違うんです! 誤解です!
遅かった。やっぱり、ここはロワーズの部屋だ。心の中で大きな舌打ちをする。
「なっ、誰だ!」
すぐにハインツではない人の存在に気づいたロワーズは、剣を取りこちらに向かってくる。
「あ! ちょっと待って! 私です。エマです!」
「……なぜそなたが私の部屋にいる? それに、なんなのだ、その格好は! やはり痴女なのか? 痴女! どのようにしてここに入った!」
これは……ロワーズは本心から驚いている。ということは、この変なイベントはハインツの独断だ。ハインツ! 何をやってくれてるの! くぅ、ここはできるだけ穏便に済まして何もなかったことにしたい。ロワーズときちんと話して誤解を解けば、大丈夫なはずだ。
「ロワーズさん、落ち着いて下さい」
「痴女、近づくでない」
驚いてパニックしているのだろうが、痴女痴女ってうるさいよ。それに、なんでこのタイミングでロワーズは上半身裸なのだろう。湯上がりなのだろう、熱った身体から上がる煙が妙に色っぽい。ロワーズの方こそなによ! その格好は!
「勘違いです。とにかく私の話を聞いていただけますか?」
「……分かった。それで、何が勘違いなのだ?」
ロワーズは剣を収め、距離を取ったまま訝しげに尋ねた。よし。簡潔に状況を説明すれば分かってくれるはずだ。
「私は、ここにハインツさんとリリアさんに夕食の場と案内されたのです。ここが、ロワーズさんの自室だとは知りませんでした」
ロワーズが静かに動き表を確認する。
「どこから入ってきた? 表の警護騎士は気付いていないようだが?」
「後ろの衣装部屋からです」
「衣装部屋? そのような場所――」
ロワーズがしばらく後ろの扉を見て、ため息をつく。
「ハインツめ。何を勘違いしているのだ……」
「そうです。勘違いです。なので、あの来た部屋から戻りますので、ここにいたことはなかったことにして下さい」
「……あれは衣装部屋などではない。愛人用の渡り廊下だ。はぁ。そなたらは愛人用の部屋に案内されてしまったのか。申し訳ない。私の指示が悪かった」
「は? 愛人?」
ハインツ! 穏やかな顔して盛大に勘違いしていたよ。なんで野営地に愛人部屋なんてあるの? あ、そういえば野営地に到着した時に華やかな女性たちが一緒に到着していた。だから、そんな勘違いに至ったのか? どうりで案内された天幕のベッドが豪華だったのだ。
(はっ! それなら、ロワーズの仲良しベッドでシオンが眠っていることになる)
シーツはきっと替えられている大丈夫だろうけど、なんだか生々しい。
「……そなた、また失礼なことを考えているだろう。私に愛人はいない。あえて言う必要はないが、あの部屋に愛人が滞在したこともない」
「え? じゃあ、あの部屋はなんのために?」
それならあのような豪華なベッドいらないような気がする。それに、女性用の衣装なども常時されていた……別に成人男性ならそういうこともあるのだから隠さなくてもいいと思う。
「戦場の嗜みは理解しているが、訓練中は要らないと言っている。だが、ハインツは訓練にも愛人を連れてる貴族もいると譲らないので放置していた」
ハインツ……この世界の常識が分からないが、野営地に愛人を連れてくるのは特に珍しくないようだ。地球でも戦地には娼婦がいたと読んだことあるし、まぁ、それと似ているのだろう。
「事情は分かりました。完全に手違いですね」
落ちてきそうな服を上げると、ロワーズの視線が胸元に向かうのを感じた。男性の
「ハインツを呼ぶ。その格好は目に毒だ」
やっぱりこの胸の開いたドレスは普通じゃないのだね。ロワーズの胸板も目に毒なので早くなにか羽織ってほしい。
この勘違い劇場はどうにか穏便に済みそうだ。ロワーズも始めこそは慌てていたが、今は冷静だ。後はハインツとリリアの誤解を解けば、このことはなかったことにできるはず。
(今日は、これ以上イベントないよね? もう精神的に疲れた)
グーッとお腹が鳴る。お腹空いた。もう限界だ。テーブルに用意してある食べ物を頂いてもいいか、ハインツを呼びに向かうロワーズを追い確認しようと部屋を出る。
「あ、待ってください。部屋の食べ――あ!」
「なっ!」
慣れない靴のせいで絨毯に
「痛たたっ」
「そなたはなんという力で押してくるんだ! 勢いよくぶつかったが、怪我はしていないか?」
ユーがクッションになったから、怪我はしてないと思う。でもね、それよりもこの私が上半身裸のロワーズの上に乗っているという構図がよろしくないと思う。立とうとしてもガッチリとロワーズにホールドされていて動けない。
「おいっ、暴れるでない」
「じゃあ、手を離して下さいよ」
せっかくセットしてもらった髪も乱れ、額に浮かんだ汗は頬を伝いロワーズの胸板に落ちる。吐き出される白い吐息は荒々しく、早く離れたいと身体をうねると衣服が絡みつく。こんなの誰かに見られたら――
「二人で何をしているのだい?」
覚えのある声に顔を上げれば、黒い笑顔のレズリーとその後ろで顔を真っ赤にして目を逸らす若い騎士たちがいた。
「違うんです! 誤解です!」
野営地に、私の叫びがこだまする。
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