1話 タイキとハルキ

 暖かな日差しが身体を包み、爽やかな風が頭を撫でる。丘の下に広がるのどかな街並み。その向こうに広がる、どこまでも広がるコバルトブルーの海。黄金色に輝く砂浜と、その隣に広がる深緑の森。ここは六色島。この地球上で最も鮮やかで、美しい島だ。


 一人の若い男が芝生に寝転がっている。年齢は十代後半といった所だろうか。体型はやや細身な方で、背は少し高い程度だ。目を閉じて、安らかに眠っている。おっと、死んでいる訳ではない。それ程、この島が居心地の良い所だということだ。


 六色島。大陸から少し離れた諸島部に位置するこの小さな島は、昔から交易の地として栄えて来た歴史を持つ。諸島部の中では大きい方だが、それでも一周するのに数時間程しかかからない、小さな島だ。島には、大体五百人くらいの人々が暮らしているが、そのほとんどが港のすぐ傍にある市街地で生活している。今、この男が昼寝をしている丘は、そこから少し島の中心の方へと進んだ、比較的標高が高い丘が連なる地域にある。


「あ、いたぞ。タイキ、来てくれ!」


 丘の下から何人かの大人たちがこちらに向かってくる。皆ひどく慌てた様子で、急いで男の傍へ駆け寄って来た。


「ん、どうした…?」


 タイキと呼ばれた若い男は、目を擦りながら周りを取り囲んだ大人たちを見回した。


「出たんだよ、奴らが。場所は市場だ。今、ハルキが戦ってる。お前も頼むぞ。」


「了解、任せろ。」


 寝起きとは思えないスピードで起き上がると、タイキは全速力で丘を駆け下りて行った。一体、彼は何を頼まれたのだろうか。


  ○ ○ ○


 人々の悲鳴が聞こえる。黒い覆面を被った、全身真っ黒の怪しい者達が、大勢で市場を荒らし、略奪を行っていた。剣を振り回し、商人を脅して商品や現金を強奪していく。人々は成す術も無く、ただ逃げ惑うしかなかった。


「略奪をやめろ!」


 声と共に、突然大量の水しぶきが上がり、周囲が霧に包まれた。視界を失った黒い覆面の略奪者達を、一本の槍が貫いた。すると驚くべきことに、苦しそうな悲鳴を上げたかと思うと覆面の略奪者は黒い煙となって消滅したのだ。槍を持った人影が、次々と略奪者を倒していく。突然のことに、略奪者達は混乱している様子だ。


「誰だ?」


 徐々に霧が晴れ、一人の若い男の姿が現れた。十代半ばといった所だろうか。色白で、がっちりとした体型の彼は、冷静な雰囲気を纏っている。


「お前は、水のイトコ…。」


 略奪者達は剣を構え、男に向かって走って行く。彼は向かってくる敵にむかって手をかざした。すると、彼の手から大量の水が放出され、略奪者達を押し流した。辺りはびしょ濡れになった。略奪者達が怯んだ隙に、彼は槍で次々と敵を倒していった。


「何の作戦も無しに突っ込んで来るなんて、もっと、あ~た~ま~を使え。」


 水のイトコと呼ばれた若い男は、自分の頭を指さし、残った略奪者達に向かってそう言った。


「お前らも倒してやる。ウォーター・ジ・エンド!」


 そう叫んだ途端、略奪者達の足元から大量の水が勢いよく噴き出してきた。水圧でダメージを食らい、残っていた覆面の略奪者達も煙となって消滅した。


「勝ったな。」


 そう言ってその場を後にし、彼は歩き出そうとした。


「おーい、ハルキ!」


 全速力で走って来たのは、さっき丘の上で昼寝をしていた青年、タイキだ。比べてみると、タイキの方が背が高く、年上に見える。


「悪いな、遅くなって。敵は倒したんだな?」


「ああ。ダーク戦闘員だけだったから楽勝だった。」


「そうか、それなら良かった。」


 タイキはハルキの肩を軽く叩くと微笑み、二人で歩き始めた。二人は従兄弟だ。タイキが年上、ハルキが年下。三歳差の彼らは、昔から六色島で育ってきた。そして、他のどの従兄弟達よりも、お互いにその絆と信頼が深い。しかし、彼らはただ単に仲の良い従兄弟、という訳では無い。彼らは「選ばれしイトコ」なのだ。

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