もうひとりの怪盗

 クリフォードの一件から、しばらく経った。

 昨晩は本当に珍しく、魔道具確保のために怪盗活動をせずに済んだイヴリルは、うきうきとした足取りで王立学園に向かっていた。しかし、学校で一緒になったエルマーはカリカリした態度を露わにしていた。


「おはよう……ずいぶんとご機嫌斜めね?」

「イヴリル……おはよう、ああ。機嫌は全然よくないよ……また怪盗が出たんだよ!」

「……ええ?」


 思わずイヴリルは目をぱちぱちさせてしまった。

 怪盗トリッカーの活躍が原因なのかどうなのか、このところ怪盗トリッカーの模倣犯が多く出ては、そのたびに護衛銃騎士団により確保されてしまっていた。

 新聞でもたびたび新たに出た怪盗の登場が謳われ、様々な物議を醸し出している。それにイヴリルはついついげんなりとしてしまうのだった。


(嫌だなあ……怪盗活動に支障が出るし……でも、護衛銃騎士団も怪盗トリッカー以外はちゃんと確保しているから問題ないのか)


 イヴリルはそう気を取り直し、どうエルマーを慰めたものか考えていたら。


「やあごきげんよう、エルマー、イヴリルも」


 先日の失態がすっかりとなかったことのようになっているクリフォードが、元気に登校してきた。イヴリルは会釈し、エルマーは「おはよ」と彼の態度を半眼で眺めた。


「嫌な話だね。このところの怪盗騒動は」

「あれ……クリフォードも昨日の怪盗の話……」

「おい、イヴリルは騎士じゃないだろ」


 暗に「部外者に聞かれたらまずい話をするな」と熱血漢だが生真面目なことを言うエルマーに対して、クリフォードは肩を竦めた。


「もうこの話は既に新聞沙汰になっているから、隠し立てすることもないと思うけど」

「ええ……?」


 そうイヴリルが困って首を捻っていたところで、女子生徒たちの声が飛び込んできた。


「怪盗トリッカーの模倣犯がたくさんいたけど、まさか男性だなんてねえ……」

「顔は仮面に隠れてよくわからないけれど、スタイルはよくないかしら? センスが素敵なのよね」

「今までの模倣犯と違って、騎士団に捕まっていないの! 頭がいいのも魅力的ねえ」


 女子生徒の世間話に思わずエルマーが噛みつきそうになるのを、クリフォードが「まあまあまあまあ」と肩を掴んで引き留める。

 一方その話を聞いていたイヴリルは唖然としていた。


(なにそれ……男性の怪盗が現れて……しかも捕まってないの?)


 イヴリルからしてみても、新たな怪盗の出現はかなり困るところである。


(私は……魔道具の回収以外で怪盗活動してないけど、この人は違うじゃない。だって、昨日は魔道具の反応がなかったから、私もゆっくりできた訳で……怪盗トリッカーをただの泥棒にされたら困るわ)


 自然とイヴリルは制服のスカートの裾をキュッと掴んでいたが、エルマーは苛立ちながら吐き捨てる。


「困るんだよ、これ以上夜の王都を騒がされたら。このところ銃騎士団だってずっと詰め所に詰めっぱなしで、中には家族にしばらく会えてないのだっているんだから」

「僕たちの場合は、まだ見習いの立場だから、学業を優先させられているけどね。でもそろそろ本腰を入れて怪盗たちの対処優先になるかもしれないんだよ。怪盗騒動が原因で、他の銃騎士団の仕事にも支障をきたしている以上ね」


 クリフォードの説明に、イヴリルはなんとも言えなくなる。


(これも魔道具のせいなのかしら……護衛銃騎士団にどんどん余裕がなくなっていっているし……ふたりの心労は本当に申し訳ないとは思っているけれど、魔道具を野放しにしておくことができない以上、怪盗活動はやめられない……でも、模倣犯を捕まえることの協力はできるんじゃないかしら)


 このことは祖父に相談してみよう。イヴリルはそう思っていたのだが。


   ****


「却下だ、却下。そんなこと承認できないよ」


 家に帰って、早速アラスターに相談してみたが、すげなく否定されてしまった。それにイヴリルはシュンと落ち込む。


「おじい様、そんなこと言っても銃騎士団の人たちだって可哀想だわ。私たちの魔道具の回収以外の事件にもかかりっきりだなんて……! あの人たち王都の治安維持が仕事なんですもの。これが原因で治安が悪化したらどうするの」

「あそこもまだ虎の子の女王直轄騎士団を出していない以上、まだ問題はないよ。問題があるとすれば、模倣犯たちのほうだろう」

「だから、模倣犯さえ全員とっ捕まえてしまえば、私たちの活動だって……!」

「でも、私たちの活動が公に認められるものではないだろう?」

「…………っ!」


 目の前で、魔道具に当てられて我を忘れて暴走したクリフォードを思い出す。彼が暴走した理由は魔道具のせいだと、イヴリルはすぐにわかったが、その場に一緒にいたエルマーがそれを理解できたかどうかは怪しい。

 魔法の説明なくして、魔道具の存在を説明はできず、魔道具の存在を証明なくして、怪盗活動の意義を唱えることなど、不可能に近い。


「でも……おじい様」


 それでもイヴリルは言い募る。


「私、やっぱり納得できないわ。模倣犯に好き勝手されて、冤罪を被るのは」

「イヴリル……」


 アラスターがなおもなにかを言い返そうとしたとき、ふいに彼は地図を確認した。魔力の凝り固まっている場所には魔道具があるからと、定期的に魔力を溜め込んだ砂鉄で確認しているが。ある特定の場所に、砂鉄が一気に収束していくのがわかる。


「……それよりも、予告状を出さねばね。今回の魔力の規模はかなりまずいから、早めに回収してしまわないと、ひとつの区画の全住民から正気が失われる」

「まあ……」


 それにイヴリルは難色を示した。

 先日の魔力に対する耐久力が全くないクリフォードの暴走を思い出した。あと少し遅かったら、エルマーは銃創を負っていたし、怪盗トリッカーだって無事では済まなかった。幸いあのとき暴走したのはクリフォードひとりで済んだが……それがひと区画全住民となったら話は大きく変わってくる。


「エルマーやクリフォードには大変申し訳ないけど……怪盗活動しないと駄目だよね。模倣犯のほうは、気になるけど……」

「ふむ。早速予告状を出さねばなるまいが、考えなければならないね。下手をしたら区画全土が戦場になってしまうんだから」

「おじい様、あんまり脅かさないで」

「脅しで言っているつもりはないよ。それだけ今回は危ない橋だということだ」


 アラスターにそう指摘され、イヴリルは頬を膨らませながらも、祖父の用意する予告状を眺めていた。

 でもこの祖父も孫も、事態は予想外の方向に大きく転がるなんてこと、そのときには思ってもみなかったのである。

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