崔浩18 唯患上無此意

竇保太后とうほたいごうの前での評議はカットされている。特に目新しい議論がなかったのか、あるいは例によって余計なことが書かれていたためカットされたのか。詳細は不明だが、ともあれ議論の大勢がほぼ変わらないまま崔浩さいこうが評議の場から退出すると、そこに未だ崔浩の論に納得できずにいたものが突っかかってくる。

劉宋りゅうそうのクソどもが南から押し寄せてきおるに、それを捨て置いて北伐すると言うのか? その長らくの遠征がいつまで続くかなぞ、誰一人として知るまいに。もし、これで柔然じゅうぜんが遠方にまで逃れておったら、いくら進めど得るところなく、むしろ南賊に無防備な背中を晒すに過ぎぬではないか。危道とそなたは以前言っておったが、かくなる顛末こそが危道なのではないか?」


崔浩は答える。

「愚かな。今年に柔然を潰しておかねば、将来に南賊の侵攻をおちおち防げぬことになるのだぞ。我らがを併呑して以来、南人は恐れおののき、どうにかして淮北わいほくだけは守らねば、と兵を揃えている。いま奴らが北上するというのであれば我らも南下するのみだが、かの者らは疲弊しており、対する我らには十分な休息が与えられている。いざ軍役が始まった時に勢いがどちらにあるかは明らかであろう。柔然を打ち破り、取って返して迎撃に出たところで十分に間に合うのだぞ。

 何故、そういい切れると思う?

 劉裕りゅうゆう關中かんちゅうを得たとき、愛する子の劉義真りゅうぎしんを関中にとどめ、精兵数万を率いるは良將や勁き部隊長たち。しかし、彼らであっても関中を守りきれなかったのだ。ここで多くの将兵を失い、その慟哭の声はいまなおもって途切れることがない。今、わが国は陛下の旗振りのもと絶世の極みにあり、その士馬も強さかん。馬や牛があえて虎に噛みつこうとするなぞ聞いたこともあるまい。もし、我らがあえて黄河こうがの南に本気で討って出たならば、到底奴らが守りおおせるものでもない。故にこそ、奴らは動かぬのだ。集めた兵は、あくまで国境守備のものでしかない。

 呂氏春秋りょししゅんじゅうにもあるではないか、水瓶が凍ったのを見て天下に寒さが訪れたと知れ、と。淮南子えなんじにもあるではないか。肉をひと舐めして、中の味を知れ、と。天下の現象は、常に情報からの演繹が叶うのだ。

 いま柔然は、自分たちが遠方にいることに甘え、よもや我らが攻めかかって来ようなどとは思ってもおらぬ。完全に油断しきっており、ならばこそ夏にはのうのうと各地で放牧し、秋にすっかり肥えた家畜を集め、やがて来る寒さから逃れるよう南方に攻めかかってくるのだ。いま攻勢を掛ければ我らは柔然の不意をつくこととなる。さすれば奴らは散り散りに逃げざるをえまい。この時期の馬は繁殖に忙しい。早々に馬を駆って逃げ出すことも叶わぬ。また、馬に与える水草も満足に抱えられれず逃げ出せば、すぐに馬たちも困窮し、その逃げ足も鈍る。かくて我らはこのひと遠征のみで、奴らを撃滅することが叶うのだ。この一手間にて我らは長期に渡る利益を得る。決して逃してはならぬ、千載一遇の好機なのだ。

 どうにも陛下の腰が重く、決断までに時間がかかったことにはやきもきとさせられたが、今、そのご聖慮も決し、陛下の御威光が、さらに広まらんとする計略が動き出したのだ。どうしてこれを止めだてしようというのか? 御身らの視野の狭さも、大概になされるがいい!」


こうして柔然討伐の軍が動き出した。


この軍役について、寇謙之こうけんしが崔浩に尋ねている。

「さてこの戦、いかに展開したものか。成算はあるのかね?」


崔浩は答える。

「天の時や形勢を見るに、勝利は疑いのなきこと。とはいえ諸將がまごつき、下手に周りに気を取られたならば、勝ちに乗じて徹底的に柔然を叩き切ること叶いますまい。そこが懸念点ではございます」




既罷朝,或有尤浩者曰:「今吳賊南寇而舍之北伐。行師千里,其誰不知。若蠕蠕遠遁,前無所獲,後有南賊之患,危之道也。」浩曰:「不然。今年不摧蠕蠕,則無以禦南賊。自國家并西國以來,南人恐懼,揚聲動眾以衞淮北。彼北我南,彼勞我息,其勢然矣。比破蠕蠕,往還之間,故不見其至也。何以言之?劉裕得關中,留其愛子,精兵數萬,良將勁卒,猶不能固守,舉軍盡沒。號哭之聲,至今未已。如何正當國家休明之世,士馬強盛之時,而欲以駒犢齒虎口也?設令國家與之河南,彼必不能守之。自量不能守,是以必不來。若或有眾,備邊之軍耳。夫見瓶水之凍,知天下之寒;嘗肉一臠,識鑊中之味。物有其類,可推而得也。且蠕蠕恃其絕遠,謂國家力不能至,自寬來久,故夏則散眾放畜,秋肥乃聚,背寒向溫,南來寇抄。今出其慮表,攻其不備。大軍卒至,必驚駭星分,望塵奔走。牡馬護群,牝馬戀駒,驅馳難制,不得水草,未過數日則聚而困敝,可一舉而滅。暫勞永逸,長久之利,時不可失也。唯患上無此意,今聖慮已決,發曠世之謀,如何止之?陋矣哉,公卿也!」諸軍遂行。天師謂浩曰:「是行也,如之何,果可克乎?」浩對曰:「天時形勢,必克無疑。但恐諸將瑣瑣,前後顧慮,不能乘勝深入,使不全舉耳。」


(魏書35-18)





呂氏春秋とか淮南子とか、マジでこのひとの殴り方やばいですね。「どうせお前らこの辺の知識もろくにねえんだろ? 俺が何から引用してるか分かるか? 分かんねえよな? 雑魚雑魚雑ぁ〜〜〜魚www」って感じがして最悪で最高です(被害妄想)。

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