第12話 正体不明の先輩

ある日の昼休み。羽衣、綺心、輝星の三人は中庭にいた。


「生き物係りとは、大変なものだネ」


「そう? ウサギさんと遊べて楽しいよ!」


 羽衣と輝星は飼育小屋の中でウサギに餌をやっている。そんな二人の様子を、綺心はいつものベンチに座って微笑ましく見ていた。


「二人ともー! そろそろお昼ご飯にしないかい?」


「「するー!」」


 二人が元気よく答え、飼育小屋の扉を閉めるとベンチに走って来る。綺心は楽しそうにクスクス笑いながら、持ってきた弁当を開き始めた。綺心の元にたどり着いた羽衣と輝星が、綺心の弁当に目を輝かせる。


「君たちのおかげで、どんどん料理のレパートリーが増えていくよ」


「それはいいことだネ! ハニエルの料理はとても美味しい!」


「うん! 私、毎日綺心ちゃんのお弁当、楽しみにしてるの!」


「俺たちにもくれよ~。綺心~」


「僕も~」


 綺心とともにベンチに座っていたレオとルックが声を上げる。その隣でグレイシスだけは不満そうにそっぽを向いていた。綺心は二匹に笑いかけると「どうぞ」と弁当を差し出す。


「あ! 羽衣が先!」


「ズルはいけないのだヨ。エンジェリックたち」


「ズルじゃないもん!」


「もん!」


「落ち着いて、みんな。たくさんあるから大丈夫だよ」


 全員が綺心の弁当を頬張り、綺心は不貞腐れているグレイシスにも弁当を差し出す。グレイシスは不服そうにしながらも卵焼きを取り、頬張った。


「羽衣、綺心ちゃんの卵焼き好き!」


「おや。ありがとう。嬉しいよ」


「羽衣は柴乃に作ってもらった弁当も食べて、綺心の弁当まで食べるから太るんだぞ」


「な⁈ ひどーい‼ レオ‼ 気にしてるのに~‼」


「はいはい、落ち着いて。ほら、羽衣。卵焼き」


「やったぁ!」


 羽衣が綺心に卵焼きを食べさせてもらっていたその時、輝星とルックが同時に同じ方向を見た。綺心がそれに気が付く。


「どうしたんだい? チャミエル」


「そろそろかなぁって思ってネ」


「なにがぁ?」


 羽衣が卵焼きを頬張りながら問いかける。輝星は不敵な笑みを浮かべたが、答えようとはしない。そして「ほらネ」と自分が見ている方向を見るように促した。


 羽衣と綺心がそちらを見ると、どこか怯えた様子でこちらに歩いてこようとしている、気弱そうな女子生徒が見えた。上履きの色から、一つ上の学年だとわかる。


 長く、真っすぐな薄紫色の髪をハーフアップにしてくくったその生徒は、眉を八の字に下げ、恐る恐るこちらに歩いてきていた。菫色の瞳は潤んでいて、いまにも泣き出しそうだ。羽衣たちに気づかれていることには、まだ気が付いていない様子だった。


「綺心ちゃんのお客さん?」


「さあ。一つ上の学年は生徒会長がいるから、僕のお客さんになることは滅多にないんだけど」


「生徒会長って?」


真孔雀まくじゃ天理てんり。大天使ミカエルだよ」


「ええええええ⁈」


「レオ……この前生徒会は四大天使だって言っただろう?」


「ひゃあっ⁈」


 羽衣たちが自分に気が付いていることに気が付いたのか、女子生徒が悲鳴を上げた。酷く不安げな表情で羽衣たちを見つめるその生徒に、羽衣と綺心が首を傾げる。


「どうしたのー?」


 羽衣が問いかけ、女子生徒がビクリと肩を震わせる。輝星は我関せずといった様子で、綺心の弁当を頬張っていた。


 すると、女子生徒が意を決した様子でギュッと拳を握ると、走り出した。


「わ! なになに?」


 羽衣が驚きの声を上げる。羽衣たちの前にたどり着いた女子生徒は乱れた息を整え、顔を上げて羽衣たちを見ると、口を開いた。


「わ、わわ、わ、私を‼ な、仲間に入れてください‼」


 いますぐにでも泣き出しそうな必死なその表情に、羽衣と綺心はポカンとして女子生徒を見つめる。輝星だけはすべてわかっていたかのような笑みを浮かべていた。


 その時、女子生徒の身体がグラリと揺れた。


「え⁈」


「危ない‼」


 綺心が咄嗟に手を伸ばしたが間に合わず、女子生徒の身体が倒れる。身体が地面に打ちつけられようとしたその瞬間、「フギャッ‼」と女子生徒の下から悲鳴が聞こえ、女子生徒の身体は地面に打ちつけられることなく、少しだけ持ち上げられて地面から浮いていた。


「お、重い~‼ チャミュ~‼ 助けてぇ~‼」


 女子生徒の身体を支えていたのはルックだった。綺心と羽衣が慌てて立ち上がり、女子生徒に呼びかける。ルックはゆっくり女子生徒の身体を地面に降ろすと、輝星の足に縋り付き、輝星は何も言わずにルックの頭を撫でた。


 倒れた女子生徒は顔面蒼白で、羽衣と綺心が何度声をかけても目を覚まさなかった。

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