第48話 アベるん

 夜。


 宝具“極光の担い手”の揺らぎの無い太陽のような光に照らされ、オレはギコギコと歯車を回す。そして、ボルトをセットすると、ヘヴィークロスボウを構える。


 ボゥンッ!!!


 まるで猛獣の咆哮のような風切り音が辺りに響き渡る。オレにはもう耳馴染みとなったへヴィークロスボウの発射音だ。


 ヘヴィークロスボウから発射された、キールに特注したぶっといボルトの向かう先は、まるでそこだけ四角く切り取られたように、闇の中にあってもなお黒く、暗い空間。


 飛翔したボルトが、四角い闇に呑まれたように、消える。


 そして、オレの収納空間にボルトが追加された感覚がした。


 このボルトは、ただのボルトじゃない。飛翔した状態で収納されたボルトだ。コイツを収納空間から吐き出すと、ヘヴィークロスボウで撃たれた威力そのままに、モンスターを撃ち砕く。


 オレの新しい戦術“ショット”。その中核になる部分だ。


 “ショット”。


 収納空間に収納したヘヴィークロスボウで撃ち出したボルト。そのボルトによる連射、一斉射だ。


 今まで、ヘヴィークロスボウでの一発しかなかったオレには、画期的な攻撃手段。その破壊力は、昼間のダンジョンで、20体近いゴブリンたちを一掃できたことからも明らかだ。


 ヘヴィークロスボウ自体、高レベルダンジョンでも通用する化け物みたいな威力を誇っている。その一斉射が弱いわけがない。


 “ショット”を活用するには、今オレがしているみたいに、事前にヘヴィークロスボウでボルトを撃って、収納空間に飛翔済みのボルトを収納しておく必要がある。


「ういしょっと……」


 オレは、ギコギコとヘヴィークロスボウの巻き上げ機を回し、ボルトをセットする。たしかに地道で疲れる作業だが、そんな苦労を苦労と感じないほど“ショット”の威力は圧倒的だった。


 この力があれば、オレはただの荷物持ちを卒業できる。今以上にパーティに貢献できる。“ショット”は、そんな確信を抱かせるに足る能力を秘めていた。


 しかも、この収納能力は、防御にも転用できる。飛んできた敵の矢などの遠隔攻撃を、収納空間に収納してしまうことができるのだ。


 “ショット”の威力に比べると、たしかに霞んでしまう部分かもしれないが、これも非常識なほど強力な能力だと思う。


 なにもできなかったオレに、攻撃能力と防御能力という新たな芽が出てきた。この芽は、大切に育てていきたい。


 そういう意味では、オレもクロエたちと同じ初心者冒険者と変わらないな。


 オレはヘヴィークロスボウを構えると、狙いを四角く区切られた闇へと狙いを定める。


 ボゥンッ!!!


 唸るような風切り音と共に発射されるボルト。ボルトが収納空間に呑まれる感覚に満足感を覚え、オレはまたギコギコと巻き上げ機を回していく。


 今日だけで50発以上使ったからな。キールに作ってもらったボルトは全部で1000発。レベル2ダンジョンで50発以上使ったのなら、ダンジョンのレベルが上がるごとに、消費するボルトの数は増えていくだろう。


「こりゃ、1000発だけじゃ足りねぇかもしれねぇな……」


 オレの【収納】の容量は少ないからなぁ。他の荷物との兼ね合いにもなるが、もっと増やしてもいいだろう。


「アベるーん! さっきから何やってんのー?」


 ドンッと肩に軽い衝撃を受ける。それと同時に、微かに甘い匂いが、オレの鼻腔をくすぐった。


 チラリと肩を見ると、ビックリするほど近くにジゼルの顔があった。ここまで近くから見ても瑕疵の見当たらないきめ細かな肌。好奇心に輝く緑の瞳。そこに居たのは、紛れもなく美少女と形容してもいい一人の女性だった。


 いつも子どもように天真爛漫な、ともすれば幼い印象を抱きがちな、いつものジゼルとのギャップにクラクラする。一瞬、誰か分からなかったほどだ。


「……どうしたんだ、ジゼル?」


 早鐘を打ちそうな鼓動を押さえて、オレは敢えて平然と問いかける。しかし、次にジゼルの取った行動に、オレの鼓動は跳ね上がった。


「んーん? 何やってるんだろうと思ってねー」


 ジゼルが、まるで人に慣れた飼い猫のように、オレの頬に頬擦りしたのだ。


「ふふっ。じょりじょりー」


 オレの無精ヒゲの当たる感触が楽しいのか、ジゼルが柔らかく笑う。


 そんなジゼルの姿に、オレは、心奪われたかのように呆然とするしかなかった。


 ふと、ジゼルの緑の瞳がオレを見る。気が付くと、オレとジゼルは、お互いの吐息がかかる距離、もうキスでもするのかという至近距離で見つめ合っていた。


 そのまま、しばし見つめ合うオレとジゼル。ジゼルの瞳は、相変わらず面白さをにじませた輝きを放っていた。


 なんだか、先に瞳を逸らしてしまうと負けなような気がして、オレは半ば意地を張ってジゼルの瞳を見つめ続けていた。


 次第に、ジゼルの心なしかトロンとした緑の瞳に映るオレの姿が大きくなって……。


「ちょーい、ちょいちょいちょい! 二人とも何やってるのよ!」


 しかし、二人の重なりそうな唇は、乱入者によって引き裂かれた。


「クロエ!? いや、これはだな……」


 オレは、クロエの姿を確認した瞬間、弾かれたようにクロエの方を向いて、なぜだか言い訳のようなことを始める。


 いやいや、ヤバかった。姪と同い年の友だち相手に、オレは何やっるんだ!?


「ちぇー」


 顔の横からなにか聞こえたが、頭がクロエ一色に染まったオレには確認できなかった。




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