その二、叡智を得る為の肢体
誰だ? この僕が世の穢れを知らぬ童貞のようだと嘲笑する者は?
否定はしない。むしろ穢れを知らぬからこそ到達し得る景色も、また在る。魔法使いと呼ばれるまで己を高めたからこそ見られる風景だ。勿論、この城塞の中には僕レベルの人間は数多に存在する。だからこそ誇れるようなものでもないのだが。
いや、だからこそ。ゆえ。うむっ。
誰にも悟られるな。誰にも気づかれるな。其れは、すなわち死だ。
もう少し。あと少し。よし、来た。
うむっ、……神は其処におわした。
ごわす。
いかんいかん、幾らか混乱してしまったようだ。
神の神々しさに充てられ、目が眩むのは当然として、思考までも解けない糸のよう絡んでしまったようだ。いや、むしろ、逆に正気を保つ者は背徳者とさえ言えるのではなかろうか。厳かに目指すべき思想の深淵へと手を伸ばす。神へと近づく。
人が決して踏み込んではいけない領域へと進む。
スッと手を伸ばす。神々しき存在と一体化する。
官能的ながらも全てを拒絶するかのような人の探究心は今の僕を形作る全てだと言ってしまっても過言ではない。その叡智なる神の名は、男と女のアッハン物語、ペチョグチョ編、である。手に取ったあと表紙を下にして微笑む。ようやく、だと。
この手に唯一無二な世界の全てを憂いる紅玉を掴み取ったのだッ!
と唐突。
怒りに駆られる僕。
崇高な学術書を入れ、いや、神を手に入れ、有頂天となった僕の心が、にわかに、ざわめきたつ。ざわざわざわ……、という、あのフレーズが視界の右端から入場してくる。まるで遊楽を共有する〔※ニコニコ動画〕神の戯れ〔※コメント〕のよう。
今日、この瞬間が憎い、と憎悪の念にかられた。
其処には女神。いや、女神と表現してしまってもいいのだろうか。
ともかく、この城壁内〔書店〕に在って異質とも言える、いや、むしろ女神が居る高尚なる一画から考えれば当然とも言えるのか、常連客である美少女が、其処で、柔らかい光を讃えていたのだ。無論、判決を得る為のレジまでの道程にだ。
その様は、まさに地獄の門番である三頭の狂犬ケルベロスのよう。
六つの目は鋭く僕を射抜く。三つの口から牙が見え隠れしている。恐怖を感じる。
今、怒りにのまれた僕には、そう見えてしまう。
女神も。
勇気がしぼんで知恵が枯れ果てる。
叡智も。
自分が意気地なしで愚者だという事を痛感する。
運命という名の歯車で動く懐中時計を睨みつける。針は止まったまま。命運は凍りつく。無論、睨みつけた所で、針が動き出すわけもない。不運が霧散してなくなるわけでもない。ならばハードラックを撥ね退ける為に必要なのは勇気と叡智だ。
女神をも畏れぬ人間の叡智を集結するしかない。
遙か太古の昔より、これらの学術書を求め、さ迷った者だけが最終最後に行き着く場所。偶然にも、その場にも其れは在った。愛とAIという表題の其れ。小悪魔的なる少女の艶めかしい肢体がだ。多分に、それだけ、お奨めのブツなのであろう。
無言で。
唯唯、静かに、ゆっくりと其れを手中に収める。
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