5-9 写真家人生のはじまり
季節は初秋を迎えていた。僕は、山田写真館でのバイトを続けながら、個展の開催日まで展示作品の準備に追われていた。
個展は十月の第二週目、八日土曜日から、二十二日金曜日の四日間に決まった。
僕はこの間に、撮り溜めていた空の写真を整理して、出来の良い写真を二十点選んだ。大きさは四つ切りワイドが多く、A3判も二枚プリントした。意外に額代がかさんだので、余り大きくできなかった。B2判も考えたのだが、出力ショップの料金よりも、額にお金がかかりすぎるので止めた。
お金はバイト代を貯めていたものがあったのだが、来年大学を卒業したら、自動車を買う予定だったので、少し予算を切り詰めた。自動車は、香子姉さんの勤めているディーラーから、買う予定になっていた。軽自動車にするつもりだった。
個展の前日に、カフェの搬入があり、香子姉さんに車で作品を持って来てもらう予定になっていた。
そして、個展の開催日がやって来た。その日、僕は「カフェ・ルーブル」に自動車で乗りつけた。
「こんにちは」
「あら、カナタ君、いらっしゃい。今日から展示だものね」
「二週間、宜しくお願いします」
僕は中谷店長に頭を下げた。中谷店長が、にこやかに口を開いた。
「何もすることがないかも知れないけど、頑張ってね。お友だちは誰か来る?」
「何名か来てくれることになっています。初めてで本当に緊張しますね」
僕はそれから、カフェの奥の席で雑誌を開いた。レモネードを注文し、誰かが来てくれるのを待った。
「今日は、個展おめでとう、カナタ」
くるみだった。開店から三十分位経った、土曜日の正午のことだった。
「くるみ、来てくれて本当にありがとう。ゆっくりと、展示を見ていってね」
「そうするわ。わ、この写真キレイ……」
僕の展示は「CLOUDY〜自由の空〜」というタイトルにした。名前は「曇り」なのだが、晴れている風景も多かった。くるみは、ひとつひとつゆっくりと鑑賞し、少し後ろに下がったり、近づいたりしてじっくりと味わってくれた。
「カナタ、夢が叶って本当に良かったね」
「ありがとう。くるみが一番最初のお客さんになってくれて、本当に嬉しいよ」
僕ははにかんで、やっとそれだけを言った。
「こんにちは」
入口の方から、声が聞こえる。
「サヤカさん?」
「本日は、おめでとうございます」
アナログカメラの現像を良く頼みに来る、「マキ サヤカ」さんだった。余り話したことは無いのだが、今回個展をすることを伝えたら、来てくれたのだ。
「誰よ、もう。ちょっとカナタ、紹介してよ」
「ごめん、ごめん。こっちが山田写真館によく来てくれるサヤカさん。フィルムカメラが得意なんだ。サヤカさん、こっちが僕の小中学校の同級生のくるみ。今回の個展のキッカケをくれた恩人なんだ」
僕は簡単に二人を紹介した。
「はじめまして、くるみさん。カナタさんにプリントしてもらうと、上手に撮影 できたような気がするんです。どうぞ、宜しくお願いします」
サヤカさんが、微笑しながら、右手を差し出した。くるみがその手を固く結んだ。
「くるみ、です。こちらこそ宜しくね。カナタとは、長い付きあいなのよ」
それから、両親と香子姉さん、そしてテツローと山田社長夫妻も来てくれた。ぼくは、こんなに温かい人たちに囲まれて生きていることに感動した。
人と人が会う時には、口実がいる。それはデートであったり、旅であったりする。個展も口実の一つであった。その時に、話題の中心となることが、これほど楽しく、嬉しく、大変であるとこを、僕は身を持って知った。
−−写真は見てもらって初めて価値が出るものなんだ。
卒業アルバムの写真を撮影した時の、テツローの言葉を、僕は思い出した。
「撮る」だけでは、写真は完成しない。見てもらうことで、写真は本当の価値を得るのだ。
−−好きこそ、ものの上手なれ、よ。
それが僕の「写真家人生」のはじまりなのだった。
恋カメラ 第五章 履歴書の証明写真 (結)
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