第十二話




 「ウロボロスの討伐依頼、お疲れ様でした。報酬は、ギルド施設なら何処でも取り出せます」



あの日の2日後には既に馬車が手配された。ウロボロスを連れて帰る事もあり、複数の馬車が用意される。そこに、小分けにされた運ばれた。



 予想よりかなり速い達成に、領主は謝辞の手紙がアルバートに贈られていた。


ちなみに村での滞在期間、ルイは大抵1人で温泉に入っていた。




 「それと、パーティーのランクの件ですが、体裁を考えてフィードさんがDランク事にするそうです。

 ..実力は良いですが、手抜きとかで依頼未達成にしないで下さいね。これ、本当はダメな事ですから。……何はともあれ、Dランク昇格おめでとう御座います。異例の速さですね。


 ..本当に未達成にしないで下さい。怪しく思われて今回の悪事がバレると、領主もここのギルド施設も咎められるので」



 「分かった。……ところで、あれ、なにやってるの?」



イスカに釘を念入りに刺されて頷くも、意識は先程から後ろで走って行く者達に向いていた。



ルイが見ている方向には、皿やフォーク、樽などを訓練場に運ぶ冒険者だった。それも、かなりの人が向かっている。



 「あぁ、ウロボロスのお肉を食べようとしてるんです。今回の依頼は討伐だけで、素材とかは本人で預かる事になっていて、

 ..簡単に言うと『おこぼれ』を貰おうとしてるんです。アルバートは割とこういう事してますし」



冒険者の中には、「焼肉だ!焼肉!」だったり、「ご馳走様です!」や、「死ぬまでアルバートさんについて行けます!」など調子の良い事を言う者もいる。



 「と言うより、アルバートさんから聞いていないんですか?あの人なら説明していると思うのだけれど?」



 「......ぁ....帰りの馬車で言ってた、かも」



 「..ハァ、 取り敢えずフィードさんも早く行って方が良いですよ。ウロボロスの、しかも上位種ハイランクなんて、そうそう食べれませんから。今日は酔っ払って依頼受ける人も大して居なくなるので、後で私も少し頂きます」


 「うん。じゃあ、行ってくる」



もはや専用の受付となりつつあるイスカとの会話を終え、他の人と同様に訓練場へと足を進めた。











前に使った時と同じ空模様で、その下ではどんちゃん騒ぎしていた。炭火焼きの香ばしい匂いが立ち込め、笑い声が木霊す。真昼間なのに、既に酒で出来上がっている奴もいる。


小分けにされたウロボロスは随時炭で焼かれていく。その場所に人が並び、今か今かと唾を飲み込んでいる。




 「遅かったな、フィード。今回の討伐はお前のおかげだ。ほらっ、しっかり食え」


来たは良いものの、ポケ〜として隅にいるルイにアルバートが話しかける。手には大量の焼いた肉を置いた皿を持っており、それを前に差し出す。


 「ありがとう。………上位種ハイランクのウロボロス倒したの、アーさんだよ?」


 「倒したのは俺だか、お前の言葉とナイフがなかったら倒せれていなかった。それに、俺の命も助けてくれたしな」


 「......ナイフ?」


 「解体用のナイフ。腰にポーチを付けていただろ。..あれの中に入っていた物だ。吹き飛ばされた衝撃で落ちたんだと思う」


 「..あぁ、アレね。(展開した結界が小さすぎて、間違えて切っちゃったポーチの事、かな)」



魔力消費を抑える為、ほぼ無意識のレベルで体にフィットする位の結界を展開していた。それが、いつもは付けないポーチを切断してしまった。


もしこれが、もう一回り広く展開していたならば、ポーチは切断されていなかった、もしくはナイフごとポーチを切断したかもしれない。偶然が偶然を呼んだのである。



 「今はそれより食事だ。冒険者を続けるならもっと筋肉を付けるといい。俺はまた焼いてくるから、食べておけ。美味いぞ」



そう言ってルイに皿を渡して、炭火焼きしている方へ戻って行った。



盛り付けられた肉はシンプルな塩胡椒で味付けされていた。解体した時にしっかりと骨が抜き取ってある。



 「..蛇の肉………んっ......—ッ美味、しい!」


美味しいとは聞いた事があったが、食べた事のない蛇の肉に躊躇いつつ、いざ口に含める。だが、予想外の美味しさに口を綻ばせる。



 「..柔らかい」


ウロボロスは肉食で、他の種の魔物を食べる。またその俊敏な動きから臭みのある硬い肉かと思われたが、魔力が影響しているのか、どちらも感じられない。


どちらかと言うと、食感は魚に近く、脂がのっている。自然ともう一枚、口の中に運ぶ。溶けるとまではいかないものの、その柔らかさは噛みちぎるのに抵抗を要さない。



イギリスでは、親同伴でリンゴの発泡酒を飲んだ経験はあるが、お酒は嗜まないルイでもビールを飲んでみたい気持ちが少し湧く。





そこに、


  

 「フィードさん〜、飲んでる〜」


 「ナディアッ!フィードさん抱きつくな、迷惑かけるな!」



酒に呑まれたナディア、酔っ払いがだる絡みしてきた。背後からルイに抱きつき、頬擦りしてくる。


 「..酒臭い」


 「その様子だと飲んでないな〜。こいつめッ」


 「本当にやめろ!!ナディア!?」



既に顔は赤くなっており、息からも酒の臭いが感じられた。


相方の行動を止めようと、更に背後からやってきたヘラルドがナディアを引き剥がそうとする。


しかし、かなり力でルイに抱きついているのと、酒臭いと言いながらルイも抵抗しないために、ルイとナディアがヘラルドの方に引っ張られるだけとなった。



 「私に嫉妬してるのか〜、ヘラルド」


 「——ッ!ナディア、お前ッ!」


ナディアの煽りを受けて顔を朱色に染めるヘラルドは、思春期の少年そのものである。




ナディアのセクハラはエスカレートしていき、



 「んじゃお楽しみの、フィードさんの〜....ん?」


そのまま抱きついてフィードの体を弄るナディアは、突如として、異変に気づいた様子で動きを止めた。



 

 「おい、どうしたんだよナディア?」



 「えっ..何で?.....まさか、嘘でしょ...あ〜、、マジか…….」



 いきなりルイから手を離し、両手をグッパーするナディアにヘラルドは問いかける。が、無視される。


 「..何だよ、その笑みは」


 「いや〜、別に何にもないよ〜。本当に」


 「いやその顔は絶対に何かあるだろ」


1人で勝手に驚き勝手に納得するナディアは、ヘラルドの方を見て口元を三日月の様に上げる。


そんな彼女に嫌な予感がしたヘラルドだったが、聞いてもはぐらかされてしまう。



 「じゃあね、フィードさん。私は後輩女冒険者の胸揉んでくるから!」


 「頼むからこれ以上は辞めたくれ......あっおい行くな!....フィードさん、ナディアが悪い。それと今度稽古付けて下さい。俺はナディアを捕まえないといけないんで、また」





 「....”酒臭い”しか言ってない」


台風のよう来て去っていた2人を見ながら、静かに呟いた。









宴会は、日が地平線に沈む少し前まで続いた。ウロボロスの肉が途中から無くなっても関係なく、何処からと違う肉を持ってきて焼いて、酒飲んで。そんな事を繰り返していた。


明日に響く程酒を浴びた者も、そうでない者も既に帰り、残っているのは後片付けをしているアルバートとルイだけだった。



 「楽しめたか、フィード」


 「うん。ウロボロスの肉、美味しかった」


その後片付けも終えたらしく、アルバートはルイに今日の事を聞く。


 「そうか。なら、良かった。.... もう時期おさらばだろうからな」


 「?何で」


 「魔皇国に行く為、依頼を受けているのだろう。今回の指名依頼で充分だと思うが?」


 「あっ......うん、そうだね」



ここにきて、自分が何で依頼を受けていたのかようやく思い出した。



 「いつ、ここを出るのだ?」


 「..近日中には」


 「…3日間だけ時間が欲しい。ウロボロスの皮で出来た戦闘着やポーチを渡したい。それの製造に時間がかかる」


 「..寧ろ、貰っていいの?」


 「当たり前だ。前も言ったが、今回の討伐はお前のおかげだ。それに、素材は多かったからな」





 ◾︎ ◾︎ ◾︎




3日間など、あって無いようなものだった。

 

金になる依頼を受けたり、ナンパを無視したり、手紙出したり、稽古でヘラルドをボコボコにしたり、もう一体いる上位種ハイランクのウロボロスをこっそり食べようか、それとも実験台にしようか本気で悩んだり、こんな事していればすぐに例の日は来た。




 「..良い、仕上がり。……本当にお金、出さなくていいの?」


 「ああ、構わない」



見送りは冒険者ギルドの中で行われた。アルバートの他、イスカ、ヘラルド、ナディアが近くにいて、遠巻きにも冒険者が多数。


 「時間にして見れば、かなり短かったが濃い内容だったな。また来るといい」


 「うん。また来る」



 「本当に、行ってしまうのか?」


 「?そうだけど」


何処か思い詰めた顔のヘラルドに、その斜め後ろで笑いを堪えているナディアにルイは首を傾げる。


 「お、俺は、、、」


 「?」


言葉を途切れながらも、意を決するヘラルドは、



 イスカとアルバートの会話で意味が無くなる。



 「そう言えば、どうしてアルバートさんはフィードさんの事呼び捨てなんですか?」


 「ん?どう言う意味だ?」


 「アルバートさんって、女性に対しては呼び捨てしないですよね」



 「..まぁ、そうだな」


 「では何故、フィードさんは”フィード”って、呼び捨て何ですか?パーティーメンバーだからですか?」



 「..脈絡が変ではないか?


 フィードは男だから呼び捨てにしている、何処もおかしくないだろ?」

 




まるで、さも当たり前の様に言ったアルバートの言葉を、イスカは咀嚼して理解する。そして、

 

 「..へっ?..お、男!フィードさんって男何ですか!」




 「えっ、そうだけど」



横から急に質問されたルイは、逆に知らなかったの?と言わんばかりに返答する。


だがアルバートとある奴以外は知っておらず、冒険者ギルドはアルバートがパーティーを組んだ時と負けず劣らずな阿鼻叫喚となる。




色々な反応を示す中で、最もダメージを受けたのが、




 「..お、俺は男を、す、好きに......う、嘘、だろ」



勿論ヘラルドである。


体全身が僅かに震えてしまっている。そして、





 「..ッ..ヘラルド..どんまい....フッ..」



最も面白がっているのがナディアである。


笑うのを堪えて体全身が震えている。





 「..ナディア、お前、知っていたな?」


 「まぁね。ウロボロスの焼肉の時に、胸揉もうとしたら胸なかった。それで知ったのよ」


 「....何でそん時言わなかった」


 「いや〜、本当はヘラルドが告って、フィードさんから『僕、男だよ』って言って欲しかったんだけどね。まぁ面白いのが見れたから良いよ」

 

 「—ッ!ナディアてめぇ!ぶっ殺してやる!!」


 「やって見なさい!返り討ちにしてあげるわ!」



ヘラルドとナディア喧嘩が勃発した。どちらもCランクで血気盛ん。賭け事が好きな奴らはどっちが勝つかで遊ぶ。ギルド施設内での喧嘩を慌てて止めようとする職員。




  

 「アーさん、冒険者って、楽しいね」


 「..ああ、そうだな」



本当は止めないといけないが、この騒動に笑顔を浮かべるルイに、アルバートも自然と顔が綻ぶ。





 「じゃあ、行ってきます」


 「俺が死ぬ前にはもう一度顔を見せてくれ」


 「分かった。約束する」


いつも通り、だが嬉しそうなルイは、冒険者ギルド施設を出て馬車ギルドへと向かって行った。


それを、旅立つ孫を見るかの様に、アルバートは見送った。




 




 「アルバートさんも止めるの手伝って下さい!」


 「今行く」


イスカの泣き言に応じる様に、アルバートは踵を返した。



 ◾︎ ◾︎ ◾︎



結局、アルバート止めるまでもなくその後決着がついた。


 

 「両者ダウン、か」


満身創痍の2人は、最後の力でお互いの顔面に一撃を加え、どちらも地に伏した。


 「あぁもう、備品がガチャガチャに!」


 「俺はこの2人を泊まっている宿に送る。..修理代を後で付けてやれ」



壊れた机や椅子などを見て、悪くないのに始末書を書かなけばいけない未来にイスカは頭を悩ませる。



 「そうします。..そう言えば、今更ですが何でアルバートはフィードさんとパーティー組んだんですか?」


 「腕を犠牲にせずに済んだ恩があるからな」


 「でも、、言い方悪いですが、それだけですか?」


腕を失わすに済んだ事は大きな結果だか、わざわざパーティーを組むまでしなくても恩は返せるのではなかったのか。そんな疑問をイスカは抱いた。




 「.......昔、俺がいたパーティーの、ある奴の姿に似ていてな、髪色や顔が。それでつい、な」


 「..そうでしたか。..そう言えば、容姿が似ている関連で、薄い金髪碧眼の人間がいれば報告するよう言われてたんですよ。瞳の色が合えば完全にフィードさんだったんですけど。

 ..アルバートは心当たりありませんか?」


 「......」


 「アルバートさん?」


 「..ウロボロス討伐で、泊まった宿の温泉で、フィードの瞳が薄い碧眼に見えた」


 「えっでも、フィードさんは..」


 「見たのは一瞬だった。目をつぶって、その後寝てしまったからな。その翌日には髪と同じ色だったから、俺の見間違いだろう」


 「そう、ですか」


 (それに、薄い碧眼、白藍色の瞳は、”あの“証拠だからな。あり得ない、はずだ)



アルバートは、数十年前、かつてのパーティーを思い出していた。









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                 一章完

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