第三十五話 Shadow Revolution
12月25日、午前5時13分。
神奈川県、川崎市。
「結構時間かかったな」
黒武は川崎駅二番ホームで始発を待っている。
暇潰しに見るスマホには、カゲロウ鎮圧の連絡が入ってくる。
「まさか、日本支部隊長が全員来るとはな」
「実に良い」
「そうだな、翳究。……翳究がなんでここに居る?」
黒武は声のする方を振り向き、翳究を見る。
「私の頭脳を舐めるなよ、お前が来る場所など容易に分かる」
「今回のカゲロウ大量発生、お前の仕業か?」
「主犯ではない……そんなことよりも、聞いてくれ」
翳究が黒武の前に立ち、手を広げ話し始める。
「私の研究は何か知っているか?」
「……カゲロウについてだろ」
「そうだ、だが君たちと会う前からカゲロウ方がの研究は終わった、いや必要なくなった。今私が研究しているのは『烏』だ」
「!」
黒武は脇のホルスターから銃を取り出す。
銃を向けられても、翳究の態度は変わらず飄々としている。
「いやぁ、苦労したよ。お前以外の隊長が出さざるを得ない状況を作るため、Αphoneの社長をカゲロウにした。それでも出ないから急遽UVHKを作った。関崎が隊長と知った時は驚いたよ、それから一ヶ月程、分析し、今回のカゲロウ大量発生に踏み込んだ」
「で、どうすんだよ。隊長達を削るつもりなんだろうが、残念、もう終わった」
「そう焦るな、私の計画に隊長達が必要なので集めた、それだけさ。そうだ、一つ質問をさせてくれ」
「なんだ」
「『烏の血』は馴染んだか?」
黒武は翳究の右肩を撃ち抜く。
「お前、どこまで知っている?」
黒武は銃を強く握り、怒気の籠った声で翳究に聞く。
「私が知っているのはここまでだ、さてと」
黒武は左手で右肩を抑えながらよいしょとホームドアに乗り、表情が安堵と悲哀が混じったような、儚げな表情で口を開く翳究を見つめる。
「私はもう一つ嘘をついた、君は利き手を使えなくするため右肩を撃ったのだろうが、私は左利きだ」
翳究も脇のホルスターから銃を取り出し、黒武の胸を漆黒の弾丸が貫いた。
「ガッ……!」
「ウッ」
黒武の胸に空いた風穴、そこから血がダラダラと垂れている。
不安定な場所で発泡した翳究もまた銃の反動で線路に落ち、致命傷を負う。
「その弾丸にはカゲロウが付着している、私の最高傑作だ」
翳究の上を電車が通る。
黒武は東京にいる隊長達に電話を繋ぐ。
「はぁ、はぁ……俺の身体はカゲロウに、乗っ取られる、カゲロウは朝になれば鎮静化する、それまで耐えろ。作戦名『黒影』、開始……!」
午前5時36分、『帳崩し』作戦終了。
午前5時36分、『黒影』作戦開始。
「頼んだ……」
黒武の意識が薄れていく、胸の出血が止まり、カゲロウと入れ替わる。
「スゥゥ、ハァァ」
カゲロウは大きく深呼吸をする。
「旨いな、久々の空気は。さてここは……駅という奴か?」
カゲロウは辺りを見渡し、目の前の電車に気づく。
「乗り物か」
カゲロウは電車に乗り込もうとする。
「どけよてめぇ! 完璧な構図だったのによ!」
「なんだ、お前」
「金だろ金ぇ!」
「写真か?」
「どけどけ、邪魔なんだよ」
「五月蝿い」
カゲロウの手が鋭い針の形に姿を変え、カメラを持った小太りの男を突き殺す。
「さて」
カゲロウは電車に乗り込む、それと同時にドアが閉まる。
「なかなかの座り心地だな」
カゲロウが小太りの男を突き殺したのを見ていた乗客の多くが別の車両に移動した、カゲロウは一人になった車両でまるで自分が王であるかのように股を開いて座っていた。
2、3分程たった頃、ガタンと音を立てて電車が動き出した。
「思っていたよりも速いな、まあこの身体の記憶から予測すると……」
電車がホームを出て、車内に太陽の日差しが入ってくる。
「国際連合機密機関『烏』暗殺部隊日本東北地方支部隊長、盛台仙」
カゲロウの話が終わるのを待っていたかの様なタイミングで弾丸が窓を割り、カゲロウの目の前へと飛来する。
「挨拶がてら行くとしよう」
カゲロウは足下の影から黒く巨大な手を生やし、近くの電柱を掴み、飛び移る。
「どこにいる?」
カゲロウはそう呟きながら、触覚に意識を集中させて辺りを見渡す。
「! 既にここまで」
足音、風を切る音、銃に弾を込める音、抜刀の音がカゲロウの耳に入る。
カゲロウは足下から影の結界を張る。
「止まれ」
その静かで威圧感のある声が結界の中で反響する。
「その声、中部地方支部隊長金屋甲」
「知ってるのか」
カゲロウは金屋の刀が触れている部分の結界を解き、手を鋭い槍に変化させる。
「一人」
カゲロウは殺ったと思い、言葉と笑みをこぼすが、金屋の前でパンッと音が鳴り、槍が砕ける。
カゲロウは音の出どころを見る。
「四国地方支部隊長松山江高っ!」
「今は中国地方も兼任中です」
カゲロウは砕けた槍を剣に変え、松山の首めがけて振り下ろす。
「金屋屈め!」
「おっと」
金屋が屈むと金屋の背丈に隠れていた大太刀がカゲロウに向かってくる。
「日本支部代表隊長、関崎川」
カゲロウは間一髪で関崎の刃を躱し、体勢を崩す。
「今だ!」
「ああ」
「はい!」
松山が銃でカゲロウの足を撃ち、カゲロウを転ばす。
金屋が刀で腕を切る。
「はあ!」
カゲロウは身体を再生しようと影を伸ばすが、盛台の狙撃で妨害される。
その間にカゲロウの身体に鎖が巻かれる。
「道札野良ぁ!」
カゲロウは影を伸ばし剣に変化した右腕を拾い、道札へ投げるも関崎に弾かれる。
「させねぇよ」
「静かにしぃや」
カゲロウの身体に電流が走る。
「神……津」
「大戸まで言えや」
気を失ったカゲロウに神津が文句を言う。
「ごめんなさい、皆」
少し遅れて宮岡が到着する。
「仕上げは頼む」
「ええ」
仰向けで倒れているカゲロウの胸の中心に宮岡がエアガンを突きつける。
「ここで良いのよね?」
「ああ」
「電流でカゲロウの意識は落としたので、二、三発殺れば良いんじゃないんですか?」
「了解」
宮岡が一発ずつ間を置いて打つ。
「どうだ?」
全員が見守るなか、情けない声が響く。
「ゲホ、ゲホ……終わったか?」
「少し質問させろ」
関崎が刀を黒武の首に突き立て、聞く。
「ああ良いぜ」
「日本国憲法第九条の内容は?」
「あぁ……日本国民は、正義と……秩序? を基調とする国際平和……待ってな、国際平和を希求だっけか?」
「駄目だな、国際平和を誠実に希求だ」
「そうだっけ?」
「ねぇ、ちょっと奥さん聞いた? 今の」
「聞きましたよ、日本国憲法第九条を間違えるなんて、あり得ない」
「言えないのが許されるのは、小学生までだよねぇ」
「ちょっと止めて下さい、金屋さん、神津」
松山が二人の間に割って入り距離を離す。
「俺は?」
「まあ本人確認は出来ましたよね」
「まあな、話し方も黒武だし、大丈夫だな」
「お前ら、静かにしろ」
道札が騒ぎを収める。
「黒武総隊長」
黒武は東京に居る隊員達に電話を繋ぐ。
「あ、そうだった、時計見せろ」
黒武は近くに居た宮岡の時計を見ながら宣言する。
「午前5時52分、作戦終了、各隊員は撤退の準備を」
「終わったな」
「あ~終わった終わった、皆お疲れ様、今回のはちゃんとボーナス出してやるよ」
黒武はゆっくりと起き上がり、埃を払う。
「まだ終わってないでしょ?」
「え?」
「後で良いやろ、宮岡さん」
「後回しには出来ない。黒武、あんた『烏の血』を飲んだね?」
「……ああ」
黒武は首を縦にふる。
「どういうつもり?」
「気が変わった。お前らも覚悟決めろよ、こっからはカゲロウとの戦いじゃない、世界との闘いになる」
「正気?」
「ああ」
黒武はどこか遠くを見ながら答えた。
Αphone 第二章 Frock Of Black Wings 完
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