第64話 オオカミ

「GArurururururururururururururururururururu」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」

「GUaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


 右前脚を失ったオオカミが、その大きな牙を剥き出して唸り声を上げる。それに呼応するように残った三体のオオカミが、イザベルを中心に置いた前方集団に襲いかかった。


「はぁあ!」

「ぐぬっ!」


 左に展開するエレオノールは、二体のオオカミを押し留めようと前に出る。


「なっ!? くっ!」


 しかし、エレオノールに真っ直ぐ向かっていたオオカミたちは、エレオノールと衝突する直前で、まるでフェイントをかけるようにサイドステップを踏むと、エレオノールを避けて、悠々とその横を通過する。


 完全にエレオノールが抜かれてしまった。エレオノールはパーティの守りの要。エレオノールが抜かれてしまうと、パーティの中で一番防御力の低いイザベルが、敵の脅威にさらされてしまうことになる。これはマズい。非常にマズい事態だ。


「トロワル! 放ちなさい! ストーンショットッ!」


 チュドンッ!!! ドゥオンッ!!!


 爆発音のような音が二回響き渡り、イザベルに迫るオオカミ二体のオオカミの内、右の一体が跡形も無く消し飛ぶ。


 イザベルが待機させていた石の槍が高速で発射され、断末魔を上げる暇を与えないほど刹那の時間でオオカミを瞬殺したのだ。相変わらず、イザベルの精霊魔法の威力は素晴らしい。今のままでも高レベルダンジョンで通用するほどの威力を秘めている。


 しかし、その威力に反して連射性は最悪だ。既にストーンショットを放ってしまったイザベルに、残ったオオカミを撃滅する手段は無い。


 オレは、左手をイザベルに迫るオオカミに向けながら収納空間を展開する。オレの手のひらの向こうに、光さえも反射せず、現実味の薄いどこまでも落ちていきそうな黒い穴が出現する。


 収納空間の中に眠る発射済みのボルトの残数は、1000を超える。オオカミを消し飛ばすなど、造作もない。


 しかし、オレは敢えてボルトを射出せずに見守っていた。リディの動く姿が見えたのだ。


 リディは駆ける。


 地面に敷かれた腐葉土の厚い絨毯に翻弄されながらも駆け抜け、必死にその手をオオカミへと伸ばした。


「お姉、さまっ!」

「GYAU!?」


 獰猛なオオカミの爪がイザベルに届く間一髪といったところで、リディの持つ得物がオオカミの首へと届いた。長い柄にの先端に、ひの字を描く刃が光る奇妙な武器。さすまたと呼ばれる主に殺傷能力よりも、捕縛能力に重きを置いた武器の一種だ。


「んっ……ッ!」


 イザベルに飛び掛かるオオカミの軌道が、横からのリディの突撃を受けて、イザベルの右へと逸れた。危ういところで、イザベルはオオカミの魔の手から脱することに成功した。


「GUGAA!?」


 イザベルにその爪を突き立てるまで、あとちょっとのところまで迫ったオオカミが、リディの操るさすまたによって地面に叩きつけられた。


 オオカミの首に喰い込んだひの字を描くさすまたの刃が、オオカミを地面に縫い付ける。


「GAUGAU!」

「んーっ……!」


 オオカミが暴れるほどに、さすまたの刃がオオカミの首に喰い込み、オオカミの首から白い煙が上がり始めた。リディは暴れるオオカミの力に飛ばされそうになりながらも、その小さな体で、懸命にさすまたでオオカミを地面に繋ぎ留める。愛しのお姉さまを護るためにリディは本気だ。


「そのまま確保をっ!」

「んっ……!」


 エレオノールが、リディによって地面に縫い付けられたオオカミの頭に向かって剣を振り下ろす。


「GYAU!?」


 エレオノールが二度、三度とオオカミの頭に剣を振り下ろすと、オオカミは白い煙となって消えた。ようやく倒したか。


 エレオノールがオオカミを屠ると同時に、右手でも白い煙が二つ上がるのが見えた。ジゼルとクロエが、一体ずつオオカミを倒したのだ。


 オレは左手のエレオノールたちを見守りつつ、右手のクロエたちも見守っていた。ジゼルもクロエも危なげなく、オオカミを討伐することに成功していた。ジゼルは一騎打ちの果てにオオカミを倒し、クロエは不意打ちでオオカミを屠ってみせた。


 クロエとジゼルには、合格点をあげてもいいだろう。問題は、エレオノールか……。二体のオオカミを素通りさせてしまったのは、大失態だ。


「おっつおっつー!」

「やった! 勝てたわ!」

「とりあえず終わったわね。後続の敵襲がないか警戒しなさい。怪我人は居るかしら?」

「あーし、爪で引っ掻かれちゃった。ちょー痛い!」

「リディに治してもらいなさい。リディ、お願い」

「んっ!」


 エレオノール本人も分かっているのだろう。戦闘に勝利したというのに、エレオノールは皆の輪の中には入らず、浮かない顔をしていた。


 エレオノールは、極力目立つようにピカピカの鎧を着て、真っ赤なマントまで羽織っている。本人もモンスターの注目を集めようと対策をしているのだが、それでもオオカミに素通りされてしまった。


 なにか更に対策を考える必要があるな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る