第22話 別荘 in summer

     22.別荘 in summer


 学院はもうすぐ夏休み。

 ボクとしては、小見尻の護衛役を外れるので、その点でも嬉しい限りだけれど、夏ははじけたい者もいる。

「せっかくなんで、別荘に行かないッスか?」

 谷野がそんなことを言いだした。

「谷野の家は、別荘をもてるような金持ちなのか?」

「そんなわけないじゃないッスか。しがないアパート暮らしッスよ。美愛ちゃんの家が、別荘をもっているらしいんスよ」

 美愛……。「萩生田さん?」

「彼女、お嬢様なんスよ。それで、女の子たちに声がかかって……。でもどうしても先輩を誘いたい。だけど一人じゃ絶対に来ないっていうんで、板暮さんにも声をかけようってなったッス」

「おまけかよ……。小見尻は行くって言ったのか?」

「板暮さんが行くなら……ッス」

 判断を逃げたな……。そう思ったけれど、それ以上に「女の子たちに、男のボクが雑じっていいのかい?」

「構わないッスよ。だって板暮さん、先輩と一緒に暮らしているのに、手をださないヘタレじゃないッスか。むしろ今は腐女子から、そっち系じゃないかって注目の的ッスよ」

 小見尻のような美少女に手をださないぐらいで、BLを疑われるのは正直納得いかないけれど、ボクもこれが社会復帰、小見尻が活動を広げる機会になる、と申し出をうけることにした。ただ、この旅行で大きな悶着を起こすことになるなんて、このときのボクたちは知る由もない。


「海ッス~ッ‼」

 駆けだす谷野に、つづく女子たち……。

 水着女子たちが跳ね回る、サービス回である。

 そこはプライベートビーチとまでは言わないが、数件の別荘を管理する会社が保有する、共同ビーチであり、岩に囲まれた小さな砂浜が、まさにプライベート感をかもしている。

 夏休みで平日ということもあって、ボクたちの貸し切りのようなものだ。

「ここなら、小見尻様もメガネと、マスクを外せるでしょ?」

 萩生田も意味ありげにニヤッと笑う。

「もしかして、それを見たくて誘ったのか?」

 確かに海なら、マスクやメガネはできない。ただ、小見尻ときたらスクール水着しかなく、それは学院への入学が決まったときに買いそろえ、そのままつかわず眠っていたものだ。

 谷野と相談し、新しい水着よりは上に着るシャツと、ハーフパンツを買い与えた。夏の日差しを耐えられそうもないし、本人が恥ずかしがったからだ。普段のジャージ姿を見慣れているボクからすると、ほとんど日常の姿――。ただ髪をアップに結わえて、大きなリボンをつけ、バカンス感を増すと、水辺に舞い降りた天使かと思わせる姿となった。

 それは小見尻見守り隊が中心の、今回のメンバーにもご褒美であって、小見尻も女の子たちに囲まれ、楽しそうにしている。


 ボクは男一人で荷物もち、荷物の見張り、昼食の準備……など、お世話係……執事のようになっていた。

 むしろ、だから誘った? とも勘繰れる。家事もできて、面倒見のいい優良物件ということだ。

 ただ、この手の男は都合がよくて、女の子からモテていると思ったら、大間違い。これは海外の研究で、女性は中性的で優しい男子を結婚相手に択ぶ一方で、ワイルドで逞しい男を不倫相手に択ぶ傾向がある。特に、生理前にその傾向が顕著で、子種をのこすならそうした強い男性、と本能的に動いているそうだ。

 日常の暮らしを安定させるために、いつも一緒にいるのは大人しい相手、一方エッチをするのは別。都合のよい相手は、どこまでいっても都合よく扱われる点に注意も必要だった。


 元々、小見尻は運動神経が悪くない。自転車にもすぐ乗れるなど、その片鱗は見える。いわゆる未経験によって、何もできないタイプである。泳ぎも今まで経験してこなかった。

 だから鼻の下を伸ばしつつ、萩生田が手とり足とり教えると、平泳ぎならすぐ覚えてしまった。

 周りにいる者も親衛隊、見守り隊が中心なので、小見尻が一つできるようになると手を叩いて喜んでいる。それはまるで、幼児のつかまり立ちを見守る大人たちのようでもあって、ボクからすると微笑ましいというより、年上なのに……と苦笑するばかりだ。

 ボクはパラソルを立て、その下にシートを敷いてまったりする。女の子ばかりのこの旅行では居場所がないし、荷物の見張りという名目で楽をできるのは、正直ありがたかった。

 GSSも一次リーグは二試合が終わり、シア・ウルルは一位通過が見えてきた。ボクは安定の、序盤で殺される雑魚キャラなのだけれど、今はまだ参加することに意義があるレベルだ。

 しかし、いつか活躍をめざして小見尻と特訓を重ねており、いつも寝不足だ。今日は寝ようと決めていた。


 そんなボクのところに近づいてきたのは、遊佐委員長だ。

「寝るの?」

「やることないからね。君も来るなんて、驚きだよ」

「意外? 私、堅物じゃないわよ。むしろ、あなたたちに興味があって、普段の二人を見てみたくてね」

「ボクたち?」

「超がつくほどの美少女と、ふつう男子との恋愛模様――。そそるじゃない」

「何を想像するか知らないけれど、ボクは保護者だよ」

「またまた……。あなただって、美少女だと思うでしょ? それが恋愛に代わる日がきっと……」

「そうやって盛り上げようとしても、ムダだよ」

「焚きつけ、失敗?」

「可愛いとは思うよ。でも、彼女が望んでもいないのに、ボクが恋愛感情をもつことはないよ。だってそんなことになったら、彼女が居場所を失くすかもしれないことだからね」

 呆れたように、遊佐は手を広げた、

「優しいね」

「面倒見がいい、とは言われるよ」

 ちょうどボクたちのところに、小見尻が手をふりながら駆け寄ってきた。水に濡れた髪は、まさに濡れ羽色で、美しい艶を輝かせ、貼りついたシャツの下には、藍色のスク水が透ける。

 その卑怯な美少女ぶりで、油断をしきった笑顔を浮かべ、駆け寄ってくるのだからボクだって勘違いしそうになる。でもボクが頼れない……となったら、彼女は孤立する。もし恋愛感情を抱いてしまったらギクシャクするはずだ。やっぱりそのハードルは高かった。


 ボクが寝ようと思っていたシートは、小見尻に占領された。

 彼女とて寝不足に変わりなく、特にボクの特訓につきあわせているので文句もいえない。

 そんなボクたちのところに根来がやってきた。小柄な彼女だと、頑張ったピンクのセパレートの水着が、小学生のそれに見えてしまう。

「泳がないの?」

「泳げないんです。プールなら泳げるんですけど……」

 波で息継ぎできないタイプか……、海だと足もつかないし、そうした恐怖心もあるのかもしれない。

「板暮さんは泳がないんですか?」

「寝不足で足がつりそうだよ。でも荷物の見張りと、寝不足解消をマッチさせようとしたら、奪われた」

 ボクが小見尻を指さすと、根来もくすくすと笑う。ボクの隣で無防備に眠る小見尻をみて、見張りの意味をとり違えたようだ。


 根来も隣に腰を下ろすけれど、ビーチパラソルでは陽射しを避けられず、ボクも気をつかって「もっと、こっちに……」と誘うと、彼女は恥ずかしそうにボクににじり寄ってきた。

 ボク的に、いつも名木宮がこのぐらいの距離感でべたべたしてくるので、特にドキドキはない。でも、根来に赤い顔でもじもじされると、夏の直射日光による火照りとどっちなのか? 勘違いしそうになる。

 意外なのは、萩生田が根来を誘ったことだ。かつて萩生田は、根来の親衛隊をしていた。それが小見尻に乗り換えた。遺恨がないことは、根来を泣かせた……と、以前凄まれ。迫られたこともあって理解していたが、こういう旅行に誘うほど、まだ仲が良いようだ。

 でも、小見尻と一緒の旅行に誘うとなると、もう一歩さらにちがう感情もありそうだ。

 そして、萩生田が言っていたけれど、彼女が根来を諦めた理由が「好きな人ができた」ということなら、さらにボクを勘違いさせる。


 そんなプチラブコメを演じているとき、シリアス調となった谷野がボクのところに駆け寄ってきた。

「大変ッスよ‼」

「どうした?」

 谷野は意外なことに巨乳枠であり、ピンク色のビキニに、肩を揺らすと胸も揺れるほどだ。さらに、そのセクシーな水着は本人曰く「姉のお下がり」だそうで、趣味でないとするけれど、日ごろの蓮っ葉な語り口調とはかけ離れ、そういった諸々もまた意外だった。

「この別荘、萩生田さんの持ち物じゃなかったッスよ」

「どういうこと?」

 隣にいる根来のことを気にして、谷野はボクの耳に口を寄せて「野々口家の所有だそうッス」


 そういえば、野々口家は裕福で、ぽんと賠償金を払うぐらいだった。

「何で萩生田はそんな嘘を……?」

「先輩と旅行したくて、野々口先輩と口裏を合わせたみたいッス。先輩と、野々口先輩とのことは、知っている人も少ないッスからね。別荘を貸すって話に飛びついたみたいッスよ。

 今晩、野々口先輩がサプライズ登場するみたいで……。そのとき、プロポーズするつもりじゃないッスかね?」

 確かに、小見尻はまだ野々口が同じ学院にいることは知らない。サプライズ登場をする、そのおぜん立てのために、彼が萩生田に別荘を貸した……そう考えるのが自然だろう。

 今も隣ですやすやと、何の心配もなさそうに涎を垂らしつつ眠る小見尻が、そこでどう反応するか? それが不安でもあった。

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