった。もう一回言って」

「いっ、言わねえよ! ……お前、いい加減うっさいから学校では話しかけんな」


 むかむか〜っ!

 なによ、相澤くんてばっ、口悪すぎ!


 高校2年生になって友達とはクラスが離れちゃってまだ仲良しな子がいないけど、相澤くんとは仲良くなってきた。

 なかなか友達が出来なかった私だけど。

 相澤くんってさっきは友達だって言ってくれたのに。

 寂しいし、誰かと……相澤くんとお喋りしたいし。

 それだけなのにな。

 なに、なんなの、この塩対応はっ!

 相澤くんは、いつだって学校では塩顔澄まし顔、つれない無愛想男子だなんだから。


 私もついつい、学校ではやめろって言われてるのに相澤くんに馴れ馴れしくしちゃってるかもだけど。

 そんなに邪険にしなくたって。

 相澤くんにうっさいとか言われてちょっとへこむよ〜。

 ツンケンしてる塩対応なのが私にだけじゃないからちょっと良かった、救われる。

 女子全般が苦手なんだ、たぶん。



 ……だけど、私。

 悔しいけれど、相澤くんの綺麗な横顔って見惚れちゃう。

 時々相澤くんの事を見ていると胸がぎゅっと痛む。


 荘厳な雰囲気の桜に負けないぐらい、相澤くんの横顔って綺麗だなあって……。

 私時々、君のことが素敵だな〜って思ってる。

 この気持ちは相澤くんにはナイショっ!

 相澤くんってば褒めると恥ずかしいのか何故か怒っちゃうから。

  

     🌸


 学校から帰ると私は出来るだけ時間が許す限り、家の小さな本屋さんでお手伝いをする。

 相澤くん、実はうちの本屋さんでアルバイトをしています。

 誰にもナイショなんだけど。

 相澤くんが、クラスメートには知られたくないから言うなって。なんで?


 でもでも、二人だけの秘密とか良いよね。そういうの共有してると特別な友達みたいで嬉しい。


 私はバイト用のエプロンのポケットにお気に入りのぬいぐるみを入れてる。

 ぴょこんと顔だけ出したぬいぐるみの名前は「ヨムカク犬」っていうの。お仕事が大好きな、小説家とか漫画家のコスプレをしたキャラクターだよ。

 この子は相澤くんから誕生日プレセントにってもらったから、すっごく特別。

 バイト中、疲れた時にちらっと見ると元気をもらえる。



 閉店時間が来て、お掃除タイム。

 相澤くんとバイトをするようになったら、時間が早く過ぎちゃうんだ。

 もうすぐお別れの時間かと思うと寂しい。

 ……って、ちょっとだけだよっ!

 学校でまた会えるもん。

 明日も学校だし。朝から会えるし、席はお隣りだもの。


 相澤くんは学校ではバイト中よりもっともっと塩対応だから、たくさんはお喋り出来ないのがちょっと悲しい。


 うちのお店で会ってる時の方が、相澤くんは柔らかい雰囲気で。

 たまに笑顔も見せてくれる。


 女子には塩対応な彼だけど。

 なんだかんだ優しんだ、相澤くんって。 


「さあて! 棚の上の掃除しようっかな」

「気をつけろよ、咲希」


 わあっ。相澤くんが心配してくれてる。


「なあ、そこは俺がやるよ」

「私、いつもやってるもん。相澤くんが来る前から。だから大丈夫だよ」


 私は背が低いから高めの脚立に乗って、小さなもこもこモップを持って私は棚の上のお掃除を始める。

 ここってホコリが溜まり易い。気づくとうっすら塵が積もるから、思い出した時にちょこちょこ掃除をしてる。


「きゃあっ」

「咲希っ!」


 急に棚の奥でバサバサ言って、暗い端に潜んでいた小鳥が音を立てて羽ばたいた!

 私はびっくりした。

 脚立の上でバランスを崩しちゃった。

 お、落ちる〜!

 私は目をつむった。

 ……って、落ちて……ない?


 えっ、えっ、えっとあれ?

 誰かに抱きとめられて、落下しないですんだみたい。

 目を開けると……。


「相澤くんっ!?」

「咲希っ! 大丈夫か? 怪我してないか?」


 ほっとしたのか息をつく相澤くんに私はぽーっと見惚れてた。

 助けてもらって不謹慎かもな状態だけど、すごくすごく近くに相澤くんがいる。

 相澤くんの顔が近い!

 私と相澤くんの距離はゼロだ。

 恥ずかしい……、図らずも不可抗力で相澤くんに密着してしまってる腕や肩や体のあちこちが、私っ、もう恥ずかしくてドキドキして緊張してる。


「俺、お前が怪我したらショックで死ぬ」

「えっ?」

「どこも怪我してないな?」

「うん、大丈夫。心配かけてごめん」


 すぐにぱっと離れるかと思ったのに、相澤くんは私をお姫様抱っこしたままだった。


「あ、あの……もう下ろしてくれていいよ。相澤くん、ありがとう」

「心配かけやがって。高いとこの掃除は今日から今から俺がやる。お前は危ないからやるな」


 相澤くんの顔がさくらんぼみたいに真っ赤に染まってる。


「だ、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃねえから。お前が怪我なんかしたら俺が大丈夫じゃない」


 えっ? えっ?

 どうして相澤くんが大丈夫じゃないの?

 相澤くんの綺麗な瞳が私を見てる。

 私を抱きかかえる手に力がぎゅっとこもった。


「大事な奴が怪我したら困る」

「えっ? えーっとソレは私のこと?」


 今、……相澤くん、私のことが大事って言ったの?


「好きな奴のこと心配して悪いかよ?」


 す、好きな奴――っ!?

 えっ、えっ、あの、嘘!?


 私は頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 プチパニックに陥る。


「ああ、友達の好きだよね」


 勘違いするとこだった。

 でも、相澤くんは黙ったまま真剣な面持ちで私をじいっと見つめてくる。

 相澤くんの射抜くような視線、沈黙に胸がドキドキする。

 すうーっと相澤くんが息を吸って何かを言い出しかける。


 その時――!


 「ピィピィ……」と甲高く鳴く小鳥の声がした。


「相澤くん、小鳥!」

「そうだ、小鳥を逃してやんねえと」


 そっと相澤くんの腕から降ろされて私の足はお店の床に着地する。

 ふわふわしてる。

 心も体もふわふわ〜としてておぼつかない。でも夢見心地でイヤじゃなかった。

 頭のなかは相澤くんからの言葉で、まだぐちゃぐちゃワチャワチャとしてるけど。


 小鳥は相澤くんが大きな手で優しく扇いだり追い掛けると、店内の天井スレスレから滑空したりして逃げまわる。


 私、相澤くんの姿を見てると――。

 心がざわついて、胸の奥が甘く騒がしくなる。


「咲希、店の扉を開けてっ!」

「あっ、うん!」


 相澤くんに言われて私がドアを開けると、小鳥がサーッと外に逃げていく。

 すると同時に店の中に桜の花びらが風と共に舞い込んできた。

 ……綺麗。

 私は外に出て、小鳥が空に飛んでいくの見た。

 うっすら青さを残した空には下弦の月が出て夕方より夜の色が濃くなり始めている。


 私の隣りに相澤くんが立っていた。

 背の高い相澤くんの整った顔を仰いで見た。


「相澤くん。ふふっ……やった、やったあ!」

「ああ」

「やったね、良かったね。小鳥が外に出れたのは相澤くんのおかげだよ」

「ああ」

「あの小鳥、いつの間にか店内に迷い込んで来ちゃったみたいだね。いつからいたんだろう? 大人しかったから全然気づかなかったよね?」

「ああ、そうだな。……あのさ」


 うちの店の前の街路樹の夜桜がライトアップされて、光に照らされて淡く輝いて美しい。

 相澤くんと私に吹雪いた桜のたくさんの花びらが、足の先から頭の先まで包むように触れる。

 幻想的で綺麗な夜桜にうっとりとしちゃう。

 まるでダンスに誘うかのように桜の花吹雪が起こる。

 ふと、私は視線に気づいた。

 私に向けられた相澤くんの優しく微笑む瞳に、胸がキュンッと音を立てた。


「相澤くん?」

「好きだ――」


 胸の奥がぎゅっとなる。

 私は心のどこかをなにかを掴まれた。

 熱くなる、頬も顔も、手も腕も。

 頭が沸騰しそう!


 じっと、何も言わずに見つめてくる相澤くん。

 私、ドキドキが止まらない。


 相澤くん……、彼から視線をらせない。


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