魏書 巻96 東晋伝

東晋1  ポスト淝水

淝水ひすいの戦いがひと段落して後、東晋とうしん孝武帝こうぶてい、こと司馬曜しばようは年齢を積み重ねるにつけ、内宮にて酒浸りの日々を送るようになった。弟の司馬道子しばどうしを宰相に据え、自らは常に酔っ払ったままの状態である。そこに阿諛追従の徒や取り入って私利を貪らんとする者たちが寄ってたかる。尼や妓女らが宮内でも肩幅を利かせ、それに誰も恥じ入ろうともしなかった。


尚書しょうしょ左僕射さぼくしゃ王珣おうしゅんの息子が結婚することになった。祝いの言葉を寄せようとする客の載った車が王珣の家の門の前に数百と並んだのだが、そこに全く別系統の王氏である王雅おうが太子少傅たいししょうふになった、との報せが届くと、そのうちの半ばほどは王雅のもとに向かってしまった。もともと王雅は司馬曜よりの寵愛めでたかった人物でこそあったが、とはいえ誰しもがこうした形で去就定かならぬ振る舞いをするのだった。


399 年、司馬曜が死亡。子の司馬德宗しばとくそうが僭立した。


先にも書いた司馬曜の酒色への耽溺ぶりは歯止めがかからなくなっていた。夜を徹して飲み続け、覚醒している時間もほぼ無かった。宮外の人間と接見することもなくなり、內殿の酒樽の傍らでぐでんぐでんになっているのが常だった。この頃寵愛していた婢女のひとり、張氏ちょうしが高位の側妾である貴人きじんに取り立てられていた。その権威は宮中を抑えこまんとする勢いであった。しかしそんな張氏の年齢が三十にも近づいてくる。司馬曜は妓女らの奏でる見事な音楽を聞きながら、側に侍る女性が少ないのをいいことに、笑いながら張氏をからかって言う。

「お前もそろそろいい歳だしお払い箱かな。おれはもう、もう少し年下の子に手を付けはじめたよ」

張氏は密かに怒りを覚えたが、司馬曜はそれに気づかず、からかいの度合いをますますひどいものとした。


日が暮れてくると、司馬曜の泥酔ぶりが激しくなる。張氏はその隙に多くの宦者や內侍を差配、報復の準備に取り掛からせた。夜に司馬曜の意識が混濁したところで、張氏は遂に婢女に命じ、布団でぐるぐる巻きとし、窒息死させた。その死亡を確認するとにわかに恐れおののき、左右のものに金を掴ませ、口封じをした。


この頃、司馬道子もまた酒に明け暮れてぐでんぐでんであったため、子の司馬元顯しばげんけんに実権を奪われていた。こうして張氏の罪はまともに問われることもないままうやむやとなったのである。




是時,昌明年長,嗜酒好內,而昌明弟會稽王道子任居宰相,昏醟尤甚,狎昵諂邪。于時尼娼構扇內外,風俗頹薄,人無廉耻。左僕射王珣兒婚,門客車數百乘,會聞王雅為太子少傅,回以詣雅者半焉。雅素有寵,人情去就若此。皇始元年,昌明死,子德宗僭立。

初,昌明耽於酒色,末年,殆為長夜之飲,醒治既少,外人罕得接見,故多居內殿,流連於樽俎之間。以嬖姬張氏為貴人,寵冠後宮,威行閫內。於時年幾三十,昌明妙列妓樂,陪侍嬪少,乃笑而戲之云:「汝以年當廢,吾已屬諸姝少矣。」張氏潛怒,昌明不覺而戲逾甚。向夕,昌明稍醉,張氏乃多潛飲宦者內侍而分遣焉。至暮,昌明沉醉臥,張氏遂令其婢蒙之以被,既絕而懼,貨左右云以魘死。時道子昏廢,子元顯專政,遂不窮張氏之罪。


(魏書96-1)




いやあ、筆が生き生きとしてますねえ! さもそこで直に見聞きしたかのよう! いままでの魏書のなかで最も臨場感あふれるシーン描写だと思います! お見事ですねえ!


北斉に伝わってる晋の歴史書のうち、「これなら東晋は滅んでも仕方ないと思わせる」部分をパッチワークした上で「ちょっと盛り」をしたんだろうなあ、と言う感じで素敵です。もうちょっと隠そうよ諸々。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る