第2話 熱
「くそっ!」
思わず口から罵倒の言葉が零れる。踏み出す足も、荒々しく冒険者ギルドの床を踏み鳴らしていた。苛立ちを隠すことができないほど、オレの心はささくれだっていた。
こんな姿を見せては、ブランディーヌたちを喜ばせるだけだと分かっていても、抑えることができなかった。
「クソがッ!」
なんだってオレのギフトは【収納】なんだ。オレも戦えるギフトがよかった。そしたら、オレだってこんな思いを三回をせずに済んだ。
ギフトは神からの賜りものだ。自分で選べるようなものなんかじゃない。全ては神の御心ってやつだ。自分のギフトに不満を言うなんて、教会の連中に知られたらめちゃくちゃ説教されるだろう。だが、なにもこんな中途半端なギフトをくれなくてもいいじゃないか。
【収納】のギフトは、その名の通り、物を収納できるギフトだ。しかし、その容量は幾度もギフトを成長させたオレでも小部屋一つ分くらいに過ぎない。大きな豪邸をまるごと収納できるようなマジックバッグには逆立ちしても勝てはしないのだ。
幸い、ダンジョンでしか手に入らない宝具であるマジックバッグは希少品だ。だから、オレみたいなマジックバッグの下位互換みたいな奴でも、マジックバッグを持っていない奴らに重宝される。
だが、それもマジックバッグを手に入れるまでだ。
教会によれば、ダンジョンは神が人間たちに与えた試練らしい。その報酬にオレのギフトなんて掠んじまうようなマジックバッグがあるのは、なんだか納得できない事実だ。
【剣士】のギフトも【魔法】のギフトも、宝具によってその能力を強化されることはあっても、必要のない人材になることはありえない。【収納】のギフト持ちだけが宝具によって居場所を奪われる。
オレは冒険者だ。ダンジョンに潜り、宝具を見つけるのが仕事だ。今まで様々な宝具を見つけてきた。希少と呼ばれるマジックバッグも三度も発見した。
その三度とも、オレはパーティを追い出された。
なんだか自分のしていることが、ひどくバカらしく思えてきたのだ。オレは自分の居場所を失うためにダンジョンに潜ってきたのか。そんな被害妄想まで浮かんでくる。オレは、冒険者を続けるべきなのだろうか?
神様ってやつは、なんでマジックバッグなんて宝具を人に与えようと思ったのかね……。
『宝具とはいえ、タダの道具以下に成り下がった気分はいかがかしらぁ?』
ブランディーヌの言葉が、ふと頭を過る。
オレは惨めな気持ちを抱えたまま冒険者ギルドのスイングドアに手をかける。無意識に力を過剰に込めてしまったのようで、木製のスイングドアがミシミシと音を立てて歪んだ感触が指に伝わってきた。
気が付けば、オレは歯を食いしばり、全身が力んでいた。やり場のない怒りにも似た激情が、体の中で渦巻いているのだ。はらわたが煮えくり返るなんて言葉がエルフにはあるらしいが、まさに今のオレの状態を表すのに適しているように思えた。
「ふぅー……」
オレは努めて自分の体の中で荒れ狂う熱を吐き出していく。怒ったところで意味が無いことは分かっているのだ。しかし、冷静であろうとするオレの努力とは裏腹に、オレの思考は熱に浮かされたように、過剰に回り出す。マジックバックの撲滅計画まで立て始める始末だ。
ペキッ!
そんな思い通りにならない体にまで苛立ち、ついにはスイングドアを握り潰していた。
手のひらに感じる鈍い痛み。むしり取ったスイングドアの欠片が刺さっていた。
手のひらが熱さを帯びて、どくどくと脈打つ。それと同時に指先に感じるぬるりとした感触。幾度も覚えのある感触だ。
血と共に体を駆け巡っていた熱さも流れ出ていくような気がした。残ったのは後悔にも似た暗い感情だ。
「はぁー……」
先程の熱い溜息ではなく、今度は深く沈み込むような溜息が出た。まるで自分の体の中のものが吐き出されてしまいそうなほどの深い溜息。
オレはようやく冒険者ギルドのスイングドアを開け、王都の大通りへと出た。もう日が沈んでいるというのに、今日も王都の大通りはお祭り騒ぎのように騒がしい。
しかし、今のオレには、その喧騒がどこか遠いできごとのように、まるで実感が持てないでいた。
たくさんの明かりに照らされた大通りを、背中を丸めてトボトボと歩く。
「ははっ……」
我ながら、酷い感情の落差だと思う。そのことがおかしくて、自然と嗤いが零れた。
オレの心をここまで歪めたブランディーヌたちは、今頃、最高の絶頂だろう。その事実に、オレの心に暗い炎が灯る。炎はすぐにオレの心を飲み込んで、体では行き場のない熱の奔流が荒れ狂う。
「クソがッ……」
止めるんだアベル。お前はもっと冷静な判断ができる奴だろう? レベル8ダンジョンのボスと対峙した時だって、ここまで冷静さを欠いたことはないはずだ。 いつもとは様子が違う自分に必死に言い聞かせる。
「はぁー……」
口から熱い呼気が漏れた。この熱い激情も、オレ自身が折を付けないといけないのだろう。まったく、嫌になるぜ。
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