エマとシオンについて (ロワーズ視点)

 魔の者の捜索にて素性の分からないエマという女性、それからシオンという子供を保護した。人攫いの被害者の可能性もあり、その場に放置する訳にもいかず野営地に同行してもらった。間者の疑いもあるが……その線は薄いだろう。魔力の高い稀な銀髪であるにもかかわらず、今日初めて魔力を発現させたという箱入りの世間知らずだ。保護して良かったと今は心底思う。

 エマを部屋まで送り、私の天幕へ戻ってきたレズリーに尋ねる。


「して、どうであった?」

「お胸が大きかったですよ」

「レズリー、ふざけるな」

「冗談だ。そんな怖い顔しないでくれ。団長ほど味わってはいない」

「あれは、ただの事故だと言っただろう。想像以上に衝撃が強かっただけだ」

「……団長がそう言うなら。それはそうと、ハインツさんのあのような失敗も珍しいな」


 ハインツは長くクライスト家に従えていた執事だ。当主を継ぐ兄上と義姉上あねうえに子が出来ぬ故に跡取りが必要だと焦っているのだろう。姉上はすでに嫁いでいるし、弟のヨハンも婚約等の話から逃げている。妹のソフィアはまだ幼い。それに私もこの性格から婚約は未だにしていない。魔力の高いと言われる銀髪のエマと子を成せばクライスト家は安泰だとハインツは期待してしまったのだろう。


「ハインツにはエマは森で見つけたと説明したのだが、隠語だと思われていたらしい」

「銀髪の彼女を一時のレディだと勘違いするとは、ハインツさんの心中も大変だな」


 面白がるレズリーに苦笑いしながら本題に戻る。


「それで、鑑定はできたのか?」

「ああ、二人ともね」


 レズリーは、珍しいユニークスキルの鑑定を持つ者だ。鑑定には対象者に触れる必要があるなど複数の制約があり面倒なスキルだと本人は言うが、持っている人数は少なく重宝するべきべきスキルだ。


「それでなんと出た」

「基本情報のみ表示だったが、エマ・シラカワ、十九歳、人族と出た」

「家名があるのか?」

「はい。シラカワという貴族名、団長は耳にしたことがあるか?」

「初めて聞く家名だ。だが、私も国外の貴族を全て把握しているわけではない。それで、シオンはなんと出た?」

「はい。シオン、五歳、人族だ。一瞬しか触れなかったが、他はモヤが掛かっていた」


 レズリーはエマが転んだ際にシオンに触れたことで鑑定していた。


「シオンには家名がないのか?」

「鑑定には表示されていなかった」


 なぜエマにある家名がシオンにはないのかは分からないが、レズリーが基本情報以外の鑑定ができない理由はひとつしか思い浮かばない。二人がレズリーよりも魔力が高いからだろう。レズリーの魔力レベルは十段階中の五だ。それは魔力の豊富な貴族よりも高いレベルだ。


「やはり銀髪は魔力が高いというのは本当なのだな」

「スキル欄は一切見えなかったから、確実に魔力レベル六以上かと。先程、エマちゃんの魔力を感じたが、漏れ出たものだけでも量が多く濃かった」

「ああ、それは私も感じた。あれで、本当に今日初めて魔力が出現したとは思えなかったな……」

「団長は、エマちゃんが間者である可能性を疑っているのか?」


 基本情報だけでは間者でないと断定はできないが――


「可能性は低いだろう。スキルの効果音が聴こえたであろう時、動揺してたからな。あれが演技なら相当優秀な間者だな」

「確かにあれは分かりやすかった」


 思い出し笑いをしたレズリーに釣られ笑ってしまう。あの効果音に驚いたエマの表情はまるで母親を見失った小鹿のようだった。


「魔の者もだが、魔族でないことが分かっただけでもレズリーの鑑定に感謝だな」

「また攫われた魔族だったら今度こそ戦争を仕掛けられそうな勢いだからな」


 同じ大陸の最北にある魔族国とは長い間休戦していたが、代替わりした王は好戦的な人物だ。ウエストリア王国をはじめとする他国に増えている攫われた魔族の奴隷問題、これも非常にきな臭い。あの二人が攫われた魔族でないだけ一安心だ。


「他に報告はあるか?」

「ああ……メイドのアンによるとシオンは厳しい折檻を受けていたのではないかという。身体に見える傷は無いそうだが、あの異様に怯えた態度は折檻を受けた子供のそれだとアンは確信していた」

「エマが折檻をしてるのか?」

「いや、アンはその可能性を否定していたが、二人の関係性が分からないと言っていた。二人は互いに初見かのような接し方だという」


 あの二人はどう見ても血縁者にしか見えないが……。北の塔に行けば、間者の可能性は低くとも事情聴取はする予定だ。弟のヨハンを担当に付ければ、ある程度優遇もできるだろう。


「事情は追々聴くとする。北の砦での聞き取りはヨハンに任せる」


 ヨハンの名を出すとレズリーが苦い顔をする。


「団長の弟に文句をつけるつもりはないが……ヨハン代官代理は執拗に追及するので有名だ」

「ただの聞き取りだ。尋問ではない。ヨハンも節義は守る――なんだ、その顔は」

「……団長に任せるが、あの魔力を怒らせないで下さいよ」

「気を付けるとしよう。それで、レズリー、エマたちを見つけた時の閃光は転移の魔法だったかもしれないと思っている」


 転移の魔法は限られた者にしか使えない上に術者も共に転移される。転移の魔道具もまた巨大な物だ。あの時、二人は突然現れた。可能性があるとしたら転移のスクロールだろう。


「転移のスクロールなら残骸が残っているはずだ。騎士を数人連れ、朝一に調べてくる」


 レズリーも同じ考えに至ったようで、明日別の訓練がある私の代わりにエマたちが転移された場所に戻って捜索することを申し出る。


「頼んだぞ。報告は以上か?」


 レズリーが、他に報告はないと言い掛けて止まる。


「団長、女性限定の変な態度はどうにかならないか」

「……長年の癖だが、できるだけ努力はする」

「今までの女性への態度で男色趣味が未だに疑われているから、ハインツさんも焦ったのだろうな」

「……レズリー、さっさと自分の天幕に戻れ。明日も早いだろ」

「そんなに睨まなくても退散しますよ」


 レズリーが天幕を出ると、急に今日のエマの胸の開いたドレスを思い出す。


「クソっ」


 邪念を掻き消すためにも、残っていた書類の処理にすぐに取り掛かった。


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