使いっパシリのゾルゲさん
ゴエモン
1パシリ 使いっ走りのゾルゲさん
「以上じゃ。ゾルゲは引き続き王都で内偵を進めてくれ」
「かしこまりました」
軍議を終えたゾルゲが退室するべく手短な挨拶を済ませ席を立とうとすると同席している者から声がかかった。
「ね〜ゾルちゃん、また人間界のコスメお願が〜い。新作あったらそれもぉよろしくぅ」
漆黒のドレスを身に纏いゾルゲに背後からもたれかかり耳元でささやく肉感的な美女は魔王軍十二将軍の一人、序列四席無限の魔力を持つ『不死のヴェラ』。闇に溶け込む深く艷やかな黒髪が肩を撫で、耳たぶを指先でいじられ、顎をくすぐられ、語りかける妖艶な声で本能を刺激されない者は性を問わず存在しないだろう。
「え、ま、またですか……もうキリが、ないじゃないですか……」
そんな誘惑もどこ吹く風か、全く意に介すことなくゾルゲはうんざりした面持ちで振り返ることなくため息と共に言葉を吐き出す。
「知らないの〜? 女の子はコスメいくらあってもいいんだぞ。色んなの楽しみたいし〜、季節だけじゃなくぅ、その日の気分で変えたりするし。それに〜人間界のコスメだけなの、私の肌に合うの。だ、か、ら、宜しくね♡」
言いたいことは終えたと音だけのキスを頬にあて、次の者にバトンを渡して身を返す。
「あたしはバッグね! この前のバカレンシアとかボッタクリニカとかイマイチだったから、やっぱりガテンでしょルイ・ガテン、あれが安定感あるかな」
座するゾルゲの懐に飛び込み、両目を輝かせ膝の上でキャピキャピと甲高い声でバッグを要求する主は、まだ少女といってもさしつかえないくらい、淑女にはまだもう二、三步という幼い見た目、身体の線を強調する───というより露出した面積の方が生地より遥かに広い───服ともいえない服に身を包む? のは魔王軍十二将軍、序列六席『淫魔のリリー』。スレンダーなボディラインにショートボブの桃色ヘアー、ハートマークがついた尻尾に見た目快活なイメージをもたらす持ち主は、一睨みで一個小隊を骨抜きにする魔王軍きっての魅了の能力者。不死のヴェラとは師弟でありながらも姉妹のように仲が良い。
「ルイ・ガテンたっかいんですけどねぇ。そんなポンポン買えるもんじゃないんですけどねぇ」
怪しく光る魅惑の瞳で両目を見つめられながらも鼻の下一厘たりとも伸ばすことなく、どうせ言っても無駄だろうけど言わないことには気がすまないのであきらめの面持ちで述べる。
「だって私人間のお金なんて持ってないんだから。ね、お、ね、が、い♡」
そらきたと、いつもこうだ、と思うより早く、快活で淫らな少女はゾルゲの座る椅子を蹴り上空でくるりと身を翻す。小ぶりで腰元から生えた蝙蝠に似た可愛らしい翼がゾルゲの鼻をくすぐる。
「おうゾルゲ! 相変わらず最前線激戦区に来ないで女のパシリとはいい御身分だな! 俺はこの前の麦酒を大量だ! 持てるだけ持って来い!」
次は自分の番だとばかりに平屋の木造住宅を見下ろせるほどの巨漢が大蛇を巻き付けたかのごとく首周りをキメてくる。裸絞というやつなのだろうが、その剛腕にゾルゲの頭は埋もれ圧殺機にかけられているのと同じだ。側部から突きでる水牛の数倍はあろうかという一対の角を振り回し、猛々しい声を耳にぶつけてくるのは十二将軍序列五席『鬼王のゴリアテ』。魔界随一の腕力は巨木を振り回し重武装の騎士団を、箒で埃をはくよりも軽くひと薙ぎにするほどである。
「へへ、すいません、吾輩弱っちいもんで。最前線だなんてとてもとても、ってゴリアテ様この前麦酒いつでも飲みたいから部下に作らせるって言ってませんでした?」
ギリギリと頭を締め上げられ声どころか呼吸も体液の巡りさえもままならなくなるはずが、平然とへりくだった物言いで返す言葉は明瞭に聞き取れる。
「駄目だ不味い。人間界の麦酒飲んだら他のは飲めねえな。当分頼むぞ」
「ええ……」
ヘッドロックをキメられたまま、ゾルゲの真横にフワリと立つ者は人間の少女に見える。金色に燃え上がる豊かな髪と赤熱に輝くゴシック調のドレスが眼前で舞う。ペコリと頭を下げて微笑む姿を見たのが人間ならば、天界より舞い降りた使者と形容するだろう。
「私この前のフワフワしたお菓子食べたい!」
「いや、もう、それはもちろんドラコ様のは何があっても必ずやご用意しますとも!」
「ありがとうゾルゲのおじちゃん!」
「(ホンっとこの子は癒しだなぁ……)」
天使の微笑みに幼い声、両手で包み込むように左手を握ってくるのは、龍王の娘『龍姫ドラコ』。人間であるならば天体が一周りするほどの年嵩だろうか。愛らしい見た目だが親をも凌ぐ実力の持ち主で十二将軍序列三席。その身体からは鋼さえも溶解させる高熱を自在に発することができる。もともとこの子に王都からお土産にフワフワと口の中でとろける甘いお菓子を買ってきたのを、ヴェラとリリーに見つかったのがこの買い出し祭りの始まりだったのをゾルゲは忘れない。
それからもあちこちから、服が欲しいだ、宝石が欲しいだあれやこれやと注文がゾルゲに入る。
ヘッドロックから抜け出しヘラヘラと笑いながら、懐からとりだした黒い革張りの帳面に指先から出した魔力をインクに変換し書き連ねていく。
「皆の者、いいかげんにせんか。ゾルゲは人間界の潜入調査に行くのだぞ。遊びではない」
石化した古代木が白鼠色の光沢を放つテーブルを挟んで、ゾルゲの向かいから威厳ある周りを諌め声を張るのは魔王軍十二将軍を統括する魔王の側近であり参謀、序列首席『死霊王のブリコス』。即身仏(ミイラ)と化した身を豪奢な法衣で纏ったその姿は一見本物の聖職者と見紛うが、滲み出す邪悪な圧は他の追随を許さない。古今東西あらゆる魔術に精通してると噂されるが、何より恐ろしいのは死者操る能力であり、その能力を用いればブリコス単身で城一つを容易く落とせるといわれている。
「ブ、ブリコス様。ありがとうございます」
「うむ、ワシは本だ。ジャンルは問わぬ。彼奴等の想像力は実に興味深いでな。あればあるほどよいぞ」
「そうくるのぉ……」
ブリコスより最も遠い位置に座すとはいえ、耐性なき者であれば伽藍堂の空虚なる眼力に全身で死に直面すると同義の恐怖に射すくめられて寿命を削る。しかしゾルゲのぐったりヘコヘコしながらの通常運転は変わることがない。
「ブリコス殿まで注文されるのか」
「ワシは人間の研究のためじゃ、他の奴等と一緒にするでない」
冷めた口調でツッコミをいれるのは、ブリコスが魔王の右腕ならこの者は左腕。人の身でありながら魔王軍十二将軍序列次席に登り詰めるほどの剣の腕を持つ『魔剣のアシュラン』。
「ゾルゲ殿、もう早く行かれるがよろしい。これではただの使いっ走りだ。なんのために人間達と戦争してるのかわからん」
黒鉄の鎖を繋いだ帷子に黒地に紅のダンダラ模様の陣胴服を羽織った、彼にしては軽装の姿で席を立つと───いつの頃からか慣例として軍議やそれに準ずる話し合いの際集まるようになった広間───を後にした。硬質な黒光りする床を踏みしめるたびにそれに合わせて室内にシャン、シャン、と静かに鳴る音は、彼が背負い持つ魔剣の囁やきだという。
「 “使いっパシリのゾルゲ” ってなんか新しい二つ名できたんじゃーん! 」
“使い走り”に反応したのか淫魔が悪戯っ子となってゾルゲに迫る。しかし、その魅惑的な瞳の魔力はチラチラと黒騎士に視線がそそがれていた。
「それ、二つ名でもなんでもなくてただの職種じゃないですか! それも一番底辺の!」
「実際一番下なんだしぃ。あ、ついでにポーチもお願いしよっな〜」
「リリー殿」
「あ、はい、ごめんなさ〜い」
アシュランの静かな一喝でようやく周りの熱が冷め、引いていく空気となった。ただ、叱責されたリリーだけは自らを窘めた者に向かって見ただけで赤熱する視線を黒騎士に向けていた。
「かたじけないアシュラン殿。それでは吾輩はこれにて」
胸元から赤いポケットチーフが覗く黒い襟の淡い青のダブルボタンに白いフォーマルスーツを着込み、白いドレスシャツに紺のリボンタイ。濃紺のストールは首に巻き、礼装用の白い手袋をはめ、虹色のパラソルを片手にした、ひどく飛び出た鉤鼻に長耳。片目に歪なモノクルが光り、頭髪をオールバックにした老齢な男は、仰々しく虹色のパラソルを一振りしてバサリと開く。
「晴れた日は日傘でお散歩術【パラソルテレポート】」
パラソルが内側を吸い込む様に沈むと、パサリと地面に落ちたパラソルもまた、徐々にその像を薄くしていき、遂には元からそこにはなにもなかったかのようにスゥと消えたのだった。
パラソルが消えた床を見て、骨と皮だけになったその顔をなでながらブリコスは、 “フム” とカキコキ乾いた音をたて首をかしげるのだった。
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