四者面談 2

 猫とカエルが完全に消えたところでヨハンとレズリーが部屋へと戻ってくる。

 ヨハンは部屋を退出させられたことに納得していないの不機嫌な顔で尋ねる。


「兄上、笑い声がしましたが? エマ嬢との話は楽しかったですか?」

「ヨハン、尋問はナシだ。エマに尋ねるのもナシだ」


 少しの間ロワーズとヨハンがにらみ合うと、レズリーが笑顔で言う。


「ヨハン様、団長とエマちゃんの内緒話は俺も気になるが……今は違法小麦粉のほうが先なのではないかと思います」

「ヨハン、エマが鑑定持ちということはすでに騎士を通して調べているだろ?」

「はい。兄上の側に急に現れた者を調べるのは当たり前ですので。ただ、まさか小麦粉の産地まで当てるとは驚きです」


 やっぱりヨハンはいろいろ嗅ぎまわっていたのか……想定内な行動だけど、やられる側としては気持ちいいものではない。


「あの粗悪品の小麦粉がリーヌ地域の物だという情報があれば、お前なら十分であろう?」

「場所の特定は大きいですね。しかし、エマ嬢は素晴らしい。私の下で働きませんか?」

「え? 嫌です」


 即答してしまう。


「ヨハン、エマはすでに私と契約している」

「では兄上、無期限でエマ嬢を貸して下さい」

「何を言っている。エマは物ではない。大体お前は今日中にもリーヌに向かうのであろう?」

「そうですね。では三日だけエマ嬢を貸して下さい」

「諦めろ」


 やめてほしい。諦めて欲しい。ロワーズはみんなの前で普通に私を呼び捨てしてるし、あの名前で呼び合うのって身内の前でもなの?

 ロワーズとヨハン双方ひかないやり取りが続き、ヨハンが私と視線を合わせ尋ねる。


「エマ嬢の許可があれば、兄上も認めますか?」

「ヨハンさん、ロワーズが言った通りもう諦めてください」


 そう言うとヨハンが止まり、レズリーが首を傾げる。


「エマちゃん、どうして団長を呼び捨てにしてるのかな?」

「そういう契約なので……」

「団長、どういうことですか?」

「レズリー、ここだけの話だがエマは表向き愛人として雇った。知っての通り、エマにはその魔力と鑑定で密偵など探し出す力がある。だが、その力が外に漏れるのは避けたい。ある程度は漏れるだろうが……魔力や鑑定はごく一部の者しか知らない。それで隠れ蓑として私の愛人役をやることになったのだ。今は慣れるためにも互いを敬称なしで呼びあっているだけだ」

「団長……」


 レズリーがロワーズを責めるように見る。


「そんな目で見るな。私も不本意なのだ。だが、逃した密偵もそう報告しているだろう。それに騎士たちの噂も止められない。止められないなら利用するしかない」

「確かにそれはそうだが……エマちゃんはそれでいいのか?」

「あくまでも契約なので、実際愛人でない限り大丈夫です」

「そうか……」


 レズリーは申し訳なさそうな表情を浮かべているが、私は正直、もう気にしていない。

 ヨハンが厳しい顔をしながら口を開く。


「兄上、その報告は父上とフェルナンド兄さんだけにしておいたほうがいいよ。マリー姉さんの雷は痛いって、覚えている?」

「肝に銘じておく」


 どうやらロワーズたちの姉は雷魔法使いで不誠実な男を嫌っているそうだ。すでに嫁いでいるらしいがロワーズとヨハンは小さいころに悪戯をして雷魔法を姉から度々食らったという。

 先ほどまでに変な空気が消えたところで、ヨハンが立ち上がり軽く礼をする。


「じゃあ僕は、早速ギルドで調べ物をしてリーヌに向かう。エマ嬢が心配なら……そうだ! レズリー副隊長も同行すればいいのですよ」


 あー、せっかく空気が和んでいたのにぶち壊された。


「エマに関しては行く必要を感じない」

「では、行く必要性があれば同行してもいいと?」

「現時点で同行する必要はあるか?」

「ないですね。でも必要があったら同行を許してくれるのですよね?」

「いい加減にしろ。もうこの話は終わりだ」


 ヨハンは悪い人ではないと思うのだが……性格が苦手だ。


「私は一緒にはいきませんから」

「そうですか……それなら仕方ないですね」

「はい」


 やっとどこかに行ってくれる。そう思っていると耳の真横でヨハンの声がする。


「ああ。そうだ。エマ嬢この白い粉は何かな?」

「ヒィ」


 いつの間にかヨハンに後ろに回り込まれた。テーブルには白い粉を出され、職質にあっている気分だ。


「それは、昨日作った片栗粉です。料理に使うため作ったものです」

「カタクリコねぇ。何から出来ているのだい?」

「ガスさんも一緒に作ったので、もうお聞きになっているのでは?」

「最近、別大陸から入ってきている芋と聞きました。エマ嬢はすでに加工や調理の仕方もご存知なのですねぇ」

「知っていますけど、故郷では珍しいものではなかったので」

「商業ギルドからこの芋は毒かもしれないって報告されているのだけど……どう思う?」

「取り扱いに気をつければ大丈夫ですよ」


 芋のことにそこまで詳しいわけじゃないですからと前置きをし、取り扱いや注意する点を説明した。


「詳しく知らないと言う割には凄い情報量を感謝します、エマ嬢。まだいろいろ尋ねたいのですが次回にします。それでは、兄上、レズリー副団長にエマ嬢。本日は準備があります故、失礼します」


 ヨハンが楽しそうにと笑いながら退室すると、私も少し間を取って退出した。


(疲れた)


 早く部屋に戻ろうと早足で向かっているとレズリーが追いかけて尋ねる。


「エマちゃん! もう一度、個人的に確認するのだが未婚なのに愛人役をやって本当に大丈夫なのか?」


 どうやら愛人は平民の間では珍しいようでレズリーには心配されているようだ。


「こちらでの愛人の定義をハインツさんにきちんと聞き理解しています。大丈夫です。心配して頂きありがとうございます」

「はぁ……分かったよ。何かあったら相談してほしい」


 そう言ってレズリーに手の甲にまたキスをされる。レズリー、好きだなこれ。私が本当の十九歳だったら舞い上がっていたのだろうか? 「ありがとうございます」と答えておいた。


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