第151話  魔族としての、ビートルとしての苦悩

 ビートは物心ついた頃、母と二人きりだった。

 父親の記憶はない。

 

 魔族の父とビートル族の母をもつ、本来絶対ありえない魔族と魔物の混血、それがビートだった。


 住んでいた研究施設のようなところで、実験に実験を重ねた事で自分が生まれたと知った。

 データ資料に残っていたからだ。


 サイコ的な考えのイカれた科学者だったのか、まさか本当に母を愛し、子を成そうとしたのかはわからない。


 おそらくすでに故人だと察していた。母以外誰もいなかったからだ。


 種族ビートルは言葉を話せない。意志疎通方法はあるようだが、息子のビートはそれがわからなかった。

 魔族の血の方が濃いからか、言葉は話せても、ビートルとの意志疎通はできなかった。


 つまり、母と会話することができなかったのだ。

 

 自分を献身的に育ててたことから母だとは理解していた。しかし、何を考えてるかわからない。そんな母を気味悪く思っていた。


 だがそれは他のビートルも同じだろうと思った。


 自分と共にいるから、同種の者と過ごす事はできない。

 自分は母にとって邪魔な存在なのだろうと理解していた。


 ビートは、ビートルとしての顔つき、肌が嫌だった。


 外に出て魔族に見られたときは罵声の雨、化け物として殺されそうになったこともある。


 自分がこんな姿だからだ。醜いこの体が憎い。

 こんな体に生んだ両親が憎い。


 ビートは生まれながらにしてすぐ、種族ビートルとしての自分、両親、毛嫌いしてくる魔族とビートル全てを嫌悪した。


 ビートは力を求めた。一人で生きていくための力を。

 嫌いな連中全てを潰してやる。そのための覚悟をもって……


 仮面と鎧で嫌いな醜い姿を隠し鍛練の日々。

 そんな時舞い降りた帝王軍選抜トーナメント。


 優勝者は帝王軍への入隊が許可される。人種は問わないとも書いてあった。


 ビートはそうして大会に出場。そして優勝し、帝王軍に入隊した。


 今日から。種族ビートルは捨てた。召し抱えてくださった帝王陛下のために……ビートはそう心に刻み、母の元を去った。


 言葉は通じないが、他のビートル共のところに行けと口で、紙に文字に書いて伝え、母が寝てる隙にビートは帝王軍へと向かった。


 それから三十年以上は経つが、母とはそれっきりだった。


 ビートは種族ビートルを恨んでるとも言えた。それはつまり母でさえ。

 これ以上彼は、母を嫌いたくなかったのかもしれない……




 ♢



 神咲とビートの戦闘は続く。

 包帯を鞭のように振り回しながら、ビートルの大軍をさばく神咲。


 足を負傷し動きが制限されたため、包帯の攻撃で相手を近寄らせない戦法をとっているようだった。


 四方八方現れるビートルの数々だが、全ていなし、翻弄し仕留めていく。

 包帯でつつむ事で爆発も防げているため、万事OK。


「一つ聞いてもいいですかねえ?」


 神咲は戦いの最中、ビートに質問する。


「あんたの能力、集結する兵隊エンカウントビートル、でしたっけ? 多分あらゆるところからビートルを呼び出す能力と見抜きました」

「……デ?」

「このビートル達は現存する存在? ロボットかなんかでは?」

「存在すル、ビートルだ」

「なら何で自ら死ぬような自爆を繰り返すんですかねえ?」


 ビートの命令で簡単に命を捨てる。意思のある兵隊ならそう簡単にできるものではないはず。


「知れたこト。ワシの能力には洗脳効果、絶対的命令遵守の力があるからダ」

「は? つまりあんたの意思に逆らえず、捨て石のように自爆してると!?」

「そうダ」

「クズ野郎……」


 心底軽蔑する様子を見せる神咲。

 ビートル兵もちゃんと生きてる存在。魔物であろうが、その命をないがしろにするビートに怒りを隠せなかった。


 ビートにとってはビートル兵は忌み嫌う存在。雑に扱って何が悪いという態度だった。


 魔族もビートルも、自分を嫌う憎き存在。そんな奴ら、殺しつくしてやりたいと思うほど、彼の憎悪は根深いものだったから。


「ならせめて安らかに逝かせてあげますよ」


 包帯の一撃でビートルを仕留めていく神咲。


「ならこれはどうだ?」


 地中からビートルが出現!

 近寄らせないように包帯を振り回していたのに、内部への侵入を許してしまったのだ。

 遠距離に徹していた神咲に、この至近距離の接近をさばく手だては……


(奴は前の爆発で足を負傷していル。能力の早送りデ速度を増すとはいエあの怪我でハたかがしれてるはず。避けられまイ)


「あめえんですよ!」


 神咲は、能力の加速でビートルから一瞬で距離をとる!


「バカな!?」


 勢いそのままに、ビートは接近を許してしまう。


我流打連打ガルダマシンガン!」


 包帯の連打がビートを襲う。

 目にも止まらぬ速度の連撃! ビートはまともに全て、受け続けてしまう。


「が、がああ!」


 信じられない。そうビートは思っていた。あの足でなぜ……


 そう思い、彼女の負傷した足を確認すると……


 そこには包帯が巻かれていた。

 神咲の武器の包帯だ。

 血すらにじんでない。かなりの出血だったはずなのに、だ。

 血が止まるにしては早すぎる……


「まさカ!」

「ご名答!」


 神咲はビートの視線に察して答える。


「あたしの包帯は、怪我の治癒をする事もできるんですよ! 包帯に包まれた足は、折れた骨を直し、出血を止める……この武器の真骨頂はその回復能力!」


 彼女が包帯を武器にした理由が今わかった。

 攻防一体ではなく、攻撃と回復を同時に行える万能武器だったのだ。


 単純な攻撃力は当然剣や槍などには及ばないだろう。だがその攻撃力を減らしてなお価値がある。

 神咲を見るとそう思えるビート。


 連撃により、鎧が次々と砕けていく。

 少しずつ、普通の魔族には見えない容姿があらわに……


 黒い、甲殻のような肌。頭にはビートルのものと思われるカブトムシのような角が……


「がああ!」


 ビートは包帯をつかみ、神咲を力ずくで引っ張る。

 包帯を体に巻きつけていた神咲は、包帯を引っ張られる事でビートの元に引き寄せられてしまう。


 だが、その勢いで殴りつけてやろうと、神咲は拳に魔力を集中する。


 ――しかし!


 ビートの全身から痛々しいトゲが無数に生えた。

 こんな状態の奴を殴りつければ、拳は血まみれに……


「構うかあ!」


 なんと神咲。気にもせず、全力でビートの顔面を殴り飛ばした。

 白目をむき、勢いよく後ろに倒れるビート。

 神咲の拳からは大量の出血。

 

 すると彼女は一瞬めまいを感じる。これは……


「ま、まさか……毒?」

「正解ダ」


 ゆっくり立ち上がるビートは微笑む。奴のトゲには強力な毒が塗られていたのだ。

 そして……


 瞬時に神咲の両腕両足にビートル兵がしがみつく!


「なっ!?」

「フフ。毒が回った事デ、隙ができたナ」


 必死に抵抗するが、動けない神咲。また自爆か? そう思ったが……違う。


 ビートがゆっくり近づいてくる。両拳に魔力を注ぎながら……


「そのまま掴んでいろよ? 逃げられないようにな」


 まずい……直感で感じる神咲。


「あんたら! 離れないと巻き込まれて死ぬですよ!」


 ビートル兵に一緒に殺されるぞと説得するが、兵隊は動かない。


「言ったロ。洗脳されてると。そして……終わりダ神咲」


 ビートは神咲の眼前に立ち、両拳を合わせ……振り上げて、


両鉄槌ダブルインパクト


 下ろす!


「がっ……!」


 渾身の一撃が神咲に直撃すると、凄まじい衝撃波が周囲に発生。その影響で、掴んでたビートル兵達も粉々に吹き飛ぶ。


 地面には大穴が開いていた……


 直撃を受けた神咲は衣服のほとんどが吹き飛び、地に沈んで動かない……


 死んだ。そう判断するビート。


「ふん。てごずらせおって」


 神咲を背にし、その場を離れようとする……


『甘いんですよ!』


 包帯がビートの両手両足に絡みつく! さっきとは逆にビートが同じ状況に!


「な、バカナ!」


 手応えはあった。確実に殺せた確信があった。

 なのに……


 ゆっくりとビートは首をできるところまで曲げ、後ろを確認する。

 そこには体を包帯で巻き、プルプルと震えつつも立つ、神咲の姿があった。


「九竜ちゃん。礼言うですよ」


 ビートはその言葉にはっとする。そう、この場にはもう一人神咲の仲間の九竜がいたのだ。

 とるに足らん相手として、完全にビートは意識から外していた……


 あのビートの一撃が放たれる瞬間だった。九竜はダストから渡してもらっていた錬成された小型の盾、それを神咲に投げていた。


 つまりその盾がわずかに威力を分散させていたのだ。

 あまりの一瞬だったため、ビートも気づかなかったのだ。


「終わりですよ」


 神咲は渾身の魔力を、胸付近に集める。

 球体上になったそれは……凄まじい魔力を誇っていた。

 神咲の最大の技……それが今、放たれる!


我流霊座ガルレーザー


 球体からV字のレーザーに変換され、ビートめがけて発射された!


 ビートは思う。


(クソみたいな人生だったナ。結局、ワシは、何も得る事もできズ無様に死ぬノカ)


 誰にも愛されず、憎しみしかなく、戦うことでしか自分の存在を肯定できなかった。

 そんな人生をむなしく思う。


(そういヤ、母は元気しているのカ……どっカのビートルと結婚でもして……)


『キイイイイイ』


 虫の鳴き声が響いた。

 何かと思えば……


「はっ!?」


 一匹のビートル兵が、ビートを守るため盾となり、神咲の一撃を受け……

 

 絶命していた。


 レーザーは貫通していたが、そのビートルのせいでレーザーの標準がズレ、ビートに当たらなかったのだ。


 ビートは命令を出してない。

 このビートルは自らの意思でビートを庇って死んだのだ。


 力を失った神咲は包帯を制御出来なくなり、ビートを解放してしまう。万事休す……

 ――だが、ビートは死んだビートルに目がいっていた。


 ビートはそのビートル兵を確認する。


 メスのビートル。それもすこし老いてるようにも……


 はっとする。

 このビートルには見覚えがあった。


 そう、彼女はビートの母だったのだ。

 

 彼女は姿を消した息子のビートを一人探し続けた。そして、帝王軍で鎧に身をまとった息子を発見した。

 身を隠そうと子供。彼女には一目瞭然だった。


 そして彼女はビートが従えるビートル兵に紛れ、ずっと息子を見守っていたのだ。


 この、最後の一瞬まで……


 神咲が振り替えると、他のビートル兵達がビートとその母の元に駆けつける。


 彼と彼女を心から心配している。はたから見ても、そう感じられた。


 ビートの能力に洗脳効果など、実はなかったのだ。

 奴はビートルを嫌いながらも、邪険には扱っていなかった。

 今日この日まで、犠牲にするような事もしていなかった。

 そのため、彼らはビートに恩義を感じていたのだ。


 自爆も彼らの意思、神咲に掴まり逃げなかったのもまた意思。


 憎き神咲の前ゆえにあのような蛮行に走った。

 心を傷つけながら、部下を見殺しにしていたのだ。頭では否定していたのだが……


「行くですよ九竜ちゃん」

「えっ?」


 九竜はビートを見てから神咲を見る。


「奴はもう戦えない。決着はつきましたです」


 ビートは母の亡骸を前に座りこみ意気消沈していた。そんな彼を他のビートル達は励ますように、 周りを囲んでいた……



 ――つづく。



「なんだか……敵にもいろいろあるんだとわからされましたね」


「次回 四つ巴の戦い。本隊の話らしいです。北山くん達が着く前に何があったか……」

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