マッスルが見たい
夕食時になるとハインツが天幕へとやってくる。
「エマ様。夕食はロワーズ様がご一緒にとのお誘いでございます。ご準備が終わりましたら、案内をさせていただきます」
「かしこまりました」
猫の言い訳も結局何を言っても無駄だと思ったので考えていない。嫌だと断りたかったが、世話になっている身なのでグッと堪える。シオンの身支度を始めるとハインツが言いにくそうに伝える。
「それが……本日は、エマ様のみでお越しいただくようにと申しつけられております」
「ア、ハイ」
ロワーズ、今日は何がなんでも私からいろいろと聞き出す気なのだろう。シオンはアンに任せハインツと共に天幕を出る。
ロワーズの天幕へ入ると、執務室にあるテーブルへと案内される。
「ロワーズ様。エマ様をお連れしました」
ハインツの言葉にロワーズは執務机で確認していた書類から顔を上げる。
「うむ。先に席へと案内してくれ、直に終わる。ハインツ、エマ嬢に何か飲み物を」
そう言うと、再び視点を執務机へと戻す。案内された席へと着き辺りを見渡す。以前は気にして見てなかったが、野営地というのに執務室の家具は豪華な造りで移動が大変そうだ。
ハインツから温かい紅茶を受け取り、それも飲み干した頃にロワーズが謝罪をしながら目の前に座った。
「待たせてすまない。ハインツ夕食を」
あれ? まさか今日は二人きりなの? レズリーも遅いなとは思っていたが……
「今日は、レズリーさんはいらっしゃらないのですか?」
「今日はそなたと私の二人だ。あの奇妙な山猫の話であるのでな。エマも理解しておるだろう? その話は夕食の後だ。今は食事を楽しもう」
妄想魔法の存在を知っている人数は少ないほうがいい。黙って夕食に口を付ける。
今日の夕食はビックボアのローストに豆のスープとキャベツのザワークラウトだった。食事と共にお酒も用意されていた。こちらで初めて飲むお酒は酸味の強い白ワインだった。日本で飲んでいた物と比べると軽い口当たりだと感じたが、久しぶりのワインなので普通に美味しいと思った。お酒は好きなのだが、ここに来てからはお酒のことなんてすっかり忘れていた。
「酒はいける口なのか?」
「そうですね。結構好きです」
「そうか。このワインはどうだ?」
「酸味が強いですけど、軽くて飲みやすいですね。赤ワインのほうが好みですが、白も美味しいですね」
「ほう。赤が好きか。それは贅沢な舌だ」
まさか! と顔上げれば、ワインを嗜みながらニヤニヤと笑うロワーズがいた。
「カマをかけたのですか?」
「エマはとんだ平民だな」
赤ワインはきっと高級で平民が飲めないのだと察した。完全に誘導尋問に引っ掛かったね。内心、自分の浅はかさにため息をつきながら食事を済ませる。
夕食が終わり、ハインツがお代わりの白ワインを注ぐとロワーズが下がれと命令をする。
「しばらく誰も通すでない」
「しかし……かしこまりました」
ハインツは少し困惑した表情を見せたがすぐに命令通りに執務室から退室する。執務室の仕切りも閉められ完全に二人っきりになってしまう。
「さて、本題だな。あの山猫は一体なんだ? どこからきて、何故へ消えた?」
いきなりストレートだな。スキルの嘘も方便は今日も静かだ。やる気あるの、私のスキルたち……今後のことも考え、これはもう正直に話すしかないな。
「あれは不可抗力というか、私も初めて見る物でした。あれは私のも……ぅ……魔法です」
ボソボソとロワーズに説明を始めたが、妄想魔法の部分で恥ずかしくなり徐々に声が小さくなっていく。もどかし気にロワーズが尋ねる。
「聞こえぬ。何魔法だと言った?」
「……妄想魔法! です」
ロワーズが人差し指を上げたまま停止、何もない場所を見つめながら困惑した顔をする。いや、なんか言ってよ。数分して正気に戻ったロワーズが口を開く。
「妄想魔法とはなんだ?」
「私のユニークスキルの妄想魔法ですけれど」
「ユニークスキルか。それは聞いたことのないスキルだが、一体何ができるのだ?」
妄想魔法の概要をロワーズに説明する。ロワーズの眉間の皺が一層深くなり、表情が険しくなる。まぁ、そうですよね。
「ユニークスキルがあるだけでも珍しいというのに、そのようなスキルだとは……。切り替え式でスキルの機能を消すことが可能だと申したが、それではなぜ山猫が出た? 消していなかったのか?」
「消してはいたのですが、スキル自体が初めて現れたのでなぜ猫が出たかまで分かりません。術者の感情で左右されるとありましたので、そのせいかもしれません」
「ほう、それならもう一度その妄想魔法やらを発動して見せることは可能か? 確かめたいことがある」
「分かりました。山猫を出せばいいですか?」
妄想魔法はなんでもいいといわれたので、妄想スキルをオンにして発動する。猫と遊ぶ妄想をしようとしたが、猫を考える前になぜか以前見たロワーズの上半身裸を妄想してしまう。ちょっと待ってと妄想を止めようとしたが、フッと魔力が抜けたのが分かった。
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