第68話 松明
ティウンッ!!!
その独特な発射音を響かせて、イザベルの精霊魔法が現実を塗り潰す。発現するのは、石の短槍による暴虐だ。強い風を巻き起こし、発射された後には、ただ白い煙が一本たなびくのみ。イザベルのストーンショットが、確実にオオカミを屠った証だ。
「ッ!?」
突如として目の前から消えたオオカミの姿に、エレオノールが息を呑んだ音が聞こえた。あれだけの威力の魔法を間近で見たのだ。驚くのも無理は無いのかもしれない。
ドスッ!
後に残ったのは、エレオノールの左足に噛み付いたオオカミのみ。そう思っていたら、突然オオカミがエレオノールの左足から口を離し、天を見上げるように上体を起こす。
そして、次の瞬間にはオオカミは白い煙となって消えていくのが見えた。
突如として起こったオオカミの突然死。その犯人は、オオカミの残した白い煙の向こうから姿を現す。
念入りにツヤ消しを施された黒のピッチりとしたボディライン。必要最低限の箇所のみ革で補強された身軽な軽装鎧。顔の下半分を覆う黒のマフラーの上には黒曜石のような黒い瞳が光っている。クロエだ。クロエが、相棒の黒いスティレットを突き出した姿で姿を現した。
今の今まで、エレオノールがピンチに陥っても飛び出すのを耐え、冷静にオオカミの意識から逃れ、背後に回り込み、致命の一撃を繰り出したのだ。
オレはそのクロエの姿に満足感を覚える。仲間の危機にも動じず、冷静に自分の仕事を為す。口にするのは簡単だが、なかなか為すのは難しい。動揺して気配を隠すことができなくなり、敵に見つかってしまうケースというのは、わりと多いのだ。
仲間の無事を、その実力を信じる必要がある。クロエは、エレオノールを信じ抜いたのだ。
「エル! 大丈夫?!」
「ええ。助かりました……」
クロエがエレオノールに手を伸ばし、エレオノールはクロエに引っ張られるようにして立ち上がる。エレオノールの顔は、戦闘に勝ったというのに暗く曇っていた。
まぁ悔しいだろう。エレオノールは確かに仲間の為に時間を稼ぐことには成功したが、個人の戦闘はボロボロだった。もう少しでも味方の攻撃が遅れていたら、エレオノールは為すすべなく殺されていただろう。
そのことは、エレオノール自身が一番よく分かっているはずだ。
この悔しさをバネに奮起してくれればいいんだが……。最悪なのは、エレオノールが恐怖で動けなくなることだ。実際に殺される一歩手前までいったからな。今は助かった喜びと、なにもできなかった悔しさの方が大きいかもしれないが、死に直面した恐怖というのは、心に染みのように残り続ける。その恐怖に打ち勝ってくれればいいんだが……。
オレも十分にケアする必要があるが、こればかりはエレオノール自身に乗り越えてもらうしかない。
エレオノールはパーティの盾であるタンクだ。パーティメンバーの誰よりも死の危険が付きまとう危険な立場であることは変わりはない。
オレは、エレオノールの心に勇気の炎が芽吹くことを願っている。
「よーし、戦闘終了だ! お前たちよくやったな!」
オレは敢えて明るい声を出してクロエたちを労った。実際によくやっていると思う。『五花の夢』のメンバーにとって、今日が初めてのレベル3ダンジョンだが、不安要素はありつつも、攻略を進められているのだ。
特にいい働きをしているのが、ジゼルとリディだ。正直な話、最初はエレオノールの居ないパーティの右側を守り通すことできるのか不安だった。しかし、フタを開けてみれば、ジゼルとリディの働きによって、危なげなく敵を殲滅できている。
リディがさすまたでオオカミを捌いている間に、ジゼルがオオカミとの一対一に勝利する。そして、残ったオオカミを二対一の数的有利を活かして倒す。まだ二回目だが、早くもオオカミ戦のコツを掴んだようだ。
「皆でアイディアを出し合った松明もいい仕事をしたんじゃないか? オオカミたちの注意は前衛に向いていたし」
オレは、イザベルの持つ松明を見ながら言う。確かに森林型ダンジョンである『白狼の森林』は、木々の葉に日光が遮られて薄暗いが、松明を必要とするほどではない。
では、なぜ松明を使うのか。
それは、敵の注意をエレオノールに向けるためのアシストをするためだ。
どうすれば、エレオノールに敵の注意を向けられるか。皆で話し合った結果出てきたのが松明だった。獣は火を恐れる。それは、ダンジョンのモンスターであるオオカミでも変わりはない。
エレオノールを更に目立たせる方向ではなく、松明の火でオオカミを遠ざけようという作戦である。まだ一回しか試していないからなんとも言えないが、上手く機能するなら今後も取り入れていきたい。
「エレオノールもよく頑張ったな。よく敵の注意を引き、反撃に転じるまでの時間を稼いだ」
「ですが……」
オレの言葉に、エレオノールが悔しそうに俯いてしまう。オレは、エレオノールが泣いてしまうのではないかと心配になってしまった。
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