ある日、近所の少年と異世界に飛ばされて保護者になりました。
トロ猫
異世界と少年と私
プロローグ
強い温かい光に全身が囲まれた後、急に押し寄せる冷たい空気を肌に感じた。眩しさから閉じていた目をゆっくりと開けば……目の前には一帯に広がる銀世界。
(白い……え? まさか雪?)
掬い上げた粉は冷たい。やっぱり雪だ。確かに今日は寒かった。でも、さっきまで雪なんか降ってはいなかった。まして積もるほどの雪など……。
確認のために手に掬った雪が完全に溶けてなくなる。普通の雪だ。
地面に面して冷たくなる尻の感覚がこれが夢や妄想ではなく現実なのだと伝えてくる。
放心状態で辺りをもう一度見回す。
雪。雪。雪。
どこを見ても四方銀世界に囲まれており、遠くには大きな山が見えた。先ほどまでいた近所の風景ではないのは明らかだ。
ここが全くどこなのか分からず内心パニックを起こす。
「え? ここどこ?」
◇◇◇
白川エマ、三十代も後半。兄妹はおらず、両親も数年前に他界。過去に恋愛経験はあるが、特に誰か『特別』な人とは巡り合うことはなく出会いと別れを繰り返していた……ってのは都合のいい言い方。結局は自分も他も今後を一緒に共にしたいという人がいなかっただけだ。そう思う人は今後現れるのだろうか? そんな答えは誰も分からない、と正直なところ恋愛面ではいろいろ諦めている。
「もう、一人でも十二分に幸せなんだよね」
母親がチェコ人だったため、幼少期は外国人の容姿を理由に学校などでイジメなどに合ったが持前の明るさで対人関係はそれなりにやり過ごした。後に海外に渡り就職。どうにかなる精神でやってきたが、三十歳を過ぎた頃に両親が相次いで急逝したことで日本に帰国した。
帰国後は、急いで就職した職場がいわゆるブラック企業だったため、ストレスで暴飲暴食を繰り返し心身ともにボロボロになり三十五歳の時には逃げるように職場を退職。その後は特に就職をすることはなく、それなりにフリーランスや短期の仕事をして生活をしていた。
「一月もそろそろ終わりだけれど、今日は特に寒い」
こういう日にはコンビニの肉まんを頬張りたいと部屋の中をズルズル、長い部屋着で這いずるように歩く。大寒の時期なのは分かるけど、これ、寒すぎじゃない?
ブルッと身体を震わしながら冷蔵庫を確認。
(肉、肉、肉。アホみたいに肉しかないんだけど)
ネット注文の罠、冷蔵庫に嵩張る肉。これならば、肉以外の物もまとめてネット注文しておけばよかった。
「仕方ない。買い物に行くか……」
渋々と着ていた部屋着から着替える。長袖の耐寒インナーに長袖と長ズボンを装備。ブラック企業でのストレスから二十キロ以上太った痩せられないお腹回りが苦しいジーンズを穿く。最後に、これまたやっとファスナーを締めることのできるダウンジャケットを羽織う。
パンパンに膨れ上がる鏡に写った自分を眺めながら思う。
(だれ、これ?)
いや、自分なんだけど。顔がトドにしか見えない。ううん、もうこの際トドでもいい……。でも、このパツパツにお肉を詰め込んだボンレスハムダウンジャケットはいただけない。
しばらく、鏡に写る自分を見つめたが恥よりも腹の音が優先……スーパーとコンビニへ買い物に向かう。
「いってきまーす」
誰もいないアパートの部屋に声をかけ、二度と帰らないアパートを後にした。
たっぷりと必要な買い物を終了する。
当初の目的よりも買い物をし過ぎて、抱える荷物は結構な重さになった。空飛ぶ絨毯とかあれば楽にこの荷物も運べそうなのになぁ。あわよくば、小さい空飛ぶ絨毯に私専用のプリンを運んでもらうのもいい。妄想を膨らませニヤニヤ笑いながら家路に就く。
幼少期からこのようなくだらない妄想はいつもしていた。まさか、後にこれが私の『力』の一つになるとも知らずに……。
必要以上に買い物をしてしまった二つのエコバッグはパンパンに膨れ上がっていた。それに、買い物に時間を費やし過ぎたため、辺りはすっかりと暗くなってしまった。
早く肉まんを食べたいと暗くなった道を、早足で歩く。
角を曲がったら、アパートが見えるだろう位置に小さな影が見えた。目を凝らすと小さな男の子が蹲っていた。
六歳くらいだろうか? 随分と痩せて見えたその子供は、真冬のこの寒い時期に半袖短パンに裸足。
こんな寒い中であの格好、何か良からぬ事情がありそうだけど……どうしよう? 声をかけるべき?
寒そうにしているこの子供の姿に沸々とその子の親への怒りが湧いたが、家へ帰るよう声をかけようと男の子に近づいた。
「あ、えーと、し、しょ、少年」
あぁ、ダメだ。最近、人と普通の会話をしていなかったせいで変に言葉が吃ってしまう。
男の子がこちらに気づいたので、さらに近づいて接触を試る。
私の行動は完全に不審者のそれかもしれない。いや、側から見たら確実に不審者だ。
「……は……」
消えそうな小さな声はしたが、少年がなんと言ったのかは分からなかった。片膝を地面に付け、もう一度少年に声を掛けたが視線は合わせてはくれない。
近くで見る少年は全体的に汚れており、髪の毛もベトベトのボサボサ。付けていたマスクも黄色く変色しており、服も依れ……冬なのに何日も洗ってないだろう臭いがした。
腕や足の甲にはタバコを押し付けただろう火傷が所々にあり、私の視線に気づいた少年は手で腕の火傷の痕を隠そうとした。その人差し指の爪も剥がれており、怒りなのか悲しみなのか分からない感情で頭が混乱する。
これは事案ではなかろうか。確実に事案だと思う。これをやった奴らに同じことをしてやりたいと思うが、そんな事したら私が逮捕される。仕方ない、警察に電話しよう。
通報しようとポケットにあるはずのスマホを探したが、ない。ああ、家に忘れている。さて、どうしよう?
急に勢いよく立ち上がったのに驚いたのか、少年は身体を強張らせて両手を顔の前に出しながら防御のポーズをとった。しまった。もう少し配慮するべきだった。
少しだけ後ろに下がり、地面に座る。
「大丈夫だよ」
声をかけて少年が落ち着くのを待つ。この時、初めて少年と目が合った。少し怯えていたが、とても綺麗な目をしている少年にニッコリと微笑む。
その瞬間、突如に目が開けられないほどの光が爆発の如く私たちを包み込んだ。
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