第98話 好い人

「おっ!」


 テーブルが並んだ飲食スペースに移動すると、目を引く深紅のローブが視界に飛び込んできた。オディロンだ。久しぶりの親友の再会にテンションが上がる。


「よぉ、オディロン!」


 片手を上げてオディロンの名を呼ぶと、立派なヒゲを蓄えたクマみたいな顔のオディロンがこちらを向く。


「よお、お前さんか。やっとダンジョンから帰ってきたのか?」

「おう」


 オディロンと拳同士をくっつけて、お互いの壮健を祝う。


「また長期間ダンジョンに潜っていたのだろう? 今回は何日潜ってたんだ?」

「今回は12日だな」

「まったく、そんなに長期間ダンジョンに潜るなんて、お前さんぐらいじゃぞ? 他の奴じゃあ物資が枯れるか、神経がイカレちまうだろうよ」


 物資が枯れるというのはありえるだろうが、神経がイカレちまうなんて言い過ぎだな。現に、オレが今までパーティを組んできた奴は、皆、大丈夫だった。


「まぁ、それくらい追い込むから、お前さんのパーティの成長はバカみたいに早いんじゃろうが……」

「バカとはひでぇな。ちゃんとダメになる一歩手前で止めるし、この方が効率がいいんだよ」

「その見極めが普通はできぬのじゃがなぁ……」


 オディロンが遠い目をしてオレの顔から目を逸らした。オディロンはこう言うが、オレはなにも特別なことなんてしていない。オレのギフトのおかげで、普通よりも長い時間ダンジョンを攻略できているってだけだ。


「ほう。今日は嬢ちゃんたちも連れてきたのか」


 オレの顔から逸らされたオディロンの視線が、オレの後ろに居たクロエたちへと辿り着いた。後ろから、クロエたちが緊張したようなピシッとした空気が伝わってくる。


「そんなに緊張しなくていい。気の好い奴だからな」

「貴方にとってはそうでしょうけど、私たちにとっては雲の上の人よ……。久しぶりになるかしら? “岩砕き”のオディロン」


 クロエたちを代表して、イザベルが口を開く。その顔はお面のように固まり、声は震えていた。本人の言通り、ひどく緊張しているらしい。よく見れば、足が震えているのか、黒のドレスのスカートが、小刻みに揺れていた。


「そんなに心配せずとも、アベルの女に手を出したりせんわい」

「ッ!?」


 オディロンなりの冗談なのだろうが、イザベルはひどく動揺したように息を呑む。なんだかこれじゃあ、オレが本当にイザベルに手を出してるみたいじゃないか。


「おいおい、オディロン。オレはパーティメンバーに手を出すような節操なしじゃねぇぞ? そんなことしたら、パーティ解散待ったなしじゃねぇか」

「なんじゃ、本当に手を出しとらんのか? お前さんは意外と奥手じゃからなぁ……」

「そういう意味じゃねぇよ」


 オレ以外女のパーティなのに、オレが誰か一人に手を出したら、絶対にギクシャクするじゃねぇか。いや、そもそもの話、手を出すって言われても、相手はクロエと同い年の少女だぜ? オレが手を出そうとしても、まず相手からお許しが出ねぇよ。


 まだ成人したばかりの夢も希望もある少女たちだ。何が悲しくて、こんなおっさんに体を許すというのか。


 たぶん、もっと若くてかっこいい男が好きに違いない。


 もしかしたら、オレが知らないだけで、交際している相手が居てもおかしくないからな。


「え……?」


 オレの口から情けないほど間抜けが声が漏れた。オレが知らないだけで、クロエにも交際相手がいる可能性が頭を過ったのだ。


「くっ!?」


 クロエに交際相手だと!?


 誰だ? 相手は誰だ?


 とっさに“ショット”の構えを取りそうになる自分を無理やり押さえつける。


 クロエに交際相手が居るかもしれない。そのことだけで、オレは冒険者ギルドという人の密集地で衝動的に“ショット”を放ちそうになっていた。


 オレは、真摯な叔父さんを目指している。


 オレ自身がクロエと結ばれる邪な未来を望んでいるわけではない。


 クロエには、幸せになってほしいと心から望んでいる。いつか、クロエにも良い人ができて、結婚する未来がくることを願ってはいるのだ。


 オレは、べつに女の幸せが全て結婚に集約するとは思わない。だが、オレ自身が結婚をしていないからか、結婚には幸せな幻想を抱いている。


 オレが心からクロエを託すに足る相手。そんな相手が現れれば理想だが……。どこの馬の骨とも知れない女を不幸にするタイプのクズ男が相手ならば、クロエのためにも処分しなければ……!


「ふぅー……」


 オレは意識して深く息を吐き、頭の中の妄想も一緒に吐き出す。


 まだだ。まだクロエに交際相手が居ると決まったわけじゃない。落ち着くんだ、オレ。


「突然呻いたかと思えば、急に殺気立って……。どうしたというんじゃ? 悩みがあるなら聞くぞ?」


 気が付けば、オディロンが心配そうな顔を浮かべてオレを見ていた。そうだな。傍から見たら、オレは挙動不審者かもしれない。オレはクロエの叔父なのだ。オレがしっかりせねば、クロエも安く見られてしまう。気を付けねば。


「いや、なんでもんねぇよ。オレの話はいいんだ。それよりも、いい情報はないか? しばらくダンジョンに潜りっぱなしだったから、情報が腐ってやがる。礼ならはずむぜ?」

「うむ……」


 オレは妄想を完全に断ち斬り、オディロンに問う。すると、オディロンはなにか言いづらそうにオレの顔とクロエたちを交互に見始めた。


 おそらく、クロエたちには聞かせられない暗いお話があるのだろう。

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