第二十五話




 


 「学園の回復士になりたい?」


 「うん」



 お風呂から上がり服を着た2人は、洗面台にいた。ルイは鏡の前に座り、ルナはその後ろでコードのないドライヤーで前にある淡黄色の髪を乾かす。お互いこの状況には自然と移行していた。




 「回復士は、なりたくてなれるものではありません。最低条件で、希少な光属性を持ち、更に一定以上の魔力操作が要求されます」



 子供に諭す親のように、噛み砕いて現実を教えようとする。


 

 しかし



 (別に、光なくても、出来る)



 髪を梳かしてもらいながら、頭の中では数多の方法を考えていた。



人体の構造どころかその細部、ゲノムまで解読されている現代において、”光”でしか出来なかったのは大した原理も判っていなかった昔のこと。


 


 「光属性、あるよ」



 「えっ」



 ルナは耳を疑う。しかし無理もない。偶々拾い助けた少年が数少ない光属性を持っていることなど想像出来るわけもないだろう。もし友人に話そうものなら戯言と一蹴されてしまう。








 だから、ルイは最も単純で分かりやすい方法で証明した。







 

 「?どうしたのですか」



 頭を上げ、しきりに首を動かして何かを見つけたルイはゆっくり席を離れる。


まだ髪を梳かしているにも関わらず、急遽拒まれ首を傾げるルナ。そんな彼女の質問に答える事も無く、小さな物入れに立てられていたハサミを取り出し右手で握り、






 「—ッ………」






 自分の左腕に突き刺さした。





 僅かに顔を歪めせる様子から確実に痛みは感じている筈なのに、ハサミを振り下ろす際に躊躇は見られなかった。



傷口から血が指先へと滴る。流れる血は次第に分岐し各々一か所に集まって、かさを増し規則的に落下して床を汚す。



 目の前で起きた凶行に、ルナは止めるどころか声を出すことすら出来きず、ただ手から櫛を落とす。





 「—ッ...ほら、治ってる。....あっ、ハサミと床、汚してごめンニュ..」




 

 ハサミを抜き取り、もう傷口が塞がりつつある自身の腕をルナに見せる。


無感動に見える、いや、実際になんとも思っていないルイの顔をルナは両手で挟んだ。





 「フィード君が光属性なのは分かりました。でも、..もう二度と、、—ッ!自分を傷付けるやり方はやめて下さいッ!」




 「ぅあ.....ごめん、なさい」




 目に薄っすらと涙を浮かべて叱るルナにルイは謝る。



だがそれは、そんなルナの様子から咄嗟に出た言葉であって、心中では今の方法のどこが悪かったかを理解出来ていなかった。




 ルナは、ルイが理解していない事を理解した。だからこの歪な少年を、どうにかして変えてみせると決意した。





 




 ▪️▪️▪️








 「それで、回復士になれる?」



 念の為に、という事で傷があった箇所をルナは確認したが、完璧に治癒していた事実に目を見張る。


先述した条件、光属性と魔力操作は兼ね備えていた。


 自傷ではあったが、負傷しても魔力が乱れない事は戦闘、非常事態においては極めて重要。



 だが、



 「ん〜〜..今直ぐには、ちょっと難しいですね」



 ルナは難色を示す。



 「回復士は試験を突破した者がなれる、いわば資格なんです。その試験があるのは、およそ半年後。でも今のフィード君なら受かると思いますよ」



 『ちょっと難しい』とは言ったものの、実質的に後数日でなることは不可能だった。


事情を知らないルナは、ルイが密かな焦燥を感知出来ない。




   “半年後では不味いッ”



なんなら資格を取得してから学園に潜入するまで更に時間が掛かってしまうかもしれない。





 頭を回転して必死に考え抜く。しかし思いつくのは正当方と程遠いものばかり。イスティール学園で回復士として働いている者に拾われる幸運は、尽きたと思った。



 (学園、..学園?....)







 「あ、あの。学園のお仕事、手伝いたい、です。..学園に行って」


 「え?」




色々と思考を巡らせ末に、生徒でも回復士でもなく、回復士の助手のような立ち位置での潜入を試みる。





 「..嬉しいですが、その気持ちだけで充分です。それに、私の勝手な裁量でできる事ではありません」



物心ついていない幼子が親に言うような言葉に、事実嬉しそうにしながらやんわりと断りを入れた。




 

 しかしルイは引かない。




 「ダメ、ですか」



 「えっと..」



 というより引けない。ここでチャンスを逃したら、学園潜入は頓挫してしまう。だから食い下がる。

 

 そして過去に、地球である人から教えてもらった秘儀を実行した。




 「ダメ?」



 「うっ...」


 

 相手の裾を掴み、縋るような上目遣いでのおねだり。




昔、ある魔法使いから習得した技。その人物が「違う!もっと視線を上げて、......そう!その体制だ!相手に拒ませることに罪悪感を、そして母性本能が呼び起こさせるのだッ!」などと、一から十をまだ幼いルイに教え込もうとした。


その後、「最後に瞳を潤せば完ぺ...............おい待てティラフト卿。誤解だ。落ち着いて話せば分かる。分かるはず..」そう言い残して、ドアを開けて入ってきたアマーリアから逃げるように窓をぶち破って去っていた。





 もしヴァルターがこれを見れば、ルイが潜入任務適してると思い、それと同時に「キモお前」と口にしていただろう。




 (ダメ、なのに...けど..........ああぁ!!どうしたら..)



ルナの脳内では公私混同で葛藤が生まれていた。



 (学長に談判するだけなら、、それに彼を一人家に残すには危ないかもしれません。さっきのハサミの件もありますし。..そう!そうです!寧ろ目の届くところにいる方が安心出来ます!)



 どうやら葛藤の悪魔は、対抗馬の天使をご都合理論で押しつぶしてしまったようだ。



 「フィード君、学長に掛け合ってみます!」



 「あっはい」



中々に息巻いているルナに、自分でやったはずのルイが心の中で若干引いていた。しかし教えてくれた人に感謝はしていた。




 結果的に、ハサミの件は最も単純で分かりやすく、そして後味を残す方法になった。

 




 




二日後



 「..許可はもらいました。.......面白そうだから、らしいです」



自分の要望は通ったが、学長の愉快じみた理由に素直に喜べなかった。


ちなみにルナが冷静に戻っていたのは、最初に話した時に他の偉い人から猛烈に怒られたからであった。



 何はともあれ、こうして無事?に学園に潜入することになった。







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