気まずいファーストコンタクト
無言で視線を南下させる騎士コスプレの二人。スースーとする自分の足元をもう一度見て、現実に戻りギョッとする。
いや、ちょっと待って。なんでズボンが落ちているの? しかも、ボタンはかけたそのままスッポリと落ちている。え? どういう状態なの? 真っ白になった頭で落ちたズボンを眺める。
「な、な、な、何をしてる! 破廉恥な!」
オリーブ髪のコスプレ騎士が鬼の形相で耳まで真っ赤にして叫ぶ。
「は、破廉恥って! いつの時代よ!」
良く分からない回答をしたのは内心焦っていたからだと思う。でも、破廉恥って言葉久しぶりに聞いたのだけど……。使っている人、まだいたんだ。
「早く服を着ろ! 痴女めが!」
は? 痴女? 痴女じゃないし。
確かにズボンが落ちて見たくもないだろう私の足が晒されてしまったことは認める。でも、ダウンジャケットが膝上くらいまでの長さあるのだから中身は見えていない、よね? 見えたとしても、膝上の太ももがちょっとだけでしょ。それだけで、痴女扱いって……大げさじゃない?
オリーブ髪のコスプレ騎士に服を着るまで無言で睨み続けられたので、急いでズボンを上げ、穿き直そうとしたが……締めるがやっとのズボンが大きくガバガバになってまたスッと地面に落ちた。
(何これ? いったい何が起こっているの?)
上げてもまた地面に落ちるズボンを何度も拾うという謎の現象を機械のようにカクカクと数回繰り返す。
コスプレ騎士の二人はこちらから視線を逸らしながら赤くなったのを見て、つられて私も恥ずかしくなり赤面するのが分かった。二人の気まずそうな雰囲気はひしひしと伝わったが、こっちだって居た堪れない気持ちでいっぱいなのだ。
ズボンのウエスト部分を数回折り、やっとズボンがすぐに落ちなくなったタイミングで、オリーブ髪のコスプレ騎士がハッと我に返ったかのように再び少年に剣を向けた。
「魔の者めが!」
やめて!
コスプレ騎士を止めようと咄嗟に少年の前まで駆け寄ったのはいいけど、今の素早い動きは何? 先ほどまでいた場所から今まで出力したことのない俊敏さで少年の前まで到着したのだけど……。
コスプレ騎士の二人も目を見開いて私を凝視するが、構えた剣を解こうとはしない。
何故、この少年が魔の者と呼ばれているのか、魔の者とは何か、そんなのは何も分からない。けれど、目の前で斬り付けられようとしている子供を見捨てるわけにはいけない。
少年の前に立ち両手を広げれば、オリーブ色の髪のコスプレ騎士が眉間に皺を寄せる。
「むっ。痴女。魔の者を庇い立てするのなら、痴女ともども始末するぞ」
だから、痴女じゃねぇ! コスプレ騎士の二人を睨む。
ここからどう逃げるか、辺りに何か武器になるものはないかを急いで探すが――雪しかない。どうしよう……。
「団長、待ってくれ」
今まで一言も発することのなかったもう一人のコスプレ騎士が、殺気立つ相方を止める。
亜麻色のウエーブのかかった髪に薄茶色の瞳をしたコスプレ騎士がこちらに軽く微笑むと、二人して何かコソコソと話し始めた。
団長? そういう設定なのかと一瞬だけ腐な妄想が頭を過ぎる。
そんなこと考えている余裕なんてない。頭を振り、今置かれている状況を考える。
逃げるなら今? でも、こんなどこにいるかも分からない土地勘のない場所で少年を抱えて逃げ切ることできる? 逃げたとしてもその先は……?
被っていたダウンジャケットのフードにフワっと何かが落ちた。雪だ。見上げると雪が降ってきた。最悪の状況だ。
私がキョロキョロしているのに気づいたのか、亜麻色髪のコスプレ騎士が両手を上げながら近づいてくる。
「ち……お嬢さんを傷つけるのは私たちの本望ではない。だが、その後ろにいる魔の者は別の話だ。子供に見えるが危険な者だ」
今、絶対に痴女って言いかけたよね。
しかし、お嬢さんか……四十手前でお嬢さんって呼ばれる日が来るなんて。それよりも、魔の者ってなに? 後ろにいる危険だと言われた少年は近くで見ると、綺麗な銀髪に菫色の瞳をしていた。
風貌は少し変わったが、やはり道端にいた先ほどの少年だと思う。コスプレ騎士たちの言う危険な『魔の者』だとは到底思えない。
分からないことはこの人たちに尋ねるしかない。
「魔の者とはなんですか? どうしてこの子が、貴方たちの言う魔の者なんですか?」
「田舎娘か? 魔の者の話を聞いたことくらいあるだろう」
痴女の次は田舎娘扱い。痴女よりはなんでもマシだけど。
二人は私のことは『魔の者』とは思っていない。もしかしてそう思う原因は少年の髪の色のせい? それとも別の何かのせいだろうか?
フードから擦れて出てきた自分のひと房の髪を直そうと触り、目を見開く。
え? なんで私の髪も銀髪なの?
急いでフードを取り、自分の髪を確認。何度確認しても少年のそれと同じ色の銀髪。私の髪は茶色だったはずなんだけど。え?
「その銀髪は……顔立ちもこの国の者ではないな? そこの魔の者の姉なのか? 痴女も魔の者であるのか?」
今、自分の髪が銀色に変色したことですら精一杯なのに、いろいろと一気に質問で攻めてくる団長様。その前に、私の質問にも答えてほしい。
「姉ではないですし、魔の者でもありません。何故、この子を執拗にその魔の者と疑うのでしょうか? 私には貴方たちの方が怪しい者に見えます」
グッと手に力を入れると亜麻色の髪のコスプレ騎士が何かを腰元から出して弁解を始める。
「落ち着いてくれ、きちんと説明するから。俺はウエストリア王国黒騎士団副団長のレズリーと言う。決して怪しい者ではない」
ウエストリア王国黒騎士団……? ウエストリア王国なんて国は聞いた事もない。
レズリーに見せられたポケット時計のような物が開くとライオンの紋章が宙に浮き上がった。
「これはなんですか?」
「へ?」
レズリーが拍子抜けしたような声を出す。
「騎士団のエンブレムを知らないとは言わせないぞ。他国でもそれは変わらないはずだ」
いやいやいや、知らない。知らないから。団長様、こっちに剣を向けて来ないで!
向けられた団長様の剣はパチパチと静電気のような音を立て、その姿はまるで光の炎を纏っているかのようだった。
「ってかその光る剣はなんですか!」
「見ればわかるであろう」
「分からないから聞いているのですが!」
「今度は魔法を知らないと戯言を抜かすのか?」
魔法。薄々と感じていたけれど、ここが私の妄想や夢とかではなく、二人もコスプレ騎士ではなく――現実的に考えてあの光に誘拐され飛ばされた、そうたぶん別世界なのだろう。
急な移動、知らない国、銀髪、それにズボンが落ちるほどの体系の変化。これって、状況的に異世界にいる可能性が高いよね?
私たちはいわゆる転移をしてきたの? それとも髪や体格が変化しているし転生なの? 考えれば考えるほど疑問が湧き、頭がクラクラとする。とりあえず、その話はまた後で考える事にする。今はこの団長様の納得いく説明をしなければ。
「ま、魔法は知っています。ただ、実際に見たのは初めてだったので驚いただけです」
そう言うと、二人がまたコソコソと密会を始めた。
少ししてコソコソ話が終わると団長様が渋々と剣の光を消した。まだ、こちらに向けて剣は構えているけど……。
「お嬢さんの言い分は分かったが、こちらもこのまま見逃すことはできない。後ろの魔の者は引き渡してほしい」
レズリーが言うには、魔の者の特徴である仮面をこの子が付けているので魔の者と断定したらしい。仮面? 少年は普通一般のマスクをつけているけど……まさかこれのこと?
「これは仮面ではないです。マスクです」
二人が一言も発さずに立ったままだったので、もう一度伝える。
「これは仮面ではないです。マスクです」
「……聞こえている」
あ、ちゃんと聞こえてたんだね。返答した団長様と視線が合う。厳密に言うとマスクは仮面なのだが、ここは押し通してもらう。これは仮面ではない、マスクだ。
「それならば、そのますくとやらを外し、そやつの口の中を見せよ」
え? 口の中? そういう趣味の変態なのか? 顔を歪め団長様を睨む。
「……今、無礼な事を考えているだろう。私は口の中にある
牙? 人型で牙を持つ生物がこの異世界にはいるんだ。吸血鬼とか? 狼男? あとは鬼とか? 二人の言う魔の者はその辺を疑っているのだろうか? 正直、私からは現実味が無く小説のような話だが……この子の歯を確認すれば、誤解が解けるのならそれに越した事はない。
後ろにいた少年を見れば、私に背後にぴったりつきこちらを見上げていた。庇護力をかきたてる上目遣いに思わず顔が緩む。
膝を付き、少年と同じ目線になり尋ねる。
「お名前はなんて言うのかな? 私はエマって言うの」
「ぼくは……しおん」
「シオン君かぁ。よろしくね。今ね、聞いてたと思うんだけど、このお兄さんたちが……シオン君の口を少し確認したいみたいなの」
「どうして?」
「シオン君に、牙があるかどうか確認したいみたいなの」
「……わかった」
考えていたより自分からスラスラと言葉が出てきたことに驚いた。承諾は得たけれど、シオンは身体を強張らせレズリーと団長様をチラチラと怯えたように見る。大丈夫かな? 大丈夫じゃないよね。
「じゃあ、私が先にシオン君の口を確認してお兄さんたちにも見せようか?」
絶対にそんなことはないと思うが、万が一、彼らの言う牙などがあった時のこと考え先にシオンの口の中を見る。シオンが小さく頷いたので、そっとつけていたマスクを外した。
マスクを取ったシオンは、とても可愛らしい美少年だった。イッーと見せてくれた歯には牙や刺青などはなく、普通の子供の歯だった。
二人の騎士もシオンの口の中を確認、互いを見て頷いた。
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