1-4 自分の道

 一月の末、僕はリビングで、香子姉さんと話しをしていた。香子姉さんは、僕の二つ年上で高校三年生。受験を控えており、毎日、受験勉強に明け暮れていた。受験勉強は、受ける大学が美大なので、英語と小論文とデッサンが中心だった。だから、香子姉さんは、毎日放課後にデッサンの練習を重ねていたのだった。

 今日のような日曜日には、少し勉強に休みを入れて、リビングでゆったりと過ごすことが多かった。


「カメラ同好会には、来年の四月から入ることにしたんだ」

「そうね。来年からスタートなら、新しく入部して来る人もいるかもね」


 香子姉さんは車が好きで、いつか自分の車を造ってみたいと語っていた。

 カーデザイナーというのだろうか。僕は余り詳しくないのだが、イタリアのメーカーでは、粘土のようなものを削って、車のデザインを造るらしい。最近は全てコンピュータでできるようになったらしいのだが、自分でデザインした車に乗るのが、香子姉さんの夢だという。


「香子姉さんは、なぜ車が好きなの?」

 時々、僕はそんな問いを香子姉さんにぶつけるので面白がられるのだった。


「なぜって、カッコイイからよ。車を見るだけでドキドキするの」

「そうなんだ。僕は可愛い車の方が好きだけどね」

「ミニクーパーとか? それは好みの問題ね。ところで……」

 香子姉さんは一拍置いて、話を変えた。

「ところで、彼女できたでしょ」

 僕は唐突な問いに、ビクリとした。


「彼女じゃなくて、友達だよ」

 僕は慌てて取りつくろった。

「あらぁ、良いわね。何て名前?」

「三上美希さん、っていうんだ」

 香子姉さんがしつこく聞いてくる。

「何の趣味が合ったのかしら? 何をしているなの?」


「……小説を書いているんだ」

「小説ねぇ。『高校生が異世界に転生して無双する』とか?」

「そういうんじゃなくて、もっと硬派な感じのものだよ。ピアノ弾きの少年が、生き別れた妹をさがす、って話なんだ」

「あら、真面目な子なのね」

「そうだよ」僕はいきどおった。

「ゴメンゴメン」

 香子姉さんは笑ってごまかし、お紅茶に口を付けた。

「まあ、カナタにはお似合いかもね」


「……ところで、カナタは受験どうするの?」

 香子姉さんは、クッキーをつまみながら訊いてきた。

「そうだなぁ。文系の大学に行くつもりだよ」

 僕も紅茶をすすりながらそう答えた。


「カナタは、将来何になりたいんだ?」

 父さんが突然話に加わってきた。父さんは今日、仕事が休みで家に居たのだ。

「……うん、まだ考えているんだ」


 僕は父さんの問いに、うまく答えられなかった。それは、僕がいつも考えてしまう、難しい問いだった。

「香子姉さんは、どうやって自分の職業を考えたの?」

「車が好きだから、何か車に関係する仕事がないか、調べたのよ。カナタは何か好きなものは無いの?」

「僕は……、ええと……」

 そのまま、僕は考え込んでしまった。

「僕は、今あまり好きなものが無くって…。でも英語や地理の点数が割と良いから、文化系の大学がいいかと思ってるんだ」


 僕は、曖昧あいまいな自分の未来地図が悔しくなった。僕にも何か夢があって、それに向かって走ることが出来たなら、どんなに楽しいだろうか。


 例えば、三上美希さんのように「小説家になりたい」という立派な夢は、何処へ行ったら手に入るのだろうか。

 それを見透かしたように、父さんは語った。

「焦らなくてもいいさ。『こころが動くこと』を気を付けて感じるんだ。『こころが動くこと』を自分自身で見つけるんだよ」


「そんなことを言ったって……。今の僕には、何もないよ」

「カナタ、写真は? カナタが自分で拓いた道じゃない」


「カメラか……。まだはじめたばっかりで、よく分からないんだ。確かに、楽しいケド……」

 僕は正直に言葉を重ねた。

「楽しいと思うことをすれば良いんだよ。自分に正直に生きるんだ。一番ダメなのが、『自分にウソをつく』ことさ」

 父さんは噛むように言ってくれた。強い言葉だった。重みのある言葉だった。


「写真なら、カメラマンとか写真家とか、充分食べていけるんじゃないかな? 私の受験する美大にも、写真科があったような気がするわ」

 香子姉さんは、そう言って紅茶を飲み干した。

「さぁ、小論文を書く練習をしなくちゃ。カナタも、『自分さがし』を頑張ってね。すぐに見つかるといいわね」

「ありがと、姉さん」

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