第42話 狂人との対面
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残り時間――4時間13分
残りデストラップ――4個
残り生存者――4名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――3名
重体によるゲーム参加不能からの復活者――0名
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たった今、目の前で見た光景がスオウには信じられなかった。脳裏に残る映像を否定したかったが、絶対に出来なかった。なぜならば、額を打ち抜かれたヒロユキの死体がそこにたしかにあるから。
ほんの10メートルほど前で、簡単に人が撃ち殺された。しかも撃たれた方は、手も足も出せない状態だったにも関わらず。
人として踏み越えてはいけないラインを、いとも簡単に踏み越えたことに対して、言いようのない薄ら寒いものを感じた。
いったい、この男は何者なんだ? なんでこんなに間単に人を殺せるんだ? なんの目的があってこのゲームに参加しているんだ?
眼前の畏怖に囚われるあまり、スオウは今自分が置かれている状況をすっかり失念していた。
廊下に響き渡るメール受信音。スオウのスマホが発した音である。
ヤバイ、気付かれる。
そう思ったときには、すでに遅かった。瑛斗が振り向いて、こちらをじっと見つめてくる。感情がまるで感じられない視線が、スオウと目が合ったとたんに、暗く輝いた。
殺される。
瑛斗の目の輝きを見て、慄然とそう思った。
すぐにでもここから離れないと!
瑛斗の視線の呪縛から逃げようと体を捻りかけたその時、左肩甲骨のやや下辺りに、熱い何かが突き抜けていった。
なんだ、この感覚は? ひょっとして、おれは……撃たれ……たのか……?
銃声と灼熱の痛みは、一瞬後にやってきた。
着弾の衝撃で上半身を引っ張られて、その場に倒れそうになる。しかし、ここで倒れることは、死を意味していた。今は一秒でも早く瑛斗から離れなくてはならない。
全身の力を振り絞って、なんとか体勢を維持する。そして、激痛に耐えつつ走り出す。
瑛斗との距離は10メートル弱。少しでも足を止めたら、すぐに追いつかれてしまう距離である。
背中に死神の吐息を感じながら、必死に走り続ける。そのとき、床の瓦礫に足を取られてしまい盛大に転んでしまった。頭や足をどこかにぶつけて鈍痛が走る。
咄嗟に背後に目をやった。5メートルも離れていないところに立つ瑛斗が、こちらに向けて手を伸ばしていた。薄暗い明かりの下でも、銃を構えているのが見て取れる。
くそっ、こんな近い距離じゃ、当ててくださいって言ってるようなもんじゃねえか!
絶望的な状況だった。背中を冷たいものが走り抜ける。死神に首筋を触られたみたいだ。
「どうやら、次に死ぬのはキミみたいだね」
感情のない声。人が人に対して発する声とは思えなかった。あるいは瑛斗にとって、スオウは人間として映っていないのかもしれない。
「ど、どうして……あいつを、殺したんだ……? 何も殺すことはなかっただろう……?」
「どうしてって、邪魔だからに決まっているだろう」
さも当然だという風な瑛斗の口調である。
「邪魔って……。まさか……おまえ、他の参加者も殺したんじゃ――」
唐突にそんな考えが思い浮かんだ。
「ボクがやったのはこのバカをいれても、たった3人だけだよ。ヤブ医者はメスを調達したのを知られた可能性があったから、そのあとわざと停電させて、その隙を狙って事故に見せ掛けて殺した。それから喪服男はボクの大事な儀式の邪魔をしたから殺しただけのことさ」
「お、お、お前……く、く、狂ってる……」
瑛斗の異質さには最初から気付いていたが、まさかこれほどとは思いもしなかった。この男は自分とは別次元を生きている人間なのだ。
「キミもボクのことを理解してくれない人間のようだね。仕方がない、キミにも死んでもらうしかないか」
瑛斗が銃口を向けたまま、スオウの方に一歩また一歩と近付いてくる。
銃を持った死神が今まさに銃を撃とうとしたとき――。
「スオウ君、まだあきらめちゃダメ! 廊下の壁を見てっ!」
スオウの背後で大きな叫び声がした。
スオウは素早く左右の壁に目を向けた。ヒビ割れが走る右の壁に『ソレ』があった。頭が瞬時に理解する。
スオウは火を直接押し付けられたみたいに痛む左腕をかばいながら、壁に向かって精一杯右手を伸ばした。指先がかろうじて壁のボタンに触れる。そのまま強く押し込んだ。
間髪入れずに、スオウと瑛斗の間に、重低音をあげながら防火シャッターが降りてきた。銃弾では貫通出来そうにない防御壁が一瞬で出来上がる。
「――まさに間一髪ってところだったな……」
スオウは立ち上がり、背後を振り返った。そこに救いの天使が立っていた。
「ありがとう、イツカのおかげで命拾いしたよ」
「咄嗟にさっきの防火シャッターのデストラップのことを思い出したの」
「おれもイツカの言葉でそのことに気が付いたよ。でも、なんでここにイツカがいるんだ?」
「さっき紫人から新しいメールが届いて、そこにヒロユキが死んだとあったから、スオウ君のことが気になって追いかけてきたの」
「そいうことか。おれはまさに瑛斗がヒロユキを撃ち殺す場面を、この目で見ちゃったんだ……。それで驚いて逃げるのが遅れて、さっきのザマだよ」
「でも、こうして助かったんだから良かったよ」
「いや、まだ助かったって決めるのは早いな。あの様子だと、瑛斗はすぐにおれのことを追いかけてくると思うから」
「じゃあ、瓜生さんのところに戻ろう。早く対策を練らないと」
「ああ、そうしよう。ここまで事態が差し迫ってきたら、さすがに逃げる以外他に手はないけどな」
「そうだね。命には代えられないからね」
「そうと決まったら、瑛斗が反対側の廊下から回りこんでくる前に戻ろう」
スオウが歩き出そうとすると、イツカがごく自然な動きで体を支えてくれた。
「――なんか、ごめん。だらしなくて……」
「だらしなくなんてないから。スオウ君は一生懸命なだけでしょ。こういうときこそ、みんなで協力しないと」
イツカが肩を貸してくれたので、スオウは素直に肩に手を回した。自然と顔と顔が触れそうなほど近付く。
「どうかしたの? 顔が赤いけど、もしかして傷が痛むの?」
「いや、うん、大丈夫だから……」
スオウは明後日の方を向きながら、しどろもどろに答えた。ほんの少しの間、銃で撃たれた痛みを忘れることができた。
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赤ちゃんのもとに帰るべきか、それとも逃げたあの男を追いかけるべきか、それが問題だった。
瑛斗の思考は一分ほど続いた。そして、出した答えは――。
「後顧の憂いをなくす為にも、あの男から始末するべきか。たしか女も一緒にいたから、二人同時に殺せれば効率がいいな」
まるで掃除の手順を確認するかのようにひとりうなずく。
「そうだ、メールをチェックしてみよう。今何人生き残っているか調べておかないと」
メールを開いて内容を読む。
「生き残りはあと四人しかいないんだ。ボクとさっきの男女二人に、残りひとりか……。ていうことは、ボクが殺せるのはあと三人か。まっ、人殺し目当てにこのゲームに参加したわけじゃないから、別にいいけどさ」
人を殺す話を、世間話でもするかのようにつぶやく。
「じゃあ、ここはやっぱり、あの二人組から殺すことにしよう」
近くのコンビニにでも行こうか、そんな感じで瑛斗は歩き出す。
「ここは防火シャッターが降りて通れなし、こっちの廊下の先は天井が崩落しているし……。少し遠回りになるけれど、一旦、反対側の渡り廊下に出るしかないか」
肋骨の痛みはまだ続いていた。割れた額もズキズキと痛む。でも、なぜか心中は穏やかだった。
なぜならば、三人を殺してしまえば、また神聖なあの儀式に戻れるから。
「ボクの赤ちゃん、待っててよ。それまで生きててくれないと、ママの体にひどいことしちゃうからね」
瑛斗は決して後ろを振り返ることなく、前だけを見て進んでいく。自分の見ている世界が正しいと信じて――。
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